2019/05/15 のログ
ご案内:「貧民地区孤児院」にホウセンさんが現れました。
■ホウセン > その晩、小さな人外の姿は貧民地区にあった。
これが娼館通りならばいつもどおりの行動パターンというべき所。
だが、珍しく色気もそっけもないエリアに足を踏み入れているものだから、正気を疑われても致し方あるまい。
特に、日頃の好色ぶりを知っていれば知っている程に。
「あい分かった。
今月の不足分は、次週の頭には届くように手配をしておこう。
ま、誰も彼も育ち盛りの食い盛りじゃからのぅ。」
何処にでもある孤児院の一つ。
その事務的な機能が集約されている院長室で、子供の声がした。
職業兵士の遺児を育てる官営の施設とは異なり、私人が、或いは慈愛を説く宗派が設立した施設。
確固とした後ろ盾が無ければ、真っ当な運営も難しいそれらの施設の後援者に名を連ねている商家の跡取り息子。
それが、此処での顔だ。
■ホウセン > 妖仙が手を差し伸べているのは、何も此処一つだけではない。
五つか六つ。
主たる後援者になっている所もあれば、複数いる後援者の一人という施設もある。
何処ぞの慈善家が私財を投げ打って設立したこの施設は、如何にかこうにか院長が五代交代する間も生き永らえてきたが、先王崩御よりこちら、運営状況は右肩下がりの様相を呈していた。
其処に、少しばかり資本を注入してやり、見返りとして人材登用の窓口とするようになって数年。
「して、そろそろ巣立つ者はおるかのぅ?
今であれば、少し遠方となるが…奉公先を手配できるのじゃが。」
草臥れに草臥れた院長室のソファに小柄な身体を預けつつ、老齢に差し掛かる男に問うた。
きっと善良で、意欲に満ちた人間なのだろう。
建物も家具も古ぼけているけれど、掃除の手入れだけは行き届いているのが見て取れる。
■ホウセン > 当然ながら金銭面の苦境は理解しているから、茶湯の接待は謝辞している。
茶菓子は、妖仙自身が手土産として持ち込んだものがあるが、自らの口に入れるぐらいなら小童共の胃に納めてやるのが筋だとも。
口寂しさから、懐に仕舞った煙管へ意識が向くが、多少我慢してやるぐらいの配慮はしてやる。
「う…ん?
そうじゃな、王都より安全かと問われれば、何とも言えぬというのが正直な所じゃ。
ヤルダバオート近郊の店を考えておるが、何分、ハテグと決して遠くは無いからのぅ。」
公主降嫁からこちら、王国内の政情が輪を掛けて不安定なのは、情報の確度は兎も角、噂話程度には耳にしている筈だ。
隣国との攻防に注力していた、国境付近を領地とする一派が、今の厭戦派の伸張を快く思っていないと。
その確執の果てに、内乱が起きぬとも限らないと。
だからといって、比較対象となる王都が安全かといえば、それも否。
社会の歪の証たるこの手の施設にいる者ならば、危険性を説明するのは釈迦に説法というものだ。
■ホウセン > 静かな部屋には、院長の嘆息が零れた。
子供達が起きているなら、元気の有り余ったやかましさに蹂躙されている筈であり、ある意味健全な生活サイクルを送れている事の証左。
悪質な養護施設に見られるような、過重な労働で孤児達を消耗品扱いしてはいないことにも繋がる。
「気に病むでない…
と言うても、気に病まずにいられぬ御仁よな。
より良い環境に、より良い幸福にと願うのは人情じゃが、儂らは全知でも全能でもありゃせんからのぅ。
儂の流儀じゃありゃせんが、其処な印章に祈るのが関の山じゃろう。」
院長の善良さを笑うが、決して嗤ってはいない。
甘ったるい、現実的ではないと切り捨てるのは容易いが、その善なる情動は美しいと思うから。
悪辣も背徳も好む一方で、感興がそそられれば全てを是とする雑食っぷり。
妖仙が示したのは、部屋の壁に掲げられたノーシス主教を示す印章。
神への祈りなんて自分は真っ平御免だが、それが己に比して脆弱な人間達の寄る辺になるのなら、一定の評価はしてやろうと。
■ホウセン > 少しの間、沈黙が流れる。
決断には、自身を納得させる工程が必須であろうことは理解しているから、特に急かすでもなく。
結果としては、院を出る年代の孤児自身に進退の希望を聞いてみるという、真っ当な結論に落着した。
返答は、不足気味の食料を補充する、次の訪問の時に。
そこまで話が纏まると、初老の男にも休息は必要だろうと、部屋を辞する為にソファから腰を浮かせる。
だが。
「ふむ、まだ他に客人が来るやも知れぬとな。
斯様な時間帯まで飛び回るそやつも、律儀に待ち受けるお主も、中々に難儀なものじゃ。」
多少の呆れを微笑に混ぜ込み、見送り不要と院長室を後にする。
中庭には、涼やかな夜気が満ちており、そのまま建て付けの悪い門扉へと足を向けて。
果たして客人とやらの素性が、己のような後援者なのか、或いはこの施設の出身者なのか判断がつかぬが、偶然が積み重なれば行き交うこともあるやも知れず。