2023/03/19 のログ
ご案内:「森の奥」にケイティさんが現れました。
ケイティ >  
銀盆のようなまるい月が、頭上高く輝く夜更け。
静かな森の奥に豊かな清水を湛える泉の中ほどに、
銀色に煌めく長い髪を滑らかな褐色の背に垂らした、エルフの娘の姿があった。

岸辺に枝を伸ばす木の根元へ、着ていたものをすべて畳み置き、
一糸纏わぬ裸身を水面に浸した娘の長い耳が、時折小さく震える。
何処かで獣の声が聞こえたり、夜を駆ける生き物の気配がしたり、
―――――結界に何かが触れるたび、娘は耳を震わせ、閉じていた目を開き、
身を硬くして周囲の様子を窺う。

けれど今のところ、娘に水浴びを中断させるほどの気配は感じられない。
勿論、娘の張りめぐらせた結界の『糸』を、惑わし擦り抜けるものでもあれば、
この安寧は容易く乱されてしまうのだろうけれども―――――。

ご案内:「森の奥」にリュークさんが現れました。
ご案内:「森の奥」にトーラスさんが現れました。
ご案内:「森の奥」からトーラスさんが去りました。
リューク > ――発端は、街の酒場で聞いた噂話だった。
なんでもなんでもない森の奥に、魔法の結界が張られているのを感知したのだ、と。
ちょっとした採集の依頼を受けて失敗した冒険者の言い訳として、酒の場で話されたのもあり、真偽の程は定かではなかったものの。その時に、美しい褐色のエルフを見たのだ、と言っていたのが気になった。
その場の払いを持ってやる事で詳しい話を聞き出し、ふらりと森へとやってきたのがこの男であった。

「――へぇ」

辿り着くのが夜になったのもあり、嘘だったらさっさと帰って娼婦でも買って寝ようと思っていたのだけれども。
多少なりの魔法の心得もある目で見てみれば、確かに気持ち程度の結界らしき『糸』が張り巡らされているのが感じ取れて、口の端を小さく上げる。この分であれば、目にしたというエルフの娘の存在も真実である可能性が高まってきた。
専門家ではない為に解除する、とまではいかないが。見た範囲では、おそらく鳴子程度の効能だろう。或いは、それをわかりやすく配置することで、本命の罠を――という可能性もあるかもしれないが――。

「ま、その時はその時だよね」

それならそれで、と。刹那的な考え方でもってあっさりと足を踏み入れることにした。
解除が出来なくとも、張られている『糸』をすり抜けることは出来るだろう。多少の反応程度であれば、気の所為や獣の仕業、と判断される可能性も高いと踏んだ。
出来る限りは慎重に、夜闇に身を隠し。空に浮かぶ丸い月明かりを頼りに歩みを進める。光がない方が、魔力の痕跡は見つけやすいことだろう。

ケイティ >  
―――――珍しい植物の群生がみられるわけでも、
希少動物の生息が確認されているわけでもない、ありふれた森の奥。
わざわざ分け入ろうとする者もいない、そんなところであるからこそ、
今まで、娘程度の力でも守り切れていた、のだろう。

張りめぐらされた『糸』に、掻い潜ろうとするものを阻む力は無い。
そよいで、揺れて、娘に他者の存在を、侵入者の出現を、少し先んじて知らせてくれる程度。
それも、それなりの素養と身軽さを持つ者の手に掛かれば―――――

「―――― ♪、 ~~~~…」

なにも気づかず、勘づかず、娘は鼻歌さえ口ずさむ。
微かな水音、月明かりに弾ける飛沫、濡れた褐色と、白金の。
侵入者がその泉を探り当てるのも、そこで呑気に沐浴をしている褐色の娘を見つけるのも、
きっと拍子抜けするほどに容易かったろう。

長い髪に覆われた、細い背筋を、腰のくびれ辺りまでを露わに。
それでもさすがに、水辺へ相手が無防備に、姿を現すほど近づいたなら、
娘も振り返り、その姿を青い瞳に映すことになるだろうが、果たして。

リューク > 夜の森ということもあり、野生動物の類への警戒くらいはしていたのだが。
耳に入るのは呑気な梟の鳴き声や、たまに聞こえる獣の声も肉食動物の類のものではなく。
覚悟していた二重の罠という危険もなく、拍子抜けを越えて却って罠ではないかと訝しむほどだった。
もっとも、大した資源も広さもない、他でいくらでも代替の利く程度の森らしい、と言えばその通りなのだが。

――だからこそ、そんな場所にわざわざ張り巡らされたこの結界の存在の異常さが際立つ。
たとえそれが、あっさりと突破できる程度のものであるとしても、
それが存在しているということはその奥には秘されるべき何某かが存在しているのだ、と。
存在に気付かせない為のそれが、逆にその存在を主張しているようで。

「――……」

歌が、聞こえる。
静かな森の空気を震わせて、通りの良い美しい音が耳に届く。
知らず、口の端を上げて。より慎重に歩みを進めれば、遠からずその光景が目に入って来た。

月明かりに照らされたその肢体は、黒い宝石のようで。
均整の取れた体付きと美しさはさすがはエルフ、と言ったところか。
――こりゃあ大当たりだ、と内心で口笛を吹き。思わず気を抜いた。

――さわり、と。少女の『糸』が、男の体へと触れた。
娘は、それまで存在を検知できなかった『異物』の存在を、すぐ間近へ感じ取ってしまうこととなるだろう。

ケイティ >  
母が存命の頃、とくにここへ居を構えた当初には、
彼女は王都からの追っ手を警戒していた。
その頃には彼女の魔力がゆるす限り、十重二十重の罠が、
この領域を守り、侵入者を阻んでいたはずだ。

けれど、その母がいなくなった、いま。
そもそも娘に、そこまでの罠を編みあげる力も、技量もなく、
これまで、その必要も感じなかったために―――――

街へ降りることも、人と交わることもなかった娘は、噂になっているとも知らず。
ふ、と『糸』がそよいで、何気なく振り返り、そこに。

「――――――――…っ、!?」

肩越しに背後を見遣った、その瞳が大きく見開かれる。
唇をまるく開いたが、咄嗟には声も出せず。
一拍措いて、濡れた頬に赤みが差しのぼった。
細くしなやかな腕を、水面へと沈ませて―――――

「きゃあああああ、っ!!」

甲高い悲鳴とともに、ばしゃあっ、と派手な水音。
佇む男のほうへ、勢い良く水を打ちかけようとする。
ほんの一時でも構わない、男の眼差しを阻んでしまいたい。

リューク > もしも、娘の母が存命であれば。
――恐らく、そもそも噂を耳にするすらなかったであろう。
もしも、それでも噂を耳にして訪れていたのなら。
――恐らく、男程度の技量では、十重二十重の罠を抜けられず、侵入者として阻まれてしまっていたことだろう。

しかし、今ここにある現実として、少女の母はすでに亡く、領域を守る強力な罠もまた無い。
その結果として、男は娘のもとへとやってきてしまった。

――『糸』に触れてしまった。
そう気付いたのは、それまで背を向けていた娘が、こちらへと振り向くよりも寸毫程度に早かった。

「――チッ」

舌打ちは少女に見られたことに対してではなく、最後の最後で詰めを誤った己の対しての物で。
幸いではなく、当然として。我に返るのはこちらの方が早い。
声も出せずに固まる様子を視認した瞬間に、大地を踏みしめて前へと駆けた。
こと此処に至っては隠密をする意味もない、持ち前の俊敏さを存分に発揮させて距離を詰める。

「はっ、水遊びがお好みなの? かわいいね」

派手な水音とともに打ち掛けられる水、という抵抗をあっさりと躱しながら近付き、娘の身柄を確保しよう、と手を伸ばす。

ケイティ >  
ささやかな『糸』の震えに、振り返った視線の先。
映るのはいつもいつも、静かな森の、いつもの景色であったから。

はじめて目にする姿、あまりにも近く迫る、異質な存在。
その人相をじっくり検分する暇などあるはずもなく、ただ、ただ、
驚愕と、恐怖と、混乱のうちに。
丸腰の身にかなう唯一の抵抗として水を弾き、
同時に一歩、二歩と後退ろうと―――――した、のだけれど。

「ぃ、やぁああっ、やっ、や―――――…!!
 く、るな、来るなっ、触るな、ばか、ぁ!!」

人間は、怖い。
人間は、気持ち悪い。
近づかれただけで肌が粟立つ、触れられれば四肢が強張る。
闇雲に腕を振り回し、掠めようものなら爪も立て、必死に距離を稼ごうとするけれど、
恐らく、相手からすれば隙だらけの動き。
腕を掴んで引き寄せるのも、濡れた裸身を抱き竦めるのだって、
その気になれば、きっと簡単に出来てしまうだろう。

リューク > 距離を詰めながら、改めて娘の姿を検分する。
目に入る身体には無駄な毛もなく、水を弾く肌は滑らかで。
黒曜石を抱く指輪の様な白銀の髪まで合わせて、まるで芸術品のようであった。
――そんな娘が己に向ける表情はおよそ人に向ける物とも思えず。
まるで、初めて目にした魔物を前にしたようですらあった。

「――ぁはっ」

思わず。獲物を前にした獣のように笑いを漏らす。
弾かれた水を避けてしまえば、なんとも隙だらけなことか。
結界が張られていたことから魔法に依る抵抗も覚悟はしていたのだが、娘の様子からしてそれもないらしい。
それなら好都合、とばかりに邪魔な槍を水辺へと放り捨て、泉へと侵入すると娘の間合いへと一気に詰める。
その際に掠めた爪の先がぴっ、と頬を浅く切るものの興奮も踏まえれば痛みすら感じない。

「そんなに嫌がらなくたって、いいじゃん。仲良くしよーよ、ね?」

にぃ、と。口の端を歪めた表情は、掛けた言葉とは裏腹に邪悪そのもので。
暴れる腕を掴み、逃げ場を封じられてしまえば、それは娘にとっては
この辺りには存在しない、獰猛な肉食動物から首に牙を突きつけられているのも同然であることだろう。

ケイティ >  
―――――彼が操る言葉は、この国の、王都の言葉だろう。

理解出来ないことはない、娘自身、母親との会話は半分以上、
その言葉で、人の国の言葉で交わしていたのだから。
けれども、こんな声の調子は知らない、楽しそうに弾む理由がわからない。
一糸纏わぬ姿でも構わないから、とにかく逃げなくては、と思うのに。

「いや、っ―――――――― っ、きゃ、離して、!」

細い腕をがっちりと掴む、男の、大きなてのひら。
娘の腰辺りまでしか深さのない泉の中、密着せんばかりの距離で。
掴まれた腕を振りほどこうと、必死に力を籠めながら、
上気した顔を恐怖と怒りに歪ませ、男の顔を睨みつけて。

「に、んげん、とは、仲良く、しない……!
 出、てって、ここは、この、森は…… お、まえ、なんかの、来る所じゃ、ない……!」

リューク > 娘の儚い抵抗を感じながら、しっかりと掴んだ腕を離すつもりは全くない。
リューク自身、力自慢というわけではないが、娘の抵抗する力は見た目の華奢な少女そのもので。
そんな娘に脅威を抱くわけもなく、羞恥と怒りと恐怖とに綯い交ぜに成った表情で睨め付けられても涼しい顔で。

「そっかー。はい、わかりましたぁ」
「――なぁんて、言って貰えると思ってる?」

娘の言葉にわざとらしく、一度承諾の意を見せた後。即座に、発言を翻す。
猫科の動物が、獲物を捉えて仕留める前に弄ぶが如く、娘の行く末は己の餌食だと確信しているのだ。

「……ま、良いよ。君がそう言うんだったら、そんな事を言ってられないようにするだけだし」

別に相手の同意がなくとも。何ならば、ない方が、『仲良く』することは出来るし、慣れている。
獲物の抵抗は、大きい方が愉しめる。そう思いながら男は、手を娘の豊満な肉体へと伸ばして行って――。

ケイティ >  
目許にかかる前髪の先から、振り回す手指のひとつひとつから、
ぽたり、ぽたりと冷たい雫が滴る。
けれど娘の躰の芯は、腰まで浸った水よりもずっと、凍りつきそうなくらい冷え切っていた。

この男の声は、笑顔は、まるで鋭い爪を持つ、しなやかな獣の前肢のよう。
一音ごとに、ひと呼吸ごとに、心臓を鷲掴みにされるような、
鋭い痛みが襲って、娘の鼓動を弾けさせる。
息が苦しくなってくる、視界が、白く翳んで狭まり始める。
無防備に曝け出された肢体の、娘が雄にとっての『獲物』であると、
誤魔化しようもなく知らしめる稜線へ攻め入ろうとするのへ、
ひゅっ、と鋭く喉を鳴らし―――――、

「さ、わるな――――――――…!!
 いやだ、いや、―――――~~~~ っ、っ……!!」

後半は、人の言葉ではなかった。
かつて母に教えられた、もうひとつの、大切なことば。
エルフの郷で交わされる言葉で、『母』を呼んだけれど。

母はもういない、娘はたった一人、獣に爪を立てられた獲物。
そんな娘の運命はもう、男の手のうちで転がされるばかり、であった―――――。

ご案内:「森の奥」からケイティさんが去りました。
ご案内:「森の奥」からリュークさんが去りました。