2020/04/28 のログ
ご案内:「平民地区 西区に向かう街路」にメグさんが現れました。
アルヴィン > 乗馬というものは、大概初めはその揺れに驚く。
しかしこれでも、軍馬は騎士の意を酌んでの緩歩である。これが疾駆ともなれば、下手をすれば舌を噛みかねないほどのものとなる。まだまだと、騎士は柔く微笑んだ。

「あまり…おれの他の者を乗せることがないゆえ…少しばかり、落ち着かぬのだろう。
 …怖いだろうか?」

馬もまた、馬にとって馴染みの乗り手かそうでないか、乗馬に慣れた乗り手か否かが、わかるのだ。
馴染みのない、そして乗馬に慣れぬ乗り手を背にすると、特に癇の強い軍馬などは、心地が悪いと歩調を変えることがある。
少女が揺れが大きいと感じたのなら、きっとそれは騎士の軍馬が今、不慣れな少女に戸惑っているそのためだろう。

「羊が列を…ああ、あれであろうか?」

それらしい看板は、ほどなく騎乗の二人の視界に入る。
ただでさえ、視界が常より高いのだ。少女としても、常よりも早くその看板は、視界に飛び込んできただろう…。

メグ > 揺れ対策にと図々しくも彼の腕に添えた手は、気づけば10秒経たぬうちにもう離している。バランス感覚には比較的自信がある、ような、気が、それとなく、する、本人的には。
身体を左右に揺すりながら、問いに対して顔を向けると、なんだか少し興奮気味に瞳を輝かせた。

「怖いなんてとんでも!大人しいお馬さんに、頼れる騎士様、何があっても落ちる気が致しませんねっ」

なんて、眉をぐいっと寄せて機嫌良さそうに肩を揺する。道中、微妙に調子の良い鼻歌を混じらせた。
進む先に看板が見えてくると、瞼の上にてのひらをかざしながら、『おお』と零す。

「もうですか?ええ?本当? ……まあ、残念」

ちょっと下唇を突き出してから、苦笑を漂わせつつに、頷いてみせた。仰る通りだと、親指と人差し指でマルを作りながら。

アルヴィン > 「大人しい…か。それはよいな。
 大人しいそうだぞ、おまえが」

騎士の言葉の後半は、愛馬へと語りかけたものだ。まるで、その冗談がわかったのかのように。軍馬はそれはもう、不満げにブルルル、と鼻を鳴らすや、首を振る。
それは、騎士の腕から手を離してしまった娘には、思いがけない揺れとなったことだろう。

平衡感覚に自信のある娘が見事に均衡を保てたのならよいが、そうでないとしても心配は要らぬ。
そっと騎士の腕が、万一に備えて緩く手綱を捌いていた。
万一のその時は、騎士の内腕が少女の身体を支えただろう…。

見る間に近づく羊の看板。そして騎士は、少女の言葉に楽し気に微笑んだ。

「乗馬くらいならば…またお声かけをいただければ差し上げよう。案内をいただいた礼だ」

そう、騎士は楽し気に。
看板のその前へと至ったのなら。
まず、身軽に騎士が下馬しよう。
そして、鞍上の少女へと、そっと片手を差し出した。飛び降りるには、やや高い。
騎士は、この手を踏んで降りるがよいと、こともなげにそう告げる…。

メグ > 「あらら。もしかして、その。
 ……剛毅で逞しくて素敵ですよ、大人しいなんてとんでも……あわっ、ごめんなさいってば…!」

軍馬にとってこれは誉め言葉では無かったのだろうか、というのは、彼にとってもっとも気の置けない主の冗談めかした言葉を聞けば想像に難くない。少女は取り繕おうとしたところ、揺れる首に驚いて身体をぐらりと揺らがせた。
さすがに少しびっくりしたので、再び、背後の貴方の腕を支えに取ろうと片手を伸ばす。顔は、笑っている。

さて、ともあれ、楽しいひと時は一段落を迎えてしまった。
先に降りた騎士の靡く美しいブロンドを眼下に捉える一瞬が過ぎると、その下に添えられた手を見て瞬きをぱちくりと。

「ええと、騎士様、お手はありがたいのですが、私の短い腕ではそこまでは届きませんので…。
 次回までに降り方を学びますので、よろしければ荷でも下すように、こう、ひょいと、お願い出来ませんか?」

手をそこまで伸ばせと言われていると勘違いしたらしい。
またも図々しくも、両手を広げて、じっと目線を貴方に向けている。抱えて下して頂けるまでそうしているつもりなのだろう。軍馬の高さは、自発的にぴょんと飛び降りる勇気を少女に与えてはくれなかった。

アルヴィン > ぱちくりと、騎士はその言葉に蒼い瞳を瞬かせた。
そして、なんとも苦笑というには柔い笑みをその口許に刷くと、騎士は何も口にすることなく、求められるがままに片手ではなく両手を伸ばす。
漆黒の硬皮革の胸当てから伸びるのは、肩から上腕までが露わとなった肌。前腕は、同じような漆黒の皮革の籠手が守っているが、その肌身が衣服の上からとて、少女に触れることをいとうたものか、騎士は「ご無礼を…」とだけ、短く告げると…。
そのまま、少女を抱き下ろす。

少しだけ、鉄と、革。
そういう武骨なにおいが、少女を包んだことだろう。

とん、と。少女の足が地を踏んだなら。
初めて騎士は、もう一度柔い苦笑を過らせた。

「おれの手を…踏んでいただければよかったのだ」

次からは、そうしていただこうか、と。騎士もまた、気軽に『次』を言葉にし。
そして、羊の列を見上げたのだった。

「ここまで至れば、いくらおれでも迷いはすまい。
 申し遅れた…。アルヴィンという。この国には一月ほど前に辿り着いたばかりの者で、まだまだ不案内なのだ…」

今日は、大変に助かった、と。騎士は折り目正しく一礼を…。

メグ > 「よしなに、ふふふ」

少女からすれば十二分に逞しい両の腕に抱えられて、空を舞う一瞬。御伽話の姫君のような言葉を、街娘丸出しの気抜けた笑みで紡ぎ出す。
そも、裁縫屋を細々と営む少女は戦場の男と触れ合う機会などまるで無く、香りも、ごつごつとしたその指先が自分を掴む感触も、まるで未体験の事ばかりだ。
慣れた石畳の店先に革靴がこつんと付くと、これまた見慣れた観音開きの戸口を一瞥してから、彼の言葉にややばつが悪そうに苦笑を返した。

「手を踏むだなんてそんな、騎士様相手に恐れ多いではありませんか…」

なんて、そんなの無理、とかぶりを振る。抱えさせておいてこの言い草だ。
彼の名乗りを聞くと、改めて一度藤籠を下ろし、うやうやしくスカートの両端をつまんでお辞儀を。

「アルヴィン様、この度は大変に有難うございました。このような我儘を聞いて頂いて、本当に楽しかったです。
 私はメグナリア・ハレス、この『羊の豊列』の針子であり、店主で御座います。ようこそいらっしゃいました!」

そう名乗ってちらっとだけ目線を上げると、悪戯っぽく口角を上げた。

アルヴィン > 「畏れ多いもなにもないさ。それが最も手早く安全だと、そういうことだ」

戦場と言うのは、質実であらねばならぬと騎士の祖国は教えていた。簡素であり、簡潔であらねばならぬ。であるからこそ、最も実利に長けた方法を騎士はとっただけだと笑っていたのだけれど。

「…なんと。お人が悪いな、店主殿?」

ぽりぽりと、口許を指で掻きながら。騎士は羊の連なる看板と、悪戯めいた微笑みを浮かべる少女を見比べる。
そして、鞍の後輪へと手を伸ばし、布包みを手に取った。

「先ほども申し上げたが…魔獣の皮革のマントもある。皮革の裁縫は、かなりな力がいるはずだが…」

お手間ではなかろうか、と。騎士は随分気づかわし気だ。
その細腕では無理なのではと、そう言いたいわけではないらしい。
が、随分な力仕事になるのではと、そればかりがただ、心配と、そういう色が声にはあり…。

メグ > 「騎士様の心得は大変、勉強になります。
 でも、女性の気持ちとしては、やはり抱えて下して頂く方に軍配が上がります。ええ。だってほら、その方が風情があるでしょう?」

ち、ち、ち、と指先を揺らして偉そうに彼の瞳の前をふらつかせてみせた。少女は理屈よりも浪漫であるらしい。
藤籠を拾い上げると、中から鍵をごそりと取り出し、その鍵の先を唇にちょんと当てながら、くすくすと屈託なく笑った。それはもう嬉しそうに。

「ええ、申し訳御座いません。でも私は悪戯がかように大好きでして。退屈な毎日の、ちょっとした刺激といったところでしょうか。ふふ」

かちりと鍵を開き、どうぞ、とほんのり薄暗い店内へと手で誘う。
店の中にはたくさんの巻き布や大きなミシン、糸、糸、糸。
そして申し訳程度に飾られた、やや華美なドレス。これは、どう見ても少女の丈には合わない、看板代わりのもの。
少女は率先して店内に入ると、窓を開いて日光を導く。
そんな動きをしながらも、彼の言葉にはゆるく首を振って見せ。

「ええ。私も先ほど申し上げましたけれど、素晴らしい針があるのは本当なのですよ。それに、鞣し革は慣れたものです、お気遣いなく。―――あ、そこに置いてくださいますか?」

入ってすぐの、木製の大きなテーブル。それを指差した。

アルヴィン > 「…なるほど。風情…なあ」

この騎士は、朴念仁の無粋者を自認してあまりある。
余人に言われずとも、自身にそういう自覚がある。であるから、風情と言われてもいまひとつ、ピンと来てはいないのだろう。そしてまた、そういう自分を困ったものだと思っていると、ありありとその顔に書いてあり…。

ともあれ騎士は、悪戯が好きだという少女店主と共に、その薄暗い店内へと。
仕立て屋、などというものとは、やはりこの無粋者は無縁であったから、その店内の様子は随分と物珍しいものであったのだろう。
しばし、しげしげと見回した後…指し示された、大きなテーブルへと歩を進めた。

広げられてゆく、包み。

まず取り出されたのは、騎士の瞳のように鮮やかに蒼いマントだった。
クラスプの金具のところが確かに、傷んでいる。
首元でも留めることができれば、甲冑の肩甲と胸当てが接続され、クレストなどと呼ばれる飾り板が付けられる場所…その、クレストの下に留めることもできるようだ。
マントは、その金具さえきちんと繕い固定できればそれでよい。
問題は、魔獣の皮革を貫ける針仕事がかなうか、どうか。
これはもう、娘の弁を信ずるしかなく。

そして問題は…鎧下であった。

随所に切れ目が走り、その切れ目には血が滲んで染みている。
鎖帷子ごと裂かれたというのが、わりわりとわかる。
布地はまだしも、皮革そのものが斬り裂かれてもおり、これはやはり…仕立てが必要だろうか、と。広げて掲げる騎士自身が溜息をつき…。

メグ > 「ええ。風情です。小娘が何を生意気に、と思われますか?」

彼の齢は一見ですぐに分からないものの、恐らくはこちらの方が年下は違いない所だろう。少女は悪戯好きを隠す気のない笑みを浮かべたまま、テーブルに寄りながら彼に問いを向けた。そんな事欠片も思わないタイプであろうとは予想しているからこそ言える冗談である。

さて。テーブル上に広げられたそれを見下ろすと、先ほどまで笑みばかりだった少女の瞳が、やや真剣な色を帯びる。
さら、とマントの生地を手のひらで撫でつけたあと、やや眉を寄せた。
これは確かに、難儀な代物であると、表情が語っているかもしれない。

「……ふむー。これは……外套に菱目を打つ事になるのは初めてかもしれません。これは重たくないのですか?」

片目に引き出しから取り出したルーペを当てて、今度は鎧下を眺める。乾いた血の生々しさもさることながら、一体何で裂かれたらこうなるのか、という驚きも強い。
少し顎に手を当てて考え込んだ後、彼に視線を移した。

「…元通りくっつける事は出来ませんが、縫い合わせて補強する事ならば。元々の強度には至りませんが、それでも構いませんか?」

アルヴィン > 「…おれが風情を解すようになることの方が、生意気だなぞと言われそうな気がする…」

思わず、という態で騎士はぼそりとそう告げた。
老いた師であれば、面白がって間違いなくそう言おう。それが想像に難くないと、騎士はやはり溜息だ。

とまれ。

そんなことより今は、ここへと至った用向きこそ大事と、騎士もまた少女とテーブルを挟んで向かい合う。

「重くはない。よろしければ、羽織られてみるがよかろう」

手触りは皮革であるのに、驚くほど軽い。そして、軽くありながら、皮革の頑丈さをそのマントは持っていた。
材質が魔獣の皮革というだけでなく、そもそもがなんらかの魔法で作られているのかもしれない。
そしてやはり、問題は鎧下かと、騎士は問われて溜息をつく…。

「強度は…やはり落としたくはないな」

鎧下が雑であると、着込んでいる甲冑そのものに身体を傷めさせられることがあると、騎士は溜息と共に告げた。
鎖帷子の鎖が肌身に食い込んだり。
甲冑と甲冑の接合部の重なりを、皮革の補強が支えてくれずに負担になったり。
そういう地味で、地味であるからこそ大事なことを疎かにすると、間違いなく大怪我をするものだと、騎士は困ったように告げて、そして。

「…決めた。これはもう…仕立てていただこう」

本職が言うならば間違いはあるまいと、騎士はようよう出費の覚悟を決めたよう…。

メグ > 「うふふふ。アルヴィン様はそう言われてもちっとも怒らなさそうで、なんとなく目に見えるようです」

誉めているのか何なのか、とにかく少女は楽しそうであるのは貴方の目にもすぐ分かる筈。そのくらい、明るい笑みを漂わせている。何なら、少し想像してくすくすとした笑い声すら溢れ出ているのだった。
そんなやり取りをしながらも、言われた通りマントを持ち上げて、羽織はしないものの、左右に広げて掲げると、『わあ』と感嘆の声が漏れた。
こんな素材、もちろん扱った事もない。

「すごくしなやかで軽い…… なまくらであれば、傷一つ付かないかもしれませんね…!」

初めて触る素材に心が躍る。この後これを縫う事になるのだが、少女の切り札である『紅玉の菱』が通らぬ厚さでは無いだろう。彼の溜息に心は痛むが、やはり、問題はもう一つの方だった。
小さく緩やかに首を左右に振ると、申し訳ない、と頭を一つ下げた。

「勿論、合わせは完全に致しますが、私は戦場を知らないものですから軽々しく完璧に直ると申し上げられないのが心苦しいところで……頼って来て頂いたのに、力不足が嘆かわしいところです」

はあ、とため息を一つ。しかし、仕立てをと告げられれば、しっかりと頷いて、こぶしをぐっと握りしめた。

「もちろんそれは、精一杯やらせて頂きたく存じます。でも、アルヴィン様、素材はいかがいたしましょうか?持ち込みで?それとも、こちらで似たもののご用意を?」

アルヴィン > 「…やれやれ。
 貴女にまで、人が好いと言われているようだ…」

仕立て屋の天井を見上げて、騎士はそう吐息を零すが、そもそれが下手な冗談でもあるのだろう。騎士を見つめる翠のどんぐりまなこを蒼い瞳が捉えたなら、悪戯っ子のような笑みを、騎士も口許に刷いたのだった。

どうやら、マントはどうにかなりそうだ。
騎士は、娘のその手振りと口振りからそう察し、意識を鎧下に向ける。

そして、問われた言葉にこう告げた。

「然様…。持ち込みとあらば、市場を見回って探すことになる。
 もし…この、傷んだものを貴女にお預けしたら…これを看て、調べて、素材をお選びいただくことは叶おうか?」

どうやら騎士は、仕立て屋としてのこの少女の腕を、それなりに買っているらしい。
もしかしたら、己の知らぬ素材を勧めてくれるかもしれぬし。
己の思いつかぬアイデアを、見つけてくれるかもしれぬ。
そんな、面白がり楽しむ光が、少女を見つめる柔らかい視線には過る…。

メグ > 「はい。だって、このような図々しい街娘の願いをしれっとに叶えて下さるお人の良さですよ。誰に言わせても、そりゃあもう、お人が良いですとも!」

外に繋がれた貴方の愛馬を窓越しに見つめ、大げさに身振り手振りをつけて主張を声高に上げた。何の事はない、感謝の気持ちなのだが。貴方の笑みを見てから、マントを綺麗にたたみ、テーブルの端へと置き直す。
そして、椅子に腰を下ろすと、裂かれた鎧下の生地を撫でながら、ふむ、と零し。

「……なるほど、そこは私にお任せ頂けるということですね。畏まりました、それでは、一任して頂くということで」

そう言いながら、少女の指先は忙しなく生地を確かめている。もう、何かしらデザインから素材のアテから、思索を巡らせているようである。
不意に立ち上がると、では、と諸手を打って、貴方をまっすぐに見つめた。

「マントの繕いが終わるのに今日含め二日、こちらの鎧下は出来ればそれに加えて……十日くらいは頂けると助かります。よろしいですか?」

二つ目は、少し、希望的観測で告げているせいか、やや発声がまごついた。どの程度かかるか、正直未体験の代物である故に。

アルヴィン > むぅ、とか、ぐぅ、とか。
騎士は告げられた言葉に妙な声で唸ってみせた。
小娘と少女を侮る気は皆無だが、それでも年下らしい娘にからかわれ、立つ瀬がないなあと慨嘆する色は…濃い。
けれどそれも、やはり大事な本題の前には意識の外へとすぐにも追いやられるのだけれど。

「…十二日、か…」

いずれにしても、鎧の修理にも同様の時間はかかるのだ。
その間、この軽装で冒険者ギルドの依頼をこなさねばならぬ。
だが、結句それは鎧がなければ同じことだ。
そう、思い至れば騎士の決断は早い。肩を竦め、問題ないと騎士は頷いてみせた。

「では…十二日後。もう一度貴女にお目にかかれるよう、この店に参ればよろしかろうか?」

ああ、代金はそれより先に納めに参った方がよかろうか、と。騎士は少女に問いかける。
決めたとあれば迷いはない。
もう騎士は、己の身を守る防具に関わるこの仕事を、少女に任せると腹を括ったのだった。

メグ > 唸る声には、微笑みを返すばかり。
貴方には申し訳ないが、少女は楽しくて仕方がない様子。騎士、ひいては兵職というものへの偏見が強ければ強いほどこのギャップが愉快であるのだ。

日数を聞いて考え込む様子を眺めてやや申し訳なさはあれど、お針子であり経営に携わる身でもあり、少女はこれ以上速度を上げる事は出来ない。じっと返事を待ち、いよいよ頷いたのを見遣れば、改めてまた、ぽん、と諸手を打ち。

「交渉成立ですね、精いっぱい務めさせて頂きます!
あっ、お店に来て頂いてもいいですし、何でしたら素材が入った段階で見せに参りましょうか?」

『それならば選択の余地がありますし』と告げて、首を傾ぐ。
馬に乗せてもらう約束もあることだし、とは、少女の胸の内だけで思っていること。

アルヴィン > 「然様、交渉成立だ」

大事な金額の話がまだだけれど、敢えて騎士はそう告げた。
見事な仕事というものは、あるものだ。
そういう仕事には、大枚をはたいたとて、見るべき価値というものがある。
それを騎士は、得られそうだとそういう予感を持っていた。

「そう、だな…」

少女の言葉に、騎士はまたも何やら考えるよう。
そして、こう、少女に提案する。

「ならば…折を見てお邪魔させていただてもよろうか?」

なんとならば、採寸もせねばならぬだろう。
素材ももちろん、見せて欲しい。
そして…。

「それに…遠乗りのお誘いは、こちらにお邪魔せねば叶うまい?」

と。そんな言葉を騎士は、片眼を閉じつつ告げるのだった。

メグ > 「あ、はい。来て頂けるなら何よりですが、散歩に出ていただ申し訳ないなぁ…。その時は少しお店で待っててもらえます?」

口元を押さえてふふふと呼気を漏らしながら、肩を竦めた。勿論冗談だが、事実今日はさぼっていたので、有り得るのだ、そんな事も。
預かった品を大事そうに上等な布に包んで仕舞いながら、遠乗りの提案に、仕事前にずっと見せていた無邪気な微笑みをふわりと浮かべた。覚えていてくれたのが嬉しい。こういう律儀さに、少女は弱かった。

「ふふふ。そうですね、仰る通り!
 ええと、値段に関しては使う素材でまた違いますので、次回また。それで最終決定して頂ければ結構です」

そう言うと、うやうやしく頭を垂れた。

「アルヴィン様、本日はありがとうございました。今後とも、ますますご贔屓下さいますよう」

アルヴィン > なるほど、報酬は素材が異なれば費用が異なる故、変わる。
尤もだと騎士は大きく頷いた。

「では…メグナリア殿。貴女の御業に、期待している…」

そう、告げて。
騎士は膝を折ると、その仕立て屋の職人の技を秘めた少女の手指をその手にとり、そっとくちづけをひとつ、捧げたのだ。

そうして、得難い職人との縁を得た騎士は…黒鹿毛の悍馬の待つ、街路へと…。

メグ > 「あっ……っと、その、はい。頑張ります、ね?」

何とまあ、様になる、礼儀と折り目の正しい騎士らしい去り際であろうか。
立ち去る後ろ姿をぼんやり見つめて、出ていった後で、今更、声を上げた。

「……メグで結構ですよう!」

遅い。一瞬ぼうっとしてしまった。
その姿が見えなくなれば、少女はぐっと腕まくりをして、型紙作りに入る事だろう。

ご案内:「平民地区 西区に向かう街路」からアルヴィンさんが去りました。
ご案内:「平民地区 西区に向かう街路」からメグさんが去りました。
ご案内:「アケローンの訓練場」にモルファナさんが現れました。
モルファナ > 【待ち合わせです】
ご案内:「アケローンの訓練場」にヴォルフさんが現れました。
ヴォルフ > 少年が知る空は今、『四角い空』と『丸い空』だ。
丸い空は…闘技場の白い砂から見上げる空だ。
そして四角い空は…鍛錬場から見上げる切り取られた空だった。
今、少年はその切り取られた空しか、知らない。

その、四角い空の下で。
少年は今、己に課した鍛錬を終えて、井戸へと向かったところであった。
他人の眼すら気にせず身に纏うぼろを全て脱ぎ捨て、全裸となる。
その身体に、井戸から汲んだ水を容赦なく頭から浴びてゆくのだ。

そうでもせねば、身の内に滾る熱など、冷ましようがない、とばかりに…。

モルファナ > 区切られたその空間に、来訪者はもう一人。
得物の長杖を持って自主鍛錬に訪れたところ、聞こえたのはザバァ、と水を被る音。
先客の後方、10メーターほどの入り口で、垂れた犬耳をぴくんと跳ねさせる。

「オ、見覚えのあるおシリ発見~♪」

ぶんぶんと尻尾を振り、引き締まった臀部を見てはそんな呑気なことを。
犬娘は娼婦兼任の闘士。ましてや身体を重ねた相手だ。
開幕全裸でわーきゃー言うような玉ではない。

ヴォルフ > それこそ、けものよろしく少年は、頭から肩、背までをぶるりと震わせて、全員に垂れる冷水の滴を払い飛ばす。
そうしてから、傍らに用意してあったぼろ布で、荒々しくその全身から、水気を拭い取ってゆく、のだが…。

「……………」

なんとも緊張感のない台詞と、その独特の声の響きに、むす、と肩越しに背後を振り返る。
常に引き結ばれた不愛想な口許。
そして、平時はやはり、感情の色を出さぬ瞳。

…それが、なんともいえぬ色を刷いた。

どことなく、頬に朱が射しているようであるし。
眼元にも、何やら動揺が伺えるような、そうでないような…。

「…こんなところに、何の用だ」

闘奴ばかりの鍛錬場だぞ、ここは、と。
少年はぶっきらぼうにそう問うた。

モルファナ > 「なんのヨーって……来ちゃイカンこたないデショ。モルファナだって訓練ぐらいするヨ」

むー。白い毛に覆われた頬を膨らませ、フォゥン、フォゥン、と風車のごとく木杖を目の前で二回転。
少年の無感情な……いや、どことなく泳いでいる? そんな瞳を傾げた黒目が見つめる。
過酷な環境の闘奴からすれば、奴隷とはいえある程度自由のある者は煙たがられるか。

「ヴォルフくん、水浴びで冷ますぐらいがんばってたんだネ。お疲れサマ♪」

相手の想いを知ってか知らずか……再び頭の軽い娘は笑む。

ヴォルフ > むー、と鼻白んだのは少年も同じだ。
そして、鼻の頭をぽりぽりと掻く。
それはそうだ、訓練くらいはするだろう。闘技場に出ているのだから。

そんな時に、見せられたその棍の妙技に、少年の瞳はそちらに吸いつけられる。

身体を拭きつつ、少年はその、風を斬る棍を指さした。

「それは…木か」

木製か、と。少年は問うているらしい。
何やら、その視線はとても訝しげだ。

モルファナ > 「そだヨ。訓練場でも貸し出しはしてるみたいだケド、モルファナは普段からコレ。
金属よりも木製のほーが『気』が馴染みやすいし、使い勝手がいいノ」

杖は垂直に立て、とんとん、と地面を突く。
前回の対戦でも使っていたクォータースタッフは木製。
それでも少年が手にした金属製の剣と打ち合いもした。

「珍しイ?」

怪訝な視線を受け、尻尾が振り子のごとく揺れて。

ヴォルフ > 「…硬かった。それなのに、しなやかだった」

妙な武器だと、少年は言う。
ごしごしと、ホロ布で髪の毛の水気を払い飛ばすから、もしかしたらかかってしまうかもしれない。
けれど、そんなことも気づかずに、少年は武器に見入っていた。

「…『き』…?」

なんだそれはと、少年は瞳を瞬かせた。
そうすると、なんだかとても子供っぽい。一瞬だけ、そんな表情が過るけれど、やはり視線と興味は武器にある。
気、というものが、武器の何かと思ってしまったかのようで。

モルファナ > 顔に飛んできた水滴に「わぷ」などと妙な声を上げ、それこそ犬のように首をプルプル振った。

「ン、『気』は……生命力そのものってゆーのかナ。それを武器に伝わらせて硬くすル。
うまく使えば威力とかも上げられるみたいだケド、モルファナに出来るのは丈夫にするダケ。
あ、そダ! ヴォルフくんも『気』の呼吸法、やってみル?
肩のチカラ抜いテー……足は肩幅に開いテー……腰は軽ーく落とす感ジ」

ひょいひょい、と歩を進め。
少年の横に……杖の範囲を踏まえて少々距離は空けてだが……並ぶように立った。

ヴォルフ > びく、と少年は固くなった。
それこそ、まだ懐ききっていない野生のけもののような、そんな表情と仕草だけれど。

なんとも不用心に傍らに立たれて、少年はむすー、と鼻白みながら、まずは下帯を締めて腰布を巻く。

「…こうか?」

肩幅に開いた脚。
ゆるりと曲げられた膝。
肩がすとん、と落ちているのは、無駄な力みがない証拠だ。

…わりと、筋がよいらしい。

モルファナ > 少年の仏頂面も意に介さず。犬娘は、にへー、と緩く笑った。

「ソウ! とってもいーヨ、ヴォルフくん♪
鼻からゆーっくり息を吸っテ……胸よりももっと下……
『おヘソの下あたり』に呼吸を落とすコトを意識しテ……長ぁ~く口から吐ク……
すぅぅぅ……フゥゥゥ……気持ちが落ち着いてくるでショ?
普段から慣れておくト、戦ってル時も無意識に出来るようにナル。
疲れ方とか、全然違うヨ」

丹田-たんでん-呼吸、という東方武術の呼吸法。
ミレーの隠れ里にいた頃、変り者の爺様から教わったものだった。

ヴォルフ > 少女の言葉を待つまでもなく、少年はいつしか半目になっている。
視界を狭めると、不思議と人は、他の感覚器官が鋭くなる。
吸う、吐く。
吐いて、吸う。

それだけで、じんわりと身体の奥底から熱が産まれ、広がってゆく。

もしかすると少女は、傍らにいて少年の熱が高まるのを、感じられたかもしれない。
それは、緩やかではあったけれど確かに起きた変化だった。

気が、貯まる。
丹田に溜まったそれは、じんわりと手指、脚の先にまで、その熱を伝えてゆく。

半目にしている筈なのに、常よりも視界が明瞭だ。

不思議だ、と。
少年はけれど、その感動を静かに穏やかに受け止めていた…。
いつしか、両腕が上がり、緩く胸の前に掲げられた。
見えない円柱を、そこに柔らかく抱くように…。

モルファナ > 「んじゃ、次は気を高める『タントー』っていう訓練ヲ……あ、アレ!?」

自分が言おうとした動き……見えない柱を抱く仕草の少年に、犬娘は目を丸くした。
おずおずと、逆に自分が真似をするような格好。
拳ひとつぶん空けて杖を持ち、ちら、と横目に見た。

「……知ってたノ?」

この訓練、と短く尋ねる。

ヴォルフ > 「…いや、知らない」

半目のまま、不思議と静かに少年は告げる。
膝が、もう少し緩く曲げられて、少年の腰がさらに落ちる…。

「この方が…あったかいものが、『回る』…」

丹田に発した熱が、脊髄を登り身体の前を降りてくる…。少年は、その感覚を『回る』と告げた。

次第に、少年の呼吸もまた、変わってくる。

一呼吸の、拍が長くなってゆくのだ。

長く長く吸い…。

そして、止めて。

長く長く…吐いてゆく。

吸い、止め、吐く。その拍数がそれぞれに長いのだ。

「…なんだ、これは…」

自分で、自分のしていることが、どうにも不思議だと少年は言いつつ、しっかりと少年は…『回して』いた。

練り上げた気を気道に上げて、下ろし。
それをただ、じっくりと繰り返し、そんな自分を少年自身が驚くよう…。

モルファナ > 「ふェー……完全に無意識かァ……コレ、次戦ったら一方的にやられちゃいソウ」

感覚だけで最適解の呼吸を導き出した少年に、犬娘は溜め息をついた。

気が『回る』感じ……自分がそこに辿り着くまで(犬娘自体の理解力の問題はあったが)相当かかった覚えがある。
筋力や耐久力で劣る自分のアドバンテージがなくなるかもしれない、と。
でもそれは、悔しくも不快でもなく、嬉しい。犬娘は、表情を隠せなかった。

「多分、もうモルファナが教えるヨリ、自分で試してみた方がいいと思ウ。
武器や盾を身体の延長としテ、気を馴染ませることを覚えれバ、きっと役立つヨ」

自分は木製武器の方が馴染むが、彼ならおそらくは、と。

ヴォルフ > 少女の、せっかくの言葉。
けれどそれを少年が聞いていられたのは、精々半分までだ。
気の修養に類まれな天性を見せた少年が、不意に。

ぴゃっ、と姿勢を正したのだ。

何事か、わたわたとして、これはまったく常の少年ではない。
頬を染めて真っ赤にして。
少年はもう一度井戸に行こうかと迷うほど。けれど、さっきと違い今度は脱ぐのをためらう様子…。

そろそろ、少女は気づいただろうか。

一気に、気を巡らせたことで。
少年は瞬く間に陽の気を見事に練り上げため込んだ。
男はもともと、陽に属する。
であるから、陽の気が極まる明け方に…修養の無い者でも気を凝らせることがある。
それとまったく同じことが、今少年の身に、それはもう、凄まじい勢いで起きたのだと。



そう、『朝勃ち』というヤツだった。

モルファナ > 「おっ!? ンッ!? ど、どしたノ、ヴォルフくン!?」

『気をつけ』の姿勢をとった少年に、娘の尻尾がピーンと跳ねる。
なにやら慌てた様子の彼を眺めるが、何か変わった様子は……

「ア……うン。巡ったら、そうだよネ。血行も良くなっちゃうよネ」

気づいてしまった。元々着衣の少ない少年のこと。目立つ『そこ』へと目は行ってしまう。

「出よッカ……発散しヨ? そのまんまじゃ収まらないでショ」

物理的にも精神的にもだ。
杖を肩に担ぐ形で、空いた手で彼の手を引こうと。

ヴォルフ > 「う、え? な…、ちょ…っ!?」

とりあえず、冷水だ。頭からだ。なんなら、脱がなくてもいい。
極めて珍しいことに取り乱した少年は、そうまで考えて井戸へと釣瓶の桶を落とそうとして…。
見事に、捕まった。

「ちょ、モルファ…っ!?」

待て待て待てー、という少年の声は、訓練場の闇に飲み込まれてゆくのだった…。

ご案内:「アケローンの訓練場」からヴォルフさんが去りました。
ご案内:「アケローンの訓練場」からモルファナさんが去りました。