2021/09/07 のログ
ご案内:「メイナード孤児院」にアリエノールさんが現れました。
アリエノール > 来客の無いまま迎えた、静かな夜更け。
闇に紛れやすい墨染の衣を纏う己の姿は、孤児院の裏手にあった。
正確には、建物の裏手にある、古びた井戸のほとりに。

俯く視線が見つめるのは、暗く、豊かに水を湛えたその鏡面。
石造りの井戸の縁に白い右手をかけ、左手を胸元へ宛がい、
暫し、動かぬ水面を見据えてから、――――――ひとつ、ゆっくりと瞬く。
伏せた瞼の縁に見る間に透明な雫が浮かび、音も無く、
すうと引き込まれるように、銀色の筋を描いて水面に落ちた。
まるく広がる波紋、それとともに拡散するのは、生命力の源たる豊かな力。
ほとり、ほとりと、続けて数滴――――――これが、密かな己の日課だった。

アリエノール > ぽつり、ぽつり、落ちゆく涙に感情は無い。
誰かに見咎められたことはまだ無いけれど、見られたとしても、
俯く己の顔には激情も悲哀も何も無く、いっそ機械じみた無機質さで、
規則正しく、銀色の雫を滴らせているばかりだ。

ひとは嬉しい時、涙を流すという。
あるいは悲しい時にも、涙すると聞く。

けれど己にとって、これはただの、水滴、に過ぎない。
明日の朝、年長の子供たちがここから汲んでくる筈の水に、
少しなりと、生きる力を混ぜ込んでおくために。
かつてここを切り盛りしていた院長に、頼まれて始めたことではない。
己が、ここで、はじめて、己自身の意思で始めたことだった。

今のところ、警戒すべき噂は流れていない。
この水を口にするのは、ほぼ、この施設の住人に限られるからだ。

静かな夜に、じわりと染みる微かな水音。
街灯りも、喧騒も、ここまでは届かなかった。

ご案内:「メイナード孤児院」に肉檻さんが現れました。
肉檻 > コツン―――夜の静寂を破って不意に響いたのは、井戸近くの石畳を何かが叩く音。
しかし、街の灯りも喧騒も遠い外れの井戸に来訪者の姿は無く。

代わりに其処にあったのは月の光を受けて僅かに煌めく、人間の拳大程度の透き通った水晶玉がひとつ。

初めから其処に存在していたにしては不自然で、
落としたような誰かの存在は何処にも無く、

ただ其れは、その場に唯一居た彼女の視界の片隅で己の存在を主張するかの如く、
静かに佇みながらも何処か怪しげな輝きを纏っていた。

アリエノール > 何か、硬いものが、石畳を叩く音が聞こえた。
ただ無表情で涙を流していた己が、思わず顔を上げる程度には、はっきりと。
差し迫った脅威を覚えるほど、大きな音ではなかったけれど。

「――――――誰か、」

起きてきたのだろうか。

そう思いながら振り返った先に、人影は見当たらない。
代わりに石畳の上で、何かが月明かりを反射して煌めくのが見えた。

はじめは、子供たちの落とし物、しまい忘れた玩具の類かと思った。
それにしてはやけに美しく、光り輝いているようだが。
けれども一歩、二歩と足を進めるうち、はじめの印象は間違いだった、と感じ始める。

「これ、……は――――――」

先刻まで、そこに、こんなものが転がっていただろうか。
それは定かでは無いし、記憶を辿る限り、見覚えも無い。
しかし、何故だか、思考するよりも早く、白い手がそれへと伸びた。

身を屈めて、伸ばした右手に、それを掬い取ろうとする。
まろやかに澄んだ球体の表面に、つくりものめいた女の顔が映り、
ひとしずく、拭い忘れた涙が、その上に落ちた。

肉檻 > 振り返った女が幾ら周囲を見回しても矢張り其処に人の姿は無く、
零れ落ちた彼女の声に応える者は誰も居ない。

不自然に転がる水晶玉を除いては、何の異変も無い静かな夜闇が広がるばかり。

やがて、一歩、また一歩と足を進めて近寄って来る女の姿。
伸ばされた白い手が拾い上げた其れは、丁度彼女の掌に収まるかどうか程度の大きさで。
手許に収まった其れを覗き込めば、月明かりと女自身の表情を朧げに映し出していて。

―――しかし、次の瞬間。

ひとしずく落ちた雫が水晶玉の表面を濡らしたその時、
物言わぬ筈の其れが己を濡らした雫を飲み下すと、
まるで歓喜に震えるかの如く彼女の掌の中でドクン――と脈動し。

無機物めいた様相から一転して、其れはまるで生き物の如く。
球体が不意に形を歪めたかと思うと、まるで大きな膜を形成するかのように大きく広がり、

その膜で其れを手にした女の肢体を包み込むように捕らえてしまおうと―――

アリエノール > ――――夜は、変わらず静まり返っている。

己の耳を打った音の正体は、間違いなくこの水晶玉であろう。
けれどそれを手放した、あるいは蹴り転がした、何ものか、は存在しない。
少なくとも、己の視界には映らなかった。

恐らく、それが第一の油断を生んだのだろう。
誰も居ないと見えたから、不用意に近づいてしまった。
こちらを狙い仕掛けられた罠とは思えなかったから、躊躇わず手を伸ばした。
思っていたよりも大きい、けれど片掌に載る程度の、重さにも不自然なところは無く。

玩具だとしたら、随分綺麗なものだ、と。
ぼんやり考え始めたときに、異変は起こった。
つ、と落ちた雫が、己の涙だと認識するより早く、―――――それが、消える。
球体の表面を滑り落ちたのではない、その滑らかな表面に、染み入るようにして、
――――――そうして、拍動した。はっきりと、大きく。

「ぇ、―――――――― 」

藍玉の眸が、戸惑いに揺れながら瞠目すると同時。
水晶の面に映る己の顔が、ぐにゃりと歪んだ。
驚いて息を詰め、水晶をその場へ取り落としてしまいそうになったけれども、

――――――違う。
歪んだのは、水晶玉、そのものだった。
そう気づいた頃にはもう、球体は球体ではなく、ぶわりと膨張したそれは、
既に、己の身体を深く、その裡に呑み込もうとしていた。
咄嗟に声も無く、後退りかけた怯懦すら嘲笑うように、

――――――――呑まれた、その先はきっと人知の及ばぬ異境。
逃れられなかった『もの』の運命は、異形の『手』に委ねられ――――――。

ご案内:「メイナード孤児院」から肉檻さんが去りました。
ご案内:「メイナード孤児院」からアリエノールさんが去りました。