2019/07/05 のログ
ご案内:「貧民地区 『Bar 』」にジェルヴェさんが現れました。
■ジェルヴェ > 「―――…えー…?」
(貧民地区歓楽街のほど近く。けれども決して目立たず路地の奥、立地条件はすこぶる悪い。
そんな酒場の店内で店主が一人きり、床の上にしゃがみ込んで項垂れていた。
―――否。よくよく見ればどうやら、憂鬱をこじらせきって打ちひしがれている訳ではないようで。
しゃがみ込む店主の前には、フローリングに黒くぽっかりと空いた大きな穴。ちょうど人間の頭がすっぽり入って余りあるようなサイズで、店のど真ん中でさながら床板が口を開けているようだ。)
■ジェルヴェ > (発端は少し前。酒場ではよくありがちな、客同士の揉め事だった。
既に出来上がった状態で来店した男性客。こちらは知らない顔だった。酔っ払って道に迷ったり怖いおにいさん方に追いかけられたり、まあ理由は何であれ時折一見さんもふらりと訪れる事はある。
あるにはあるが、今夜やってきた初顔は少々行儀の悪い部類らしい。先にカウンター席へ着いていた一人の常連客に絡みだし、相手にされず喚きだし。
暴れ出す前にと間に入って、仲裁を行った。――までは良かったが。
まさか殴りかかってくるとは。突然拳を振りかぶって来るとは、思いもしなかった。
くだを巻く程度、注意を自分へ向けられればいいくらいのつもりだったから、急に激昂する相手の行動が予想外でつい、――――)
「……ええー…?」
(迫る拳。咄嗟に体が動いて腕を捉えたあの瞬間。捻られた関節を痛がって転倒する男性客。その衝撃で無残に開けられた、床の穴。
ひとつひとつを思い起こし、穴のすぐそばでそれを眺めながら店主は再び誰にともなく疑問の声を絞り出す。
店内には自分以外誰も居ない。どうすんのこれ。怪訝そうな顔がそんな心情を物語るが、床も大口を開けている割には無口なものだ。答えてくれる声はない。)
ご案内:「貧民地区 『Bar 』」にルビィ・ガレットさんが現れました。
■ルビィ・ガレット > 道中、案の定。こちらの見目で舐めてかかってくる連中はいた。
それはそれで好都合だった。複数で襲い掛かられれば、そのうちの一人を適当に締め上げる。
すれば、残りの仲間は案外情もなく、連帯感もなく。逃げ出して。
そして、捕らえた不届き者に、"彼の"名前を出して確認するわけで。
道順や方向は合っているか――と。つまり、彼がほぼ毎日いるらしい、バーまでの道のりを。
それから。……何事も無かったかのように、店名のない店先までやってくれば。
その扉を潜り、彼の姿を探すのだが――、
「……取り込んでいるようなら、日を改めるが」
なぜか低い位置に店主の姿を見つける。
彼のそばに開いた、小さくない穴を見れば。何かしらのトラブルがあったらしいことは窺えて。
感情の薄い声で言った。
■ジェルヴェ > (ドアベルが入店を知らせる音を立てた。控え目に、けれど店内は静かでよく通る。
顔を上げ「いらっしゃい」と反射的に出かけた言葉が発せられることなく口を開いただけに終わったのは、前を向いたその先にいる来客の正体に少しだけ驚いたからだ。)
「―…取り込み、後。完っ全にあとの祭り。
いらっしゃい、…ルビィ」
(意外な客だったが、それを顔には出さず。同じくよく通る、凛とした――と言うよりは、どちらかと言えばどこか冷淡。抑揚のない彼女の第一声に困ったような緩い笑みを添え応えて、曲げていた膝を伸ばしゆっくりと腰を上げながら出迎える。
名前を呼ぶ際、ほんの一瞬間を開けたのは逡巡のせいだ。たしか、ちゃん付けは半殺される。聞き間違えでなければ、先日別れ際背中でその忠告を受け取っていたから。)
「ここ、すぐ分かった?ごめんなー、きったねぇ店で。
とりあえず穴。気を付けて中へどうぞ」
■ルビィ・ガレット > 取り繕ったり、嘘を言ったり。幾通りの意味にも捉えられるような、使い勝手のいい言葉を並べたり――、
ほぼ常時、そうやって。人の振りをして。もしくは正体を明かしても、人を翻弄するような言動を取る……自分からすれば。
彼の微妙な表情の変化には、気づいたつもり。ただ、特にそれを指摘することはなく。
「そうか。……なんだ、"ちゃんと"呼び捨てるのかよ――ここなら。
今、私とお前しかいないから。……別に不都合は無かったのに」
彼の「事後」だという返事には短く返して。
僅かの間の後、「正しい」呼称で彼に呼ばれれば。女はようやく薄い表情に笑みを添えた。
――どこか残念そうな、皮肉げなそれではあるが。
店の出入り口に、立ち尽くしていても仕方がない。
彼の言葉どおり、穴を避けるようにして店内へ。
「"人に"聞きながら来た。……そんなに迷わなかったかな」
成り行きで道を聞いた通行人に、手荒な真似をしたことは伏せたまま。
静かにそう答えた。――が、席にはつかず。テーブル席にも、カウンター席にも。
彼がそれを疑問に思いそうなタイミングで、
「冷やかしに来ただけだから。立ったままでいい」
簡潔かつ、手短な言葉を発して。言外に「自分は客ではない」と言っているよう。
見方を変えれば、女が純粋に、彼に会いに来た――とも。取れるが。さて。
■ジェルヴェ > 「うんまあ、ちゃん付けして半殺しの目に遭うのは俺からしてみれば不都合でしかないけどな」
(なんだ、と惜しむ口振りが、あの夜聞いた最後の言葉が聞き間違いなどではなかったと証明される。
讃えられた微笑みがいささか物騒だと思ったが、とりあえず言いつけは守ったので痛い思いはせずに済みそうだ。
彼女に注意した床の破損を跨いで通り、店主はカウンター席へ。客二人分と思しき空きグラスがスツールの前にそれぞれ並んでいるのは無人になった後、すぐに床との睨み合いに時間を割いたが故だったが、無事辿り着けたらしいと言葉通りに受け取って相槌を返しつつ、片付けの済んでいない席から一つ空けた他のスツールに手を伸ばし、座席を引こうと)
「…っふ、は。悪酔いしたおっさんの後は冷やかし宣言か。今日の俺すげーな」
(した、所で。注文はおろか、席すら要らないと告げる彼女の言葉に振り返り、店主は思わず吹き出してそのまま眉を寄せ可笑しそうに声を弾ませる。
腹に片手を添えて肩を揺らし、笑うその様は疎むどころか楽しげに。スツールへ伸ばしかけた手を引っ込めて体ごと彼女の方へ向き直ると、カウンターに寄りかかる形で腹を抱えた手を腕組みに変え
て)
「……はー、ウケた。
…なら、わざわざ顔出してくれたのか。俺に会いに」
■ルビィ・ガレット > 「『不都合』なんて生きていれば、やつらはそこらへんを我が物顔で歩いていて――、
急に、"私たち"にぶつかってくるんじゃないか。……去って行く時も急で。
だいたい、謝罪もないのが特徴だ。……ジェルヴェもそのくらい知っているだろう?」
半分が魔性の身である女にも、不合理は存在するらしい。
だから、自分が人間たちの不条理代表みたいな言い方はせず。
……皮肉げに冗談めかしながらも、真言を言ったつもりだった。
着席の気配は相変わらず見せないまま。
……しかし。僅かに彼に歩み寄る。半歩だけ。
「そいつに店の床を壊されたのか? ………」
相手の笑い声には、僅かに目を細めるばかり。
表情が薄いから感情は読み取りづらいものの、気分を悪くした様子はなかった。
彼の気分がだいたい落ち着き、笑い声が止んだところを見計らって、
「――『今日が自分の命日になるかも知れない』とは。思い至らない訳?」
質問にはちゃんと応えない。その代わり、軽薄な笑みを浮かべれば、
どう考えても物騒な解釈しかできないことを言って。
■ジェルヴェ > 「それを、思い知ったところ。さっき床板打ち抜いた瞬間に」
(実際身に降り掛かった不都合と思い返せば、今夜はその一点だ。彼女の言うひどく気紛れらしい『不都合』が店主にとっての彼女自身となり得る可能性を、きっと向こうは自覚した上で揶揄めいてみせるのだから大したものだ。
―――年の功か。一瞬思考が余計な推測に飛びかける。彼女は異種族、魔の者だ。見た目がそのまま実年齢なんて分かりやすさは無いだろう。だとすれば肝が据わっているのも、”大したもの”だなんてヒトの感覚と容姿の愛らしさで測るのは。
…などと平和に思考を連ねる店主の耳に、飛び込んできた物騒な台詞。
二十歳そこそこに見えるが実際歳はいくつだろう、というか聞いたら怒るか殺られるかどっちだろう。彼女を眺めながら、興味本位でそんな風に思案する店主の余計な考えを止めるには充分過ぎた。)
「だって今日は”冷やかし”だろ。俺ごとどうにかしてやろうって腹積もりならきっとそうは言わない。
…と思うので。どうしよう、広場で出会ったカッコイイ人が頭から離れないみたい…という乙女心かなと、思い至った次第です」
(年齢についての考察は切り上げる事にしたが。人の脅威となり得る彼女に試すようにそう告げられても、店主に怯んだ様子はなく、薄ら笑いのままだった。
距離がほんの少しだけ彼女の方から詰められて、踏み出し、手を伸ばせば互いに届く距離になった今でも。告げるのは花畑でも浮かんでそうな、気楽な世迷言だ。)
■ルビィ・ガレット > 「……酔っていなくても、向こうは謝罪しなかったかも知れないがな」
この地区の酔っ払いなんて、そんなものだろう。そう見当を付けての発言。
偏見のつもりはない。概ね合っていると思うから。
……ところで。会話の最中に物思いに耽る癖が、こちらにはある。――ゆえに。
彼は露骨に、顔に出ている訳ではないけれど。何か思索をしていることは。どことなく感じ取られ。
それを、今度はこちらが。「なんだろう――」と考え始める訳で。
まぁ、本人に直接尋ねない限り、確かなことはわからないのだが。
そして、彼が女に齢を尋ねた場合、どうなるか。――正解は、怒りも殺しもせず『実年齢を教えてくれる』だ。
この街に着てから、自分から年齢を言い出したシーンは、そんなに多くはないけれど。ある。
機会があれば、彼女は彼にも教えるかも知れないが……。
「相変わらず、からかい甲斐の無いやつだな。……変なところで肝が据わっているというか。
――お前の顔立ちは整っているほうで、確かに色気は感じられるけども。……なぜ私がお前に現を抜かしている前提なんだ」
距離はそのままを保って。聞こえてくる前半の言葉は、どちらかと言えば想定内で。
大して顔色を変えないまま、しかし、小さなため息混じりで返すのだが。
……後半の言葉には、さすがに眉根が寄った。とは言え、激しく反論、彼を非難することはなく。
むしろ、相手の大部分――容姿について"は"、だが――を。
照れた様子も無く、彼女なりに肯定した後から。軽く抗議の意を示したくらい。
■ジェルヴェ > (彼女の言うそれは、床板を一部破損に至らしめた挙句ろれつの回らない怒声を散らして逃げ帰った男性客を差すのだろう。
謝罪はいらないからせめて修繕費の請求先を教えてほしかった。去っていく客の後ろ姿を思い描き、言った通りまさしく後の祭りだと店主は曖昧に苦笑を漏らす。
そしてそんな酔っ払いの襲来、からの冷やかし客の来店。立て続けに見舞われる珍事を厄日かと面白がった店主に対し、まだ続くぞと言わんばかりの彼女の物騒な物言いについては―あくまで前述の部分のみ―言葉の意味を解いた店主の推察は正しかったらしい。
単に脅して出方を見たかっただけだと知り、したり顔で笑みを深くして見せた。)
「おいおい何だよ、『黙れ抜け作が』くらいの蔑みが飛んでくると思ってたよ。しれっとした顔でデレてくれるんだなー」
(更に続けて打ち返された一部分に対する肯定は褒め言葉だ。…褒められている。多分だが。表現通り余り表情を変えずさらりと言うものだからお陰で気恥ずかしさも更々ないが、調子良く言葉そのものをそっくり受け取っておく事にして。
緩く頭を傾ける。乙女心と言い表した妄言をひどく怪訝そうに、眉を顰める彼女の顔を伺うように。動作に合わせ、顔の横で長い前髪をはらりと揺らしながら)
「強ち間違ってもいねぇと思うんだけど。『頭から離れない』は俺の妄想過多としても、実際気にしてくれてはいるだろ。
…それがまあ、イロのある意味かどうかは別として」
■ルビィ・ガレット > 「お前に蔑みは利かないだろうに。……容易にいなしそうだ、むかつくことに。
……私が感じていること、もしくはただの『事実』を口にしたまで」
余計な言葉が削ぎ落とされた、冷徹な言葉たち。
所々気まぐれに、半吸血鬼は自分の心情を見え隠れさせるものの。
彼が真意を掴めるような言は、なかなか放たない。
警戒心や相手にどれほど心を許しているか、以前に。
元より彼女は、自分の内面を容易に晒さない性分で。
……急に何かを露出してきた場合、その多くは――そちらに注意を引かせ。
自分のほんとうの、輪郭をうやむやにさせるのが目的。
女が無意識下でやっていることでもあった。
「――あの、さ」
いつの間にか緩く組んでいた腕を解けば、彼のほうへ歩み寄る。
もちろん、壊れた床の穴を避けながら。
……二人きりの店内。話をするには少し近過ぎるほどまでに、その距離を埋めれば、
「それは、そっちの。――『希望的観測』というやつでしょう?
なぜ私があなたを気にかけるの? ちょっと、顔がいいくらいで」
綺麗に整った笑顔を浮かべ、彼の首筋にその白い手を伸ばした。片手だけ。
叶えば、彼の首筋にそ…と、自分の手のひらを宛がうだろう。
すれば、低めの体温が彼に伝わるはずで。
■ジェルヴェ > (顔の造作について。例えば冷たく思い上がるなとでも罵られたとしたら、確かに自虐を含んで軽口を叩いていたかもしれない。むしろ、そのつもりで切り返しも素早くできる準備はあった。
へらへらとした店主の性格を、彼女はよく見抜いている。
そう淡々と自画自賛へ肯定を重ねられるといっそそろそろ居た堪れなくなってくる頃だがら、多分厚い面の皮の下でやり返されているのはこちら側だ。
ただ、表情が然程変化を見せないままでいるのはお互い同じだった。店主の薄ら笑いは飄々と、彼女の顔は眉を動かしてもなお、どこか無機質な印象を持ったまま。
そこに変化が加わる。店主の視線が、動きを見せた相手を追った。―――数歩。歩み寄る彼女の歩幅分、隔していた距離が詰まる。)
「…殺りにくるか、単にもう一度会いに来るか。店のドア潜るんなら理由はその二択。
……で、今日。あんたは、」
(差し伸ばされた手が少し冷たいと知ったのは、肌に触れたその瞬間。首筋に重ねた彼女の体温が掌越しに伝わって、店主は更にその首を晒すよう、傾げた頭の角度を深くした。
同時、持ち上げた片手が白く華奢な女の手を追う。軽口めいた口調はそのまま、近い相手に幾らか声量を絞り、浅い笑みも残したままで。叶えばその上に自らの手を乗せて、指を絡めて捉えようと)
「―――…今のところただの冷やかしで、俺を殺す気は無い、と。
…なら、残るのは気になって会いに来たって方だろ。…なんで?顔がいいから?」
(彼女の言葉を混ぜ返す。茶化すような口ぶりは、同じく彼女の反応を愉しむためのものだ。)
■ルビィ・ガレット > 「………」
澄んだ紅茶色の双眸を瞬かせる。
体温の差。相手のぬくもりを温かいと言うよりも、熱い、と感じた。
こちらとしては、首をへし折る予備動作を相手に連想させるつもりで、彼の首筋に触れたのだが……。
彼の体温を「心地よい」と認識してしまって、数秒間。
思考や行動に空白が生じてしまう。ほんの僅かな時間とは言え、
意識がまどろみに近い「何か」に占領された。
「……っ!」
それを振り払うよう、彼から手を離したかったのだけれど。
正直、名残惜しい気持ちもあって。そうやってまた間誤付いた隙に、
彼に五指を絡み合わされてしまって。……なぜか、振り解けない。
焦った表情。僅かに荒い息遣い。赤らんでいく白い頬。
見た目の年相応に見える、仕草。様子。そんなものを、女は晒していき。
「……き、気になっていたのは――、認め、る……。
――け、ど。……『顔がいい』だけで気になるかよ」
なんとかそこまで言うと。僅かに潤み始めた瞳を彼から背けた。
ゆっくり手を引き抜くような要領で、彼の手と首筋の間にある自分の片手を。
……取り戻そうとするのだが。迷いがあるのか、動きはほんとう、酷く緩慢で。
■ジェルヴェ > (思いのほか、手を取ることが易々叶う。滑らかな白い甲の上から掌を重ね、指を絡めて握ることも、叶う。
―――思いのほか。彼女の、人形めいて感情の伴わない冷たさを纏った表情が、その雰囲気を大きく変えた。
すこし冷たい、そう感じたはずの重ねた手が徐々に温かくなってきたのは、こちらの体温が移ったせいか――或いは視線の先で、カーブを描いた頬の色が赤く染まってゆくのを、間近で見たせいか。
交わされていた視線が外れる。
彼女が先に目を逸らし、ぽつりぽつりと緩慢に、まるで散らばった言葉を慌てて集めて作ったような弱い語気で紡ぐ声を聞いて店主は意外そうに、そして殆ど呼気で形成されたに近い音で、「あれ、」と一つ。疑問符にもなり切れない言葉を漏らし、鼻先で柔く、小さく笑った。)
「…んん、マジか。
そういう顔されると、俺も困る」
(眉を寄せ、思いがけない変化に喉奥で低く笑い声を転がして。囁きに似たそれは独白染みているが、もちろん相手にもしっかり聞こえる距離だ。言葉だけなら厭うようなもので、けれど速度を落とした口調と声音に惑いは介さない。
それから、逃げようと弱く引かれた手を掴まえる指へ、引き止めるに必要な分だけ込めた力も。)
「―――…危ない橋わざわざ渡る気なかったんだけど。
…手ェ出したくなるから」
(店主―男からしてみれば彼女の振り解こうとする力は余りに弱く、よく知る『女』のそれだった。ならばおそらく、その後の目論見を果たすことも造作なかったかもしれない。
いつしか傾げた頭は幾らか起こし、繋ぎ止めた体温を手前へ引いて。彼女がそのまま油断して―もしくは赤い顔色が表す通りに戸惑って―いるうちに身体を引き寄せることができれば、そのまま互いの唇を重ねるのには充分だろう。)
■ルビィ・ガレット > 無頼漢に手を無理やり握られたことがある。そういう時の作法は心得ているし、その後の相手は言わずもがな。
婚約者にそれとなく、自然な流れで手を握られたことがある。その時は相手のほうから手を離してくれた。
無作法ではなかったし。違和感も、感じの悪さも無かったことを記憶している。
――今は。"成り行き"で、人間の男に手を握られている。きっかけを与えたのは、自らだ。
勝手とか正解が、よくわからない。自分の好きにすればいいのかも知れない――いや、よくない。
思うように振る舞ったら、理性が溶ける。既に溶け掛かっている。
辛うじて残っている理性、危機感。――そして、いつもは邪魔で、今は少し頼もしく感じられる恒常性。
それらを総動員させて、僅かに手を身動ぎさせる……"若い"ダンピールには、それが精いっぱいだった。
「こ、困るなら……っ、手を離し……っ、うぅ……」
口先で拒絶することもできなかった。言いかけて、言の葉が途中で枯れる。
基本、本心を偽る際は、わざと話を逸らしたり。一般論を掲げて自論を隠したり。
そういった姑息なことをするしかないのだ。……肝心の、その場凌ぎの方法が見当たらない。
「わ、私を誰だと思って――……いや、その。
……違、――きゃっ」
動揺のあまり、権威を示して相手を退けようとし掛かって。
そのことに気づけば、瞬時に恥じ、言葉に詰まり。無意味だろうし。
何か言い訳を紡ごうとしたところ――、そのまま引き寄せられ。
つい、人間の。……しかも、"か弱い"女みたいな声を漏らす。
なんだか、それは。嬌声に近い、小さな悲鳴だった。
「ん、く……ふ――ぅ、っ、んぅ……」
唇が触れ合うだけで零れる、甘ったるい息遣い。
目は完全に閉じている。彼の背中に腕を回しかけ、
体の密着率を上げようとしたところで。我に返った。
「――そろそろ閉店時間だろう? ……長居して悪かったな」
何がなんでも距離を置いて、彼と自分の体を引き剥がせば。
何事も無かったかのように、そんなことを言い出して。
相手の返事を待たずに、早足で店から出る。
■ジェルヴェ > (触れる唇。鼻先で掠れて消える、上擦った吐息の音。
彼女の示すその仕草、反応すべてが、男の取った行動の動機に起因しているとの自覚はないのだろう。否、不意をつき踏み入るような真似をしておいてそれでは、責任転嫁も甚だしいが。
単なる皮膚の接触。どこかの界隈ではいっそのこと挨拶だ。その白々しい言い訳を後々使えなくなると分かった上で、塞いだ柔い唇を幾度か食んだ。
その唇は、熱い。人と同じ体温がある。そんな気がした。―例えば持ち上げたもう一方の空の手、啄み結ぶ口付けを交えながら、そちらで触れ添えた彼女の頬から伝わる熱と、同じように。
体の後ろで気配が立つ。縋る先を求めて彼女の腕が伸び掛かる、それを男は伏した視線の端に捉え、視界の隅で行方を追った。けれど持ち上がったはずの腕が、背や肩に回ることはなく)
「―――……おっとー」
(重なり合うに合わせて微かに響いていた、互いの間での小さなノイズ。それから、彼女の息遣い。不意に静まり返った店内に響いていたそれらの音が止み、次いで上がるのは随分と呑気で間延びした、普段の調子の声音が、一つ。
結んだ手から逃れた彼女を追うでもなく、両手を胸の高さに持ち上げ広げて見せた男のものだった。
引っ叩かれるか。殴られるか。…それ以上か。悪びれなく唇に弧を描き”降伏”の恰好で出方を伺っていたが、彼女の様子もまた、それまで知り得る常のそれで。
声を掛ける間もなく、踵を返した背が遠ざかる。床に空いた穴を跨いで、来た時と同じようにドアを潜り―――外へ。
その様子を両手を上げた状態のまま見送って、やがてドアがベルを鳴らしながら閉まる頃。僅かに濡れた唇を覗かせた舌先で拭いながら男は確信した。渡ってみた危うい橋は、今日のところは崩れずに済んだらしい、と。
そんなことで幸運ぶっている店主。穴の開いた床と空のグラスが残った店の状態に現実を突きつけられるのは、その後まもなくの事だ。)
ご案内:「貧民地区 『Bar 』」からルビィ・ガレットさんが去りました。
ご案内:「貧民地区 『Bar 』」からジェルヴェさんが去りました。