2019/06/27 のログ
ご案内:「貧民地区 『Bar 』」にジェルヴェさんが現れました。
■ジェルヴェ > (貧民街の路地に建つ、一軒の名もない酒場。窓から漏れた店の明かりが、舗装もされていない汚れた地面を四角に照らす。
ひと気のない店内に、グラスがぶつかる音が嫌に響いた。
今夜は特に静かな夜らしい。酔っ払いの喧噪も物騒な怒鳴り声もなく、店先に下げた回転案内の板切れが風に揺れるのがここでも分かる程だ。
―――最後のグラスを拭き終えて棚に戻すと、店主はこれで一息とばかりに胸ポケットへしまった煙草を漁り、取り出した。
棚に寄りかかり、やがて口許から立ち上る紫煙越しにがらりとした店内を眺める。
毒を肺深くへ送り込むのに合わせて持ち上げた片手に煙草を摘まむと、緩く頭を傾けて。
ぽきり。―首を捻ったその拍子に骨が鳴る。
凝っている自覚がある訳でもないのに。ふと頭へ一つの単語が過ったので、瞑目して考えない振りをした。)
■ジェルヴェ > (老いという言葉をどこか隅にでも追いやって、続けてもう一度指の間へ逃がした煙草を咥えて煙を揺らす。カウンターに備えた灰皿を手前に引き寄せて壁の時計を仰いでみれば、短針が天辺を一周分過ぎたあたりだと確認できた。
この店に決まった営業時間は存在しない。ついでに付け足すと、定休日なども存在しない。
全ては店主であるこの男の気紛れとさじ加減、それから客足の有無で決まっている。
今夜はきっと、このまま朝まで店を開けていたとしたって暇だろう。
そう予測を立てながら指先で軽く煙草を弾き銀の器へ灰を落として、視線を掛け時計から店の出入り口へと。)
ご案内:「貧民地区 『Bar 』」にリタさんが現れました。
■リタ > 店を閉め、先ほどまで一人トマト祭りをしていた店員。しかし持て余す。持て余しすぎる。消費できない。
そんな思考が導き出した結果は、『押し付けてやろう』であった。もとい、『お裾分けしよう』であった。
トマトのスープが入った鍋と、鰯の切り身、これまたトマトが入ったバスケット。
それを手にして、店員はご近所さんのお店へ足を運ぶ。
「店、開いてるのかな……っていうかジェルヴェさん、居るかな…」
少なくとも店の明かりが点いている。が、彼は客に店を預けて外出する事もある。
だから恐る恐るその店の扉を開き、隙間から中を伺いながらそんな事を考えていた。
■ジェルヴェ > (店を閉める。一人で酒盛りする。寝る。頭の中に三択が浮かび上がる。
いや、待て。突き詰めればその三択は一つの答えに絞られるのではないだろうか。扉を眺め思考を巡らすうち、ふいに見つめていたそのドアが開いた。
ほんの僅か、そっと押しやられた程度。優しすぎてドアベルすら仕事を忘れて音を立てずにいるくらいの控え目さで。)
「……あっ、なんだー、リタちゃんか」
(迷い込んだ一見さんか泥棒か。ドアの隙間から覗く姿―殆ど髪色と服装で判断したに近しいが―に疑問が晴れると、間延びした声を掛けて煙草の火種を灰皿の上で押し消した。
カウンターを出て、店主は歩みを出入り口へ。彼女へ届くよう言葉を続けながら、出迎えようと近付いていって)
「すらーっと覗いてくるから、一瞬おばけかと思ったわ。チビる。
入っておいでー」
■リタ > なにやらだるそうな声が聞こえた。この口調、この声は紛れも無くこの店の主人のものである。
「あ、今日は居た…。お邪魔します。」
彼の声を聞くと漸くゆっくり扉を開く店員。そこに態々出迎えてくれた彼が煙草の匂いを纏って近づいてくる。
同時に体を店の中へと入れ、後ろ手で扉を閉じて店の中を見渡すも、本日は客が居ない様子。
ああ、だから彼から煙草の香りがするのか、なんて納得しつつ。
「おばけにチビる歳じゃないでしょうに…はーい、お邪魔してます。
今日は料理をおしつ…じゃない、お裾分けに来ました。」
おっと本音が漏れそうになった。
トマトの匂いを猛烈に漂わせる店員は、それを誤魔化す様に腕に通したバスケット、その手に持っている鍋、それを少々持ち上げてアピールする。
■ジェルヴェ > (今日は居た。そんな呟きがドアを広めに開ける音の軋みに合わせて聞こえて、何だか少々後ろめたい気分になった。
確かに別の日なら、ふらりと店を開け放ったまま出かけていた時間があったかもしれない。昨夜とか、もしくは一昨日だとか。
けれど今日は真面目に、真っ当に営業中である。一瞬固めた笑顔を解し、開いた扉を押さえて相手を店内へ通すと)
「おしつ、…分け。え、何なに、飯?
ああ、これは。あれだ」
(視線は彼女へやったまま、扉を閉めてから体ごとそちらへ向き直る。何やら携えているその手荷物は、わざわざ自分宛にと持って来てくれたらしい。
半分出かかった言葉の切れ端を復唱し訂正された句をつなげ、新たな単語を作りながら手を伸ばしてまずは鍋を受け取った。
―――トマトの香りがする。そういえばバスケットの中身も赤い。
そこで何となく合点がいったが、ははあ、とわざわざ驚いた顔をしてみせて、)
「押しかけ女房だ。
マジかリタちゃん、もっと早く言ってくれればよかったのに」
■リタ > 料理が無くなれば閉店、の自分の店とは違い、彼のお店は彼の気分で閉店が決まっている。
だから自分の店が終わった後、客として彼の店に訪れた事が何度かあった店員。
そして総て彼が居らず、すれ違い、空振りが続く日々が続いたのだ。
店主が居ないこの店で客と社交辞令なおしゃべりをした事もあったりするのは、店主には内緒。
「お、おしつ…おしつ…なんか誤魔化せる良い言葉、ありましたっけ?」
彼にしっかりと聞かれ、把握された事を言葉から察すれば、自分の失敗を濁すように宣う店員。
そんな中彼がバスケットの中身を覗いてくる。そして芝居がかったようにも取れる驚き顔を見せてくれる。
「…おしつ…?押し掛け…?押し掛け女房…うん、なかなか上手ですね、それ採用です。
――売れ残りを押し付けに来ました。うん。
トマトスープと…これは鰯。片栗粉塗してあるからそのまま焼いてどうぞ。」
彼の巧みな言葉遊びに感心しながらも呆れたような笑顔を見せつつ、もはや言い切る。
そのまま鍋を彼に渡し、店のカウンターの上へバスケットを置いて、皿の上に載った数枚の生の鰯の切り身を取り出した。
■ジェルヴェ > 「んん、冷静に合否出してくるその感じ好き」
(軽口と自意識過剰な妄言を躱す思考の回転の速さに、飲食店の店員としての経験値の高さが垣間見えた。
眉を寄せて笑いながら鍋の蓋を開けて中身を確認。赤くたゆたうスープから、ふわりとトマトの香りが立ち上がる。
料理らしい料理の香りが鼻腔を掠めると、それまで気にもしていなかったがそういえば、と続けて反応を見せたのは空っぽと思しき胃袋だった。
鍋の中を覗き込むうちにカウンターへ残りの”おすそ分け”を運ぶ彼女を視線で追って、その背を眺め、一つ二つと緩慢に瞬いて)
「…女房案、採用なんだっけ。
じゃー、やってもらおうか」
(彼女の進んだ僅かな距離を辿り、一気に賑やかになったカウンターへと片手鍋を追加する。
相手のすぐ後ろ、ほど近くに位置を取ると、男はそっと持ち上げた両手を彼女の肩へ。
―ぽん、と手を乗せ柔く掴むと、そのまま彼女の体をこちらへ向けさせようとして。叶えばその彼女の目には、男の明るい笑みが映ることだろう。)
「おしつけついでに、焼いてくれてもいいよ。鰯。」
■リタ > 「だって、そんな言葉で戸惑っていたら客商売なんてやってられませんもん。でしょ?
――え?何をするの?」
彼の方を振り返らず、そう言葉を落としながら、バスケットからトマトを丁寧にひとつひとつ、カウンターの上へと置いていく。
汚れてはいないか、痛んでいるものは無いかと確認していると、その横に片手鍋が置かれた。
それに反応して首を横に向け、彼に視線を合わせようとする。
その時、彼の両手が自分の方に乗ってきた。彼が優しくも力を込めると、男性のごつごつした手が肩越しに分かる。
同時に驚きビク、と震える店員。その体は彼と正対に。
「…――え、あ、えと…?」
突然視界がトマトから彼へと変わった事に、ほんの数秒、時が止まる。気付けば自分の視線に映るのは彼の笑顔だった。
「…え、焼くの私?この店で?…んと…――わかり、ました。」
何故か否定の言葉は欠片も出てこないまま、ぼそぼそと小さな声で肯定してしまう店員。きっと彼の強引にもとれる行動に驚いたのだろう。
刹那店員は自分を取り戻し、返事に悔やみ、大きく溜息を落とした。
「…奥、入りますよ?…店主と私の位置、まるっきり逆なんですけど…フライパン、何処ですか?油は?」
カウンターの向こう側、店主が使う事を許されるその場所に店員は足を運び、
カウンターのこちら側、客が座るその場所へ彼は居る。
――彼の店で。
■ジェルヴェ > 「うそ、マジで?さすが、それでこそ押しかけ女房」
(触れた肩が小さく弾んだのが乗せた手から伝わった。驚かせてしまったようで、捉えた華奢な双肩はそのまま幾らか竦んでいるようにも伺える。
断りなく触れてしまって申し訳ない、とは、思わなかった。なにせ、それ以上に図々しい要望を告げた後である。
しかし予想以上にすんなり承諾が取れると、男はそのまま数度軽く彼女の肩を叩き、晴れやかにカウンターの中へと送り出した。)
「どうぞどうぞ、遠慮なく。うちの調理台キレイだよー、あんまり使わねぇから」
(いそいそと対面するスツールへ腰掛ける男。続けて問われた調理器具の所在をざっくりとした指差しの身振りと共に告げた。
フライパンはシンクの下の収納スペース、油は真上の戸棚にその他の調味料と共に仕舞われている。
言った通り、調理場周りはきちんと片付けられていた。使い込まれた痕が余りない、と言った方が正しいかもしれない。)
「あ、あとスープも飲みたいから、これも一緒に温めておくれよハニー」
(他に必要であろう器具や食器の場所もそれぞれ示した後で、頬杖をついてすっかり寛いだ姿勢で追加注文を繰り出した。片手でカウンターの向こうへス…、と差し出したのは、食欲を刺激した所以である小鍋だ。)
■リタ > 驚いたのは事実だが、勿論嫌悪したわけではない。
いつも飄々としている彼、そんな彼が見せた少々強引とも言える、店員にとっては意外な行動。
その力強さはやはり、男の人なんだな、と再認識しただけのことだった。
「…あれ、これってもしかして、押し掛け女房って言われ続けるんです?
…あ、ニンニク発見。ズッキーニも。コレ、使いますね。」
彼の言葉でフライパンや油の位置を把握した店員は、勝手知ったる他人の店、とばかりにこっそり物色も始めた。
流石にトマトと鰯だけではアレだろう、と考えていた様子で、見つけ出した食材を彼の返事を待たずに包丁の餌食にしていくのだった。
「…ホント綺麗。ジェルヴェさんの仕事は何?
…実は綺麗にしてあるんでしょ?結構分かり易いですし、物のある場所。一応。」
綺麗な調理台に対しては彼に対しての小言とフォロー。
そんな事を告げながら、にんにくを炒めた油で乱切りにしたズッキーニに焦げ目をつける。
そこに小さく切ったトマトを入れ、塩コショウ、バターで味を調えて。
小さなズッキーニをトングで挟み味見しながら、
「うっわ、押し掛け女房からハニーになった…はいはい、温めますよ…
おっかしいな、私、お裾分けに来ただけなんだけど、なんでこんな事してるんだろう…」
己の店で寛ぐ彼、調理する自分。
そんな光景にぼやきつつも鍋を受け取ると火にかけ、更にトマトとズッキーニを炒めたものを移し…
そのフライパンで鰯を焼き始めた。
■ジェルヴェ > (突発的に宛がった設定をこのまま引っ張るか否か、それについてはにこやかな笑顔のみを返してあっさりと明言を避けた。
そのキャラ付けが結果的に彼女に―他人の店で―料理をさせる事にまんまと成功したわけだが、もしかしたらそんな屁理屈など無くとも、頼めば世話を焼いてくれたのかもしれないが。
食糧庫に入っていた食材が声に上がればもちろん「どうぞどうぞ」と先程と同じ句を繰り返し、調理を待つ間に傍らのバスケットへ視線を流す。
ごろりと積まれたトマトを一つ、何と無しに伸ばした手で籠の中から取り出しながら)
「バーテン。バーテンダーだからね?俺。
うちはメシ食う場所じゃないし、汚す機会もないだけだよ」
(掃除しておいてよかった。平然と笑いながら答えつつ、内心では自分を盛大に褒めてやりたい気分だった。面倒くさいと嘆きながらやっていたカウンター内の整理も掃除も、多分こんな日の為だ。
掴んだ赤々としたトマトを眺め、顔へ近付けにおいを嗅いでみる。―青臭い。艶々した皮に自分の顔が映り込むのを眺めながら、事の顛末を不思議がってぼやく彼女に肩を揺らして小さく笑い)
「リタちゃんさ、これ買わされたんだろ。
今日市場で。おっさんに乗せられたの?」
■リタ > 正直、彼のこの笑顔には色々と考えさせられるのも事実。
貧民地区という土地柄、少なくとも普通の人間ならば避けるこの場所で、店を構えているのはやはり、それなりの理由があるからである。
店員も勿論その中の一人で、勿論店員の営業スマイルもその理由を隠すため。
だけれども、たとえ偽りでもこうして誰かの為に事を成すのはとても嬉しく、楽しい。
調理しながらも自然と笑みが沸き、くすりと笑う店員だった。
「あー、バーテンダーだったんですね、ぐうたら店主じゃなかったんだ?なんて。
今度美味しいお酒、私に飲ませて下さいね?客として来ますから。」
持ってきたトマトを持ち、それを眺め笑う彼。そんな彼にも思わず笑顔。
さてそうしている内に鰯は焼き上げられ、先ほど炒められたトマトとズッキーニの皿に盛られ、彼の元へ。
温められたスープも良い頃合で、小さなマグを探すとそれに注ぎ、これもまた彼の元へ配膳されて。
どうぞ、も召し上がれ、も無いのは、商売ではないからなのだろう。
「…え?えー…まぁ…その…トマトが訴えかけてきたから。買ってって。。
――そーゆー事にしといて下さい。うん。」
彼の質問に言葉を濁す店員。商品をダメにしたから買いました、なんて恥ずかしくていえない。
■ジェルヴェ > 「あっはー、まるで反論できないー。美味い酒作れるかどうかも保証できないー」
(軽やかに飛んでくる毒が胸に刺さる。痛かったと言わんばかりに頬杖を解いて胸へ手を当て、苦笑交じりに言葉を返した。
冗談めかしてはいるが、内容はひどく情けない。
間もなく店の中へと料理の香りが広がって、小さく鳴る食器の音が調理の出来上がりを知らせてくれる。
配膳に備えトマトをバスケットの中へ置き戻すと、だらけていた姿勢を幾らか正して彼女の手元を見た。)
「うん、それだとただのヤバい子になるけど、いいよ俺は。そんなリタちゃんでも。おかげで飯食えるし。
というわけでいただきまーす」
(前へと並べられる皿とマグ。食糧庫で眠りこけていた食材が彩り鮮やかに添えられて、香ばしいかおりが鼻腔を通り空腹を刺激した。
トマト多めの手土産について言及を避けたがる彼女に真顔で追い打ち染みたフォローを掛けてから、手にしたフォークで切り分けたソテーを口へ運ぶ。
彼女の料理の腕は知っていた。以前この構図が正しくふさわしい、彼女の店で食事をした事がある。
その味は別の調理場でも変わらないようだった。眉を寄せ神妙そうな面持ちで彼女を見やり、こくこく頷きながら「美味い」と告げて、二口、三口と手を進めていく。)
■リタ > 間延びした返答が、その芝居がかった動きが、店員の笑いのツボを押さえた様子だ。ぶふぅと噴出し、後に大笑いしてしまう。
「アハハハ、やっぱりジェルヴェさん面白い…ノリがすっごく…あーも、おなか痛いっ!
でも、得意な料理とかもあったりするんじゃないんです?調理器具、あるんだし。うん。」
口に手を翳して引き笑いをしながらの言葉。勿論賞賛である。
日常忙しく、他人に見せる笑顔を携えていた店員にとって、この腹の痛みは久しぶりだった。
それだけでなく続けられる彼の言葉に更に笑いを誘われ、咳き込む始末。
「…ゴホ、ゲホ…え、私ってヤバい子?うっわヤだ、確かにヤバい!
っていうかその言い方だと、料理が作れない私って凄くヤバい子に聞こえる…アハハハ!」
店員が笑う中、彼は自分の作った料理を食べ初めてくれていた。
笑顔は一転、神妙な面持ちになる店員。その表情は彼の言葉によって、再び笑顔を取り戻す。
それは作らされる方向に進められた事を忘れてしまうほど。
店員はカウンターに肩肘を突き、前かがみの状態で頬杖を突いて、
食事をする彼の姿を、じっと見つめて。
「うんうん。やっぱり男の人ってのは、こうでなくっちゃ。」
営業スマイルでもなんでもない唯の笑顔を晒しながら、彼の食事風景を楽しんでいた。
■ジェルヴェ > (盛大に笑う彼女の声音が、少し前まで殆ど無音状態だった店内に明るく響く。
今夜店が暇で良かった。同じ賑やかさでも、むさくるしくしゃがれた男の笑い声よりは断然女性の楽しげな声が良い。
たとえ利益にならないとしても断固後者だが、ひょっとするとこういう所がぐうたら店主と言わしめる所以なのかもしれない。
得意料理、そう会話の中で問われて、咄嗟に頭に浮かんだ品はある。あるにはあるが、咀嚼の最中という事で誤魔化しそれに答える声はなかった。
このまま、料理は極力作らない、そういうことにしておこうと言う魂胆だが、この店主は知らない。彼女が数度、自分の居ない時間に客として訪れて来てくれており、且つうちの粗野な常連たちと会話を交わす事もあるという事実を。今後もそれが有り得るという可能性を。)
「…ん、なに?……ぐうたらやる気なし男?」
(付け合わせのズッキーニとトマトを乗せてほくほくとした鰯を一口、煮込まれたトマトの風味が香るスープを一口、それぞれ手を止めず食べ進める中で、朗らかに笑う彼女と目が合った。
眺められていたらしい。なにか楽しそうに告ぐひとり言染みた台詞を拾い、男は目を丸くして瞬いた。
口にトマトの切れ端でも付いているだろうか。一度口内を空にして指先で口角を拭いながら、彼女の差す『こう』と前の会話をつなげて聞き返す。
本気か。それで良いのか。と、彼女を見る男の目はどこか不憫そうだった。)
■リタ > 自分の質問に答えてはくれない彼に対して、え、本当にないの?というジト目を送りつつ弄るつもり満々の微笑をしている店員。
本当に無いのか、あるけれど言えないのか、意地悪なのか分からないが、真実は一つ。
これはこの店の常連客に聞いてみる価値があるぞ、とにやぁと笑って見せる。
「そんな人賞賛するとか、私どれだけヤバい女なのッ。うわ、そんな目で見る?もー、酷いッ」
そんな中彼と目が合えば、先ほど自分が言った独り言にに反応する彼。
言葉通りに受け止めれば、まるでヒモ男が好きな女と取られても仕方が無い店員。
流石にそれは全力で拒否しつつきちんと説明する事にした。。
「―そうじゃなくて、こう、男の人が子供みたいにガツガツ食べる所、私、好き。
男らしさと可愛さが共存してるみたいで。それに自分の作った料理だし、やっぱり、ね?
ほら、さっさと食べる食べる。」
言えば今だって、指で唇の端を拭う仕草もそれ。
たった今指先で唇の端を拭ったその行動も、なんとなくではあるが可愛らしく感じるのだ。
すっかり敬語を忘れてしまっているのは、きっと今のこの状況を心の底から楽しんでいるからなのだろう。
彼の言葉も、仕草も、この場の雰囲気も。
■ジェルヴェ > 「いやリタちゃん、そのヤバさはおじさん心配になる。さすがに。
『トマトの声が聞こえて来たのー』までは笑えるけどダメ男好きはどうにかした方が」
(卵料理をオーダーする客がまた一人増えるかもしれない、そんな事などつゆ知らず。
否定に向く彼女の言葉を無視して哀れんだような視線を注ぎ続け、淡々としていてしみじみと、諭す口調で台詞を重ねていく男。
しかしそんな真顔冗句も敢えなく途中で終了した。改めて誤解を訂正すべく説かれた内容に思わず口を噤み、口角の端を指先で押さえたまま緑の瞳を丸めて唇を引き結ぶ。)
「……ご所望なら他にもがっつく所見せるから言って。場所変えるから」
(いつでも言って。重ねてそう続け、促されるまま一瞬頭から抜け落ちた食事を再開しに手を動かし始めた。不意を突かれて晒した真顔を利用して凛々しく表情を引き結び、下世話な提言を吐いて皿の上の料理を食べ進めていく。
――そのセクハラを捻り出すのにごく一瞬の間が挟んだのは恐らく、可愛さなんて耳慣れない単語が入ってきたせいだろう。多少のむず痒さをやり過ごし、緑と赤の野菜に鰯、その最後の一口を運んで噛みしめた。)
■リタ > 「なんかしみじみ言われると、私変?って本気で思っちゃうからやめて…」
こんな時に限ってオトナの対応とばかりに自分をからかう彼は、本当にオトナなのだろうか。
こういう所も可愛さだと思う店員だった。
それでも彼の哀れむ言葉に笑いながらも乗ってしまい、自棄の念をぼそぼそと告げて。
…と其処で彼の表情が目に入る。店員はカウンターに突っ伏して肩で笑った。
流石に本気の馬鹿笑いは見せられないらしく、彼の見えない所で涙を流すほど笑う。
あんな顔するなんて反則だ、と。
その笑いは彼の言葉で止まる。言葉の意味が分かるまで数秒掛かった様子の店員。
「あー、がっつくってそういう事?ジェルヴェさんもがっつく事あるんだ?…何処でがっつくのがお好みです?なんて。
――はい、お粗末さまでした。お皿、洗う?このままでいい?」
セクハラ発言にも柔軟に対応…いや反撃出来る店員。貧民区という土地柄に鍛えられた成果であるが、
引き換えにもっと大事な何かを失っているのには気付いていない様だ。残念である。
■ジェルヴェ > (声もなくカウンターへ突っ伏す彼女。多分、固まった男のリアクションが起因しているのだろう。益々背中がむず痒い。
フォークを空にした皿の上へ乗せ、マグに残ったスープを飲み干して残さず完食。ご馳走様、そう告げた声は、果たして声を殺し爆笑中の彼女に届いているのか怪しい所だ。)
「あるさ。あるよ?男の子だもの。うち二階に使ってないベッドあるから、初夜は其処な」
(中身を飲み干したマグもついでに皿の上へ。怯みもせずそんな話題に乗ってくる彼女の言葉に二度続けて肯定を返しつつ、スツールから立ち上がってまとめた食器を手に取った。
片付けまで気にかけてくれる彼女に笑いながら片手を振って大丈夫と示すと、カウンターを回り込み中へ入っていって食器をシンクへ持ち運び)
「美味かった、ありがとうリタちゃん。準備させたんだし、皿洗いくらいは自分でやるよ。
―それより大分引き止めちゃったけど、帰り平気?お送りしましょーか」
■リタ > 彼のご馳走様の声は聞こえてはいた。が、やはり笑うことが上だった様子で、返事とも笑い声とも言えない苦しそうな返事を返しており。
気付けば綺麗に食べて頂けた様子で、それに気がつけば少々満足げな、それでいて安堵しているような微妙な表情を見せていた。
「男の子って…ジェルヴェさんが男の子って…男の子って言った…
ジェルヴェさん、今結構凄い事言ってるんだけど、それよりも…」
三度言った。おじさまの男の子発言は思いのほか深い所に嵌った様子で、再度口を手で隠して肩で笑う。
セクハラ発言よりも笑いが上、そんな印象なのは間違いない。
そんな中彼がカウンターのこちら側へ食器を持って入ってくれば、入れ違うようにカウンター内から出て。
「ん、ありがとう御座います。もう結構明るいし全然大丈夫。寧ろ来る時の方が大変だったかな?なんて。
――ううん、こちらこそ。トマト、落として弁償させられてー、ちょっと沈んでたから、来て良かったです。
楽しかったー。…――あ゛。」
折角隠していたのに最後に自爆してしまった店員。ばつの悪そうな顔をしながらも店の扉へ向かって。
「お皿、お願いしますね。それじゃ私、帰ります。
トマトはジュースにして、レッドアイなんて如何でしょう?バーテンらしく。なーんて。」
小さく敬礼しながら彼に別れを告げる店員。まだまだ残ったトマトが店員の帰宅を待っている。
この後店員は就寝するのだが、…たぶん、きっと、トマトに襲われる夢に見るだろう。
■ジェルヴェ > 「三十路だって男の子だよ!心は無垢な少年のままだよ!」
(笑いの波を引きずる彼女に向かい、心と思しき胸に手を当て言い切った。その男の顔付きは迫真の様相だ。
シンクへ食器を置き去りにすると、出入り口へ向かい進む相手に合わせて後に続く。
彼女の言葉につられ窓を見れば、確かに四角く切り取られた外の景色が伺える程度には空が明るくなりつつあるらしい。
―――皿洗いは、明日の仕事。どこか遠い目でひっそり心中呟くと、有耶無耶になっていたトマト責めの発端が思わぬ拍子に飛び込んで来て)
「……ヤバい子じゃなくてドジっ子だったかぁ。
まあうん、野菜の声聞こえる系女子じゃなくて安心したよ。…ああ鍋とカゴ、今度持ってくから」
(ぶつけたのか、転んだのか、突っ込んだのか。量的に、落としたのはトマト単品ではなく荷箱ごといっているような気がして、曖昧に笑い温いフォローを入れておいた。
ドアを開け、外へ出る彼女をひらひら振る手を付けて見送り、やがてその背が路地の角を曲がって見えなくなる頃。
”閉店”表示に裏返されたプレートが下がるドアを閉め、適度に膨れた腹を擦りながら店主は店の奥へと消えていく。
店内には、きれいに平らげられた食器が洗い場にそっくりと残されたまま―――明日の自分が頑張る予定、らしい。)
ご案内:「貧民地区 『Bar 』」からリタさんが去りました。
ご案内:「貧民地区 『Bar 』」からジェルヴェさんが去りました。