2023/04/21 のログ
ご案内:「貧民地区 廃屋」にアロガンさんが現れました。
アロガン >  貧民地区の建物は、元の所有者がいなければ貧しき者が勝手に住み着く。
 その建物も同様だった。元は商会の貸倉庫であっただろうその場所は、かつて商会長であった者が貴族との癒着で諸々の犯罪に手を染め、しっぽ切りのように切り捨てられ潰れてから久しく、放置されていた。
 流石に扱っていた商品や素材などは回収されたが、そこそこに広い場所だ。雨風をしのぐのにちょうどいい頑丈なレンガ造りの建物は、天井が一部壊れているものの十分に寝床に出来るスペースがある。

 そこを根城にしていた者は、人を襲い荷物や金を奪い、女を攫って嬲り、酒を呷って他者を虐げる悪党であった。
 貧民地区に住まう者すべてがこのような者ではないが、ソレは確かにこの荒れて混沌とした区域において強者であったのだろう。
 ソレの下には、叩きのめされ従属した者、美味い蜜を得ようとする者、お零れに預かろうと傘下に下った一派など、一人、また一人と増えて、そこそこに大きな犯罪者グループになっていた。

 ────ギャッ、と何者かの悲鳴が響き、けたたましい音を立てて床に転がる。
 屈強な体躯をした、黒いコート姿の男がいた。
 その手には硬質な素材を用いた伸縮棒がある。長さはおよそ80㎝。190㎝近い長躯の身にはちょうど良いロングソード程度の長さ。この場所で振り回すにも支障がないものだ。
 狼の耳に尾、この街────否、この国では迫害の対象となるミレー族の証を、隠すことなく晒している。その尾は、いつものように不機嫌そうに揺れている。
 王都に暮らすミレー族の大半は、その魔力で耳や尾を隠し、平穏に生きようとする。
 こうして堂々と、隠すこともせず晒すミレー族というのは、ごくわずかな強者か、或いは奴隷かの二択だ。
 そして、このミレー族の男────、アロガンは後者だった。

「……手加減というのは難しいものだ。勢いが良すぎると殺してしまう。殺すと後片付けが面倒なんだ。大人しく手足の骨でも折られてくれれば、それで良い」

 アロガンの今日の任務は、貧民地区で勢力を拡大してきた一派の勢力を削ること。
 依頼主は知らないが、奴隷商会"アバリシア"に持ち込まれた依頼ならば、アロガンに拒否権などない。
 これまで叩きのめした複数の男たちの血での汚れた杖で、此方を睥睨する頭目を見据える。
 手足を削ぎ、あの頭目たる男を連れ帰れば、アロガンの仕事はそこで終わりだ。

アロガン >  如何程の時間がかかったか。
 静寂の中で意識があるのは、アロガン一人であった。
 積み重なったならず者の男たちの山の頂点で、杖の先に両手を重ねて脚を組む姿は、玉座に座す王にも似ている。
 野性味のあるその顔は非常に冷淡で無表情だ。

 切れ長の双眸、その動体視力は非常に優秀で、ただのならず者に後れを取ることはない。
 頭目も伏して意識を刈り取られている。その時点で、有象無象の手下たちは我先にとこぞって逃げ出した。

「────あっさりと見捨てられたか。人間とはそういうものよな」

 哀れみなどなく、ただ淡々と事実を零す。
 これが己の群れならば、と考えて、アロガンは眉間に深い皺を刻んで瞼を閉じた。
 奴隷であるアロガンが、もはや一族である群れに戻ることはない。率いることもない。
 動物の狼という生態とは異なるが、それに似た里の掟ぐらいはある。
 一度里を抜け、そして戻らぬと定めた男に、帰る場所などない。

「さて……果たしてお前はどうなるのだろうな」

 犯罪奴隷となって鉱山送りにでもなるか。
 同じ奴隷仲間だなと自嘲に似た笑みを口元に象った。
 アロガンにとっては、どうでもいいことではあるが。