2021/08/21 のログ
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート『市街』」にシシィさんが現れました。
シシィ > 昼間訪れたのとはまた違う──神聖都市といえども巡礼客……旅人を受け入れる以上は宿場もあるし、公衆浴場もある。翻って──食事処、というか酒場もまた。

都市ごとの特徴はあるだろう。表向きの街並みに並ぶそれらは、いささかおとなしい、とほかの都市を知るものなら当然思う慎ましさを備えている。

どの店にすべきか、あるいは、見知らぬ街の夜の風情を楽しんでいるようでもある。
秘め事のように語られる噂を知っているのか知らないのか、はまだその身に降りかかっていないから軽く考えている向きもあるのかもしれない。

神聖な街、をイメージするかの如く、白い石畳は、夜に染まっている。静かな足音は、一人分。こんな時間まで商っている露天もそうはないが──夜の屋台で食事を済ませてしまってもいいかもしれない、なんてぼんやりと考えながら。

歩哨に呼び止められるのならば柔らかな笑顔とともに夜の散歩です、と応じるのだろう気軽な様子で、人もまばらになった街路を散策していた。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート『市街』」にデロスさんが現れました。
デロス > 神聖都市ヤルダバオート。ノーシス主教の総本山であり、まさしくその名の通り聖都と呼ぶべき、教会群の尖塔の数々が目を引く都市。
だが、それがこの都市の全てではない。貴族や王族などではない一般の巡礼者に向けた市場、酒場、旅籠などが軒を連ねる市街エリアが存在する。
およそ神への信仰などに無縁であるようなデロスという男が、この似つかわしくない都市にいるのはこの市街エリアがあるためだ。
この都市の秘められた噂、神聖都市にあるまじき闇に自らも食い込み、その仲間となるため、王都でデロスが経営する偃月亭と呼ばれる宿の支店をこの市街に作り、今まさに自身で客を呼び寄せている最中であった。
そこに目に止まったのは一人の年若い女性である。デロスは下卑た眼差しを隠し、人の良さそうな笑みを取り繕いながら、どこか異国風の気配も漂わせるその女に近づいていく。

「こんばんは、お嬢さん。もしや旅籠や食事処など一休みできるところをお探しではありませんか。
 私はこの都市で偃月亭という旅籠を経営している者でして……今なら開店直後ということで、お安くもできますよ」

と、デロスは笑顔で褐色の肌の女に声をかけた。
その眼差しはそれとなく女の四肢に注がれてはいるが、気付かれないようにとすぐに彼女の顔に視線を移す。

シシィ > 波をうつ銀の髪、薄い色の双眸、何より褐色の肌、は女が異邦人であることを簡単に知らせてしまう。巡礼者の多い街であればそこまで浮くこともないが、まあ、それでも目立つことは目立つのだろう。

事実結構な数の呼び込みは受けたし、昼間はそれに喜んで応じていた節もある。
市場調査には便利だったし、そうやって店を冷やかすこと自体も好きだからだが。
今は、ゆっくり過ごせる店を探しているところではあった。このまま宿に戻ってもよかったが、なんとなく異国の地をそぞろ歩くのが楽しいのはいわゆる観光客にはありがちなこと。
商用で訪れているとはいえ──そういった楽しみがないわけではないのだ。
だから、近づいてきた男性──、巡礼の徒にも見えないし、かといって己の知り合いでもない。
見知らぬ風体の男性にいぶかしそうに首を傾ける。
当然、神殿関係者や、そこに属する騎士団のようにも見受けられなかったからだ。

「あら、その名前───、王都でも聞いたことがあるわ」

告げられた言葉は意外なものだった。王都で名のある旅籠ではなかっただろうかと記憶を手繰り、それゆえに素直にその言葉を口にした。
だからこそ開店直後、という言葉に不思議そうにはしたが、それから申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「ごめんなさい、今夜の宿はもう決めてしまっていて。荷物もそこに預けてあるの。そちらに鞍替えするのなら、先の宿にも悪いし──」

安くしてくれる、とは言うものの、契約の問題もある。
だから申し訳ないけれど、と、先約を優先する向きの言葉を伝えようとする。

彼が己に向けた視線が、どのように廻ったかは、暗がりだということもあってかそれほど気にはしていない模様。
それよりは、どう穏便に断るべきかに意識がとられているといったほうが正しいが。

デロス > 「これは恐悦です。おっしゃるとおり、当店は王都の「偃月亭」の支店でございまして。
 商売人の性といいますか、事業は広げたくなるもの。巡礼の方々にも良い場所と思われますが……。
 そうですか、すでに宿がお決まりと。それは残念です」

女に王都の偃月亭のことを知っていると言われれば、デロスは嬉しそうにしてみせる。
彼女の様子からすれば、偃月亭の「裏」の部分は知られてはいないように思われた。
故に、薄く笑みを浮かべて。
その後に宿への宿泊を断られれば、残念そうな表情を浮かべる。

「客を取ってしまうというのは同じ都市で店を構えるものとしては心苦しいというもの」

デロスは諦めたかのように首を横に振って見せる。
だが、すぐに彼女の方を向いて頼み込むように頭を下げて。

「お泊りにはならなくてももちろん結構です。当店は旅籠の他、食事を提供したり温泉なども設けておりまして。
 どうか、そちらのほうだけでもお楽しみにはなりませんか?」

そんなことを言って彼女に近づいていく。
デロスはそうしながら、自らの手の中に握り込んでいた角砂糖ほどの大きさの桃色の塊を握りつぶし、それとなくその粉を風に乗せて目の前の女に向ける。
それは、奴隷商人などがよく使う媚薬の一種である。力を奪い、じわじわと媚薬らしい効果が体に染み込んでくるものである。
デロスはそんなものを、神聖なる都市で、女に向けて使用した。
その行為を悟られぬように、店の壁に貼られた説明書きなどを指差していく。

シシィ > 「ああ、やっぱりそうなんですね?同じ名前を耳にしたものですから、つい気になって」

女は穏やかに言葉を紡ぎ、続く言葉に軽く首肯し、それからもう一度ごめんなさい、と素直に謝罪の言葉を述べる。

男の推論通り、女は名前は知っているものの、宿自体を本格的に利用したことはない。
王都には拠点にしている借家がすでにあったし、そうでないときは温泉旅籠に足を向けてしまうことが多かったがゆえに。
興味はあるが、といった風情だったから、次いで語られた言葉には少し、心を動かされた。

「食事と、温泉、ですか」

元が砂漠育ちの女にとっては、潤沢に湯水を使う行為はひどく贅沢な行為に他ならない。
その習慣は王都にきてからのものだったが、それゆえに興味深い。
この地の温泉はどんなものなのだろうかと好奇心も重なって、それくらいなら、と男の言葉に乗ることにしてみた。

宿に戻るのが遅くなっても、それ自体は問題はないのだし、と歩みを寄せる相手の仕草にいぶかしそうな眼はしたものの、くしゅ、と小さくくしゃみを弾けさせ、己の不調法を謝罪する。

「ごめんなさい、しつれいを……───」

詫びと、それから男が示す先へと視線を流し、その説明に耳を傾けることになるだろう。

男が使う媚薬のその効能の現れるのが遅ければ遅いほど、おそらくは気づくことはなく───

デロス > 「いえいえ、お気になさらず。お風邪を召しておいででしょうか。ならば、なおのこと当宿の温泉は効くでしょう――」

デロスは温泉の効能や、この地方の郷土料理を出しているということをぺらぺらと説明していく。
くしゃみを女がすれば、それを気遣うような真似もしてみせる。己が行為のせいであるのに、悪びれた様子は微塵もない。
あえてこの場で説明を続けるのは、媚薬の効果をしっかりと女の体ん染み込ませるため。
デロスは相手が食いついたのを見て説明を続けながら、彼女の体が媚薬に蝕まれていくであろうことを心のなかで嗤ってみせた――

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート『市街』」からデロスさんが去りました。
シシィ > 「───体調が悪いわけではないのだけれど……そうですね、どんなお風呂かは楽しみです」

ふいに鼻がむず、としたのをどう説明したものか惑うよう。
おそらくは営業ようだとは思うものの、心配の言葉にあいまいに笑って頷いた。
男がその親切めいた表情の裏で何を思っているのかは当然知る由もなく、語られる言葉にいましばらく時間を過ごすことになるのだ。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート『市街』」からシシィさんが去りました。