2022/05/16 のログ
■アニス > 商品でないのなら、なおのこと相手の方が先に使うべきではないのだろうか。
そんな風に逡巡していたところで、またも雷が劈くような轟音が立てる。
「きゃっ!? うぅ……びっくりするから、やめてほしいんだけど……」
文句を言っても、相手は空の上。
それでも呟くような声が届いたのか、代わりに滝のような雨が降ってくる始末で。
「くしゅんっ……すみません、お借りします。
ですよね。確かに、これじゃあ傘でもコートでもどうにもならないかも……」
小さくくしゃみを漏らしたところで、差し出されたタオルを素直に受け取ることにする。
このままだと門限を過ぎて締め出されるのは確実で。
濡れた髪を拭いながら、どうしたものかと半ば諦めの境地で、窓からすっかり暗くなった外の様子を眺める。
「このまま走って寮まで戻るしか……
いっそ雨雲を吹き飛ばすような、風の魔法でも……」
ブツブツと有り得ない妄想が口を突く。
仮にそんな大魔法が使えたところで、街中でそんなものをぶっ放した途端に、どんな被害が出るか想像もできない。
■セリアス > くしゃみを漏らす少女に、自分よりも随分、濡れてしまっているようだと思いながら。
だからこそ、彼女がタオルを受け取る様子を見せれば、
気が変わらないうちにとやや押し付けるようにその手の内に渡してしまう。
「寮? ……学院の生徒さんですか? って、いやいや。
雨雲を飛ばすほどの風の魔法など……使えるとしても、雨より酷いことになる」
彼女の言葉に、最初に思い当ったのは学院の寮。
近いとも言い辛い距離であれば、傘を掲げて帰っても、記憶にある門限に間に合うよう急ぐなら、
やはり濡れるのは避けられないだろうし、なんならぬかるみに足を取られて転んだりしたなら目も当てられない。
しかも何やら物騒な発想に至ったらしい少女が、それだけの魔法を行使できたなら。
余計に酷い結果しか想像できず、自分の肩にかけていたタオルで思わず、
先程雨は拭ってしまって、もう濡れていない顔を再度拭いながら。
「宿、は、先程の手持ちですと、厳しそうですか……此処にお泊りになりますか?」
商店の奥は、会頭室になっていて。
男が個人的な『取引』の際に、その相手と泊まったりすることもある場所でもある。
彼女が学生とあって、外部講師の自分とは縁があることと。
雨に降られた者同士というところで。
怪しくはあるだろうけれど、ぼそりと提案しつつ。
■アニス > 髪は拭ったものの、濡れてしまった服までは乾かすには至らない。
寒そうに腕を擦りつつも、危なげな思考は止まらずに。
「風の魔石にブーストを掛けて直結……そこにあの雷を逆利用して……
え? あ……ごめんなさい、ちょっと暴走してました!
はい、学院の3年生でアニス・オルコットと言います。」
手持ちの魔石を取り出していたあたり、かなりの度合いで本気だったのが窺える。
呆れた様子の相手の言葉に、強化の刻印を刻みかけていた魔石をポケットにしまい込む。
何もないですよ? と誤魔化すような笑みを浮かべて、両の掌を見せ。
そうしてから名前を口にしてぺこりと頭を下げる。
学生割引などと言うものでもあれば儲けものという下心満載の自己紹介で。
「……? ここってお店……商店ですよね?
宿も経営されてるんですか??」
相手からの提案に琥珀色の瞳を瞬かせ。
辺りをぐるりと再確認する。店内はやはりどう見ても雑貨屋のそれ。
他に店員はいるものの、酒場でもなければ、宿屋にも見えない。
仮にそうであったとしても、一泊するだけの手持ちがないのは相手の言うとおりで。
■セリアス > ぼそぼそと零す言葉の中身は、やたら具体的で。
まさか、本気で雨雲を吹き飛ばそうというわけではないだろうと思いつつも。
魔法使い、技術者、研究者、そういった系統の人間が時折する、
予測のできない考えも確かにあると思えば、とりあえず彼女の挨拶に合わせて。
「セリアス・ストリングスです。此方の商会の会頭をさせていただいております。
あとは、学院で外部講師もしておりますから、すれ違った程度のことはあったかもしれませんね」
魔法学科の生徒であれば、あまり自身が行う講義には縁遠いかもしれない。
彼女がポケットに魔石を仕舞う様子を傍目に見やりながら。
藪を突いて蛇を出すような行為はしないでおこうと、見逃しておく。
このまま、此方との会話に意識を割いてもらった方が良さそうであるゆえに。
「ええ、私の店です。もぅ、店じまいしてしまいますが。
自宅は別にありますが、ここに泊まり込むことも多いので、
店の奥には執務用の部屋に隣接して、寝室も、浴室も併設しているんですよ」
奥、と言って指し示すのは、カウンターよりさらに向こうの、明らかに関係者用の扉。
普段は男の趣味でもある、『個人的な取引の対価』を、受け取っているのが今説明した部屋で。
そういった取引はこの国では事欠かないだろうから。
少し知識があれば、目の前の少女の反応も芳しくはないだろうけれど。
半分は、親切心。半分は、下心から。
「如何ですか? 折角のご縁ですから、お金などは不要ですよ」
そう、再度提案する。
■アニス > 「……っ 会頭様自ら、ご丁寧にありがとうございます。
先生だったんですね、
私は魔導工学専攻なので、存じ上げませんけれど改めてよろしくお願いします。」
相手が学院の講師もしていることよりも、相手の立場に少し驚いてしまう。
こんな貧乏人の小娘を相手にしていて良い人物ではない。
そんなわけで再度丁寧に頭を下げ。
「はぁ……職場に泊まり込むのは、分からなくもないです。
でも、寝室どころか浴室まであるなんて……さすが、です。」
研究職ならば、泊まり込みは日常茶飯事。
なので、相手が指し示した奥の部屋には感嘆の声は出ても、その用途は言葉どおりにしか受け取らず。
ただ提案に付け足された言葉には、眉根を寄せて。
「うぅ………お財布事情的にタダで泊めていただけるのは、非常にありたいんですが!
でも、商売人の方からタダで施しを貰うわけにはいかないです。
代わりに……魔導具のメンテナンスとかさせていただいても良いですか?」
学院の講師とはいえ、出会ったばかりの相手にそこまでさせてしまうのは申し訳ないという気持ちが半分。
残りはタダより高い物はないという警戒心。
最後の1割ほどが、大商店とのコネが出来れば学費の工面も楽になるだろうという下心で。
■セリアス > 「いえいえ、様付けされるような者でもありませんよ。
魔導工学専攻とは。将来は魔導技師か、研究者でしょうか?」
畏まられるほどのものではないと告げ、あまり堅苦しくならないようにと、へらりと頬を緩めながら。
彼女の専攻を聞けば、思い当るのは少々気難しいと噂の教授。
其処の生徒ではないかもしれないが――先ほどの剣呑な思考は、繫がりがありそうな気もして。
ともあれ、性格は別としてかの教授も技術力には定評がある。
ほんとうに其処の所属であれば、将来的な意味合いでも縁を繋いで損は無さそうだとも思い。
「自分の商会なのをよいことに、好き勝手しております。
……施し、とまでは。全く、ご縁がないわけでもないですし。
ふむ? ふむ。 ……ええ、それでアニスさんの気が済むのなら」
只で、という処には言及しない辺りが、男の下心に正直な所。
とはいえ、彼女の申し出自体には、興味を惹かれる。
それに、彼女をまた雨に晒してしまうのが心苦しいのも事実であれば。
彼女の提案に頷いて返し、再度、彼女の意向を確認する様に、赤い眼で相手の琥珀色の瞳を見つめて。
■アニス > 「研究者は……うちの教授を見てたら、ちょっと……。
なので技師希望です。まぁ、それとは別に作りたい魔導具はあるんですけれど。」
進路を訊ねられて、脳裏に思い浮かぶのは自身が師事する教授のこと。
優秀ではあるのだけれど、破天荒な人物で。
とはいえ、研究者として食べて行こうと思えば、それくらいでなければ勤まらないだろう。
少なくとも、師と同等。
否、引退まではまだまだ先だろうから、師を超えるくらいでないと。
そう思えば、選択肢は必然で。
「一国一城の主なんですから、それは当然じゃないですか?
私なんて、自分の研究室でもないのに結構好き勝手させて貰ってますし。
というか、今の手持ちだと、それくらいしか出せるものがないので…」
気が済むならばと了承してもらえたものの、こちらとしては願ったり叶ったり。
技師としての腕を認めて貰えるかはさておき、対価として出せるものが他にはないのも事実で。
さすがに商品の手入れはきちんとされているだろうから、それ以外の物でとなるだろうか。
■セリアス > 「技師は昨今の魔導具の躍進を見るに需要も増えるでしょうし。
作りたい、となると、開発ですか。成る程、成る程」
魔導具は様々な分野で活用が進んでいるし、嘗ては効果で希少であったものが、
今や市勢にもいろんな形で降りては使用されている。
つまりは、有望な市場であると、男の観点からは捉えられている。
益々、眼前の少女との縁は貴重に思えて。
そうして、男の悪癖ともいえる、趣味の点では。
前述のように興味を持ってしまえば、より色々な形で、相手を識りたくなってしまう。
僅かに、男の赤い瞳が細くなるのはその趣味が顔を覗かせ始めた証で。
閉店の準備をしていた店員も、またか、と言わんばかりに肩を竦めていた。
「それこそ、研究などそのくらいに気ままでなければ、進まないでしょう。
……手持ち、ふむ。まぁ、濡れたままで長話もなんでしょうから」
懐具合もよろしくないのなら、色々と、提案できることもあるかもしれない。
いくらか、頬が緩む。
そうして、彼女の背を押すようにして、部屋の奥へと誘導していく。
雨はまだ止まず、夜更けまで大通りを濡らし続けて。
その合間、店主と少女の合間で、どのような対価の支払いがあったかは、余人には知れぬことで……
ご案内:「平民地区/雑貨商店」からセリアスさんが去りました。
ご案内:「平民地区/雑貨商店」からアニスさんが去りました。