2018/05/16 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/教会」にフェイレンさんが現れました。
フェイレン > 荒らされたままの小さな教会は今、喧騒も人気も忘れ去り、淡い月明かりにただただ優しく抱かれている。

蝶番が外れ、立てかけるだけとなった入口の扉を乱暴に押しのける腕があった。
荒んだ建物の残骸を避けるよう祭壇へと向かって歩くその男は、一歩踏み出すたびにぽたぽたと赤い液体を垂らしている。
あちこちが赤黒く染まったマント。足元に描かれる緋色の軌跡。
流れる血は彼のものだけではなかったが、彩を失った教会を容赦なく穢すその赤は、男の罪を十分物語っていた。

重たい足を引きずるように進め、壊れた祭壇を前に立ち止まる。
天使像に向けて膝を折り、両手を組もうとするのだが、赤く濡れた指先は大きく震え、どうしても触れ合わせることが出来ない。
体勢を変えることも叶わぬまま、やがて弱々しく両手を下ろした。
そうしてようやく、自分が呼吸を忘れていたことに気が付く。

「――…」

胸がざわついて落ち着かない。何故だか泣き出してしまいたいような気さえする。
だが、その理由がわからない。

フェイレン > 家族を、名を、尊厳を失って18年。
自身の感情を冷たい小箱に閉じ込めるように過ごして来た結果、
男は己の心が今どこにあるか、どんな形をしているのか、掴み取れなくなっていた。
両手を仰向けると鮮血がてらてらと怪しく光り、男の闇のような瞳に鈍い色を反射する。

祈ることさえ出来ない穢れた手だと、もうずっと前から知っていた。
それでもここへ来れば――多少なりとも許されるとでも思ったのだろうか。
罪が濯がれると思ったのだろうか。

こちらを見下ろす天使像は昔と変わらず優しい笑みを湛えている。
その微笑に愛しい人の面影が重なって、胸の奥が裂けるように痛んだ。
その痛みが教えてくれている。お前の浅はかな心はここにあるのだと。
身体の痛みではわからなかった。身体の痛みの比では、なかった。

膝から力が抜けたかと思うと、ぐらりと視界が揺れ、崩れ落ちるよう床に手を着く。
ひび割れた心の欠片が形を変え、男の瞳から一滴の涙となって床を叩いた。