2019/05/01 のログ
■ギュンター・ホーレルヴァッハ > 上質な絨毯の引かれた室内では、扉を開けて入室した者の足音も吸い込んでしまうだろう。
とはいえ、此方に近付く気配くらいは分かる。差し出される資料は何だろうかと、思いを馳せた瞬間———
「…資料は其処に置いて……?…ああ、お前だったのか。
部下を騙って俺の執務室に忍び込むとは、中々やるじゃないか。クレマンス」
耳を打つ聞き慣れた声に驚いた様に視線を上げた後、ぱちくりと瞳を瞬かせ、僅かな苦笑いを浮かべて彼女を迎え入れた。
そして、差し出された紙を受け取って一瞥すると―――
「ふむ……?ああ、成程。王都に慣れていない割に、良く調べたじゃないか。そろそろ屋敷に引き籠るのも退屈だろうしな。……馬車を手配しよう。楽しんで来ると良い」
地図に記された印の意図を察すると、感心した様に頷きながら視線を彼女に向ける。
そして、彼女なりに考えて此方へと意思を示した外出先には、穏やかに微笑みながら改めて椅子に深々と身を預けて言葉を返す。
————態々外出の許可を取りに来たのだろうかと、恋人に対して微妙に、しかし致命的な勘違いを抱いたまま。
■クレマンス > 「……忍び込む?お褒めに与り光栄です」
微妙な間があったのは、己がしたかったのは忍び込むことではなく、会いに来ることだったから。
しかしここで「会いに来てくれたのか」と爽やかに笑って迎え入れる性格ではないことは知っており、余計な言葉は喉の奥にしまい込んだ。
己とて恋人という間柄は初めての経験で、何が正しいかは分かっていない。
神に仕える時間が大幅に減った現在、世に出回る恋愛物語を手に入れて読んでいる真っ最中だが、一つの答えがあるものではないから難しい。
だが、聖女の忍耐にも限界はある。
あっけなく己を一人で向かわせようとする言葉に、見るからに落胆した。
ワガママ言うべからず、いつでも神が見ている。
義父からはそう教わり、それを守って育ってきた聖女ではあったが。
「ありがとうございます。それでは……馬車を御用意頂けましたら“一人で”行って参ります」
微笑む―――その眼は笑っていない。完全に拗ねている。
その証に扉に向かって歩きながら、言葉は不穏になっていくのだから。
「そのカフェは女性の一人客に対し、同じく一人でいらっしゃった殿方とお話出来るシステムとなっているそうです。
その公園はお昼は子どもの声が聞こえる素敵な場所だそうですが、夜は治安が少々悪く、男女の逢引の場ともなっているそうです」
扉を開け、廊下に出て。
「行って参ります」
パタン。扉を閉めた。完全に少年を試した。
■ギュンター・ホーレルヴァッハ > 褒めたつもりではあったのだが、彼女の反応は今一つ。
未だ感情の機微には疎い己は、些か堅い言葉だっただろうかと首を傾げてしまう。怒っている、というよりも落胆の気配が見える事に、疑問の色を深めてはいるのだが。
さりとて、次いで発した己の言葉に見るからに落胆の色を深くする彼女に、今度こそ己は何か間違えたのだろうかと傾ける首の角度が増す。
そうして、怒っている――というよりも、何だかぷんぷんと擬音がせんばかりに拗ねている――彼女をどう宥めたものかと思案していたが――
「……いや、流石にそんな場所には——」
此方が言い切る前に、彼女は部屋の外へと退出してしまった。
一瞬どうしたものかと、拙い経験を総動員して思案仕掛けたが――
「……考えるよりも、先ずは動かねばならんか」
兎にも角にも、彼女を怒らせてしまったのは事実。
先程の彼女の言葉と、次いでの態度を見れば流石に鈍感な己でも彼女が何を言いたかったのかくらいは察する事が出来る。
取り敢えず彼女を追いかけようと、一脚で家一軒とまで言われる椅子を蹴飛ばす様に立ち上がり、彼女に追い付こうと急いで部屋の扉を開け放った—―
■クレマンス > 面倒が多いというのが男女の仲。
聖女も他のことには気が長いというのか、のんびりした面が強いはずなのだが。
住まいを移して二日。環境の変化に加え、同じ屋敷で暮らしていながら、なかなか一緒にいられないストレスもあったようだ。
そして人間より何倍も成長の速い聖女、一教会を統べる程度に強かに育っている。
「まぁ」
予想外に勢い良く開いたため、廊下側の扉の前でぽかんとした。
怒ったように見えただろうし実際に拗ねたのは事実だが、
その後スタスタと歩いて行くでもなく、相手が追い駆けて来るのをすぐそこで待っていた。
こんなにすぐ来るとは思っていなかったようで驚くも、幸いなのは扉が開いた瞬間ゴツンとぶつかる距離でなかったことだろう。
執務室と廊下。微妙な距離を隔て、聖女は後ろで手を組みながら微笑み。
「…………ギュンター様も逢引したくなられたのですか?」
■ギュンター・ホーレルヴァッハ > 彼女は既に馬車の停まる中庭へ向かっているだろうか。或いは、玄関ホールに居るだろうか。
と、思考を巡らせながら開いた扉の先。予想よりも大分近い場所に居た彼女を視界に捉えて、扉を開いた姿勢のまま固まった。
一瞬きょとんとした様な表情を浮かべた後、どうやら一杯食わされたと悟れば、浮かべるのは何とも複雑な表情。
彼女がこんな事をする理由が分からなくもない――というよりも、己に対して思い当たる節が多々有る故に。
仕事に忙殺されて彼女に構っていなかったな、と少し考え込む様な表情で彼女をじっと見つめた後――
「……いや。仕事も一段落付いたことだしな。未だ日も高い。少しばかり俺に付き合え、クレマンス」
微笑む彼女に歩み寄ると、自分より少し背の高い彼女に視線を向けて傲慢に。しかし穏やかに言い放った。
■ギュンター・ホーレルヴァッハ > ——後日継続にて―
ご案内:「王都マグメール ホーレルヴァッハ邸」からギュンター・ホーレルヴァッハさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール ホーレルヴァッハ邸」からクレマンスさんが去りました。