2017/06/04 のログ
クロウ > 夢見る誰かが右を見ても、左を見ても、後ろを振り返って見ても。
そこには誰もいない。
その夢を見る誰か以外の誰一人として、その世界には存在しない。
風もなければ波もない船の上では、音すらも聞こえず、静寂の世界に無音で月光だけが滴り落ちて来ていた。
人影、どころか、動くものがただただ夢を見る誰か一つだけ。
誰かが動けば、淡い月光により生まれた黒々とした、誰か自身の影法師が誰かに従って蠢くのみ。
夢見る誰かが上を見上げても、物見台にも当然人影はなく、風もない洋上でただ帆船の帆が張られているのが見えるのみ。
否、更に上に目を凝らせば、風なき故にはためきもしない旗の模様が、月影の中に浮かび上がって見えたようで。

闇に浮かび上がる、されこうべ。

絵本にでも出てきそうな、ステレオタイプな海賊旗。
無人の帆船は、どうやら海賊船であるようであった。
夢見る誰かが一歩二歩と歩むのなら、無音は打ち破られて、ただ足音だけが響く。
それでも、そこには誰か以外には何もいない。
間違いなくいない。

――だがしかし、ソレは誰かを見ていた。
じっと、その場に在らずして、しかし夢見る誰かをじっと見つめている。
じっと、じっと、見つめている。
夢見る誰かが視線を感じ、周囲を見ても、探しても、しかし誰も、いない。

ご案内:「夢の海」にルキアさんが現れました。
ルキア > ふ、と意識が夢の中で目覚める。
それは、まるで閉じていた瞳を開いた瞬間のように、
まず瞳に映ったのはまあるいまあるい、大きな月。
そして、鏡のようにまあるいまあるい月を映し出す水面と水平線。
波は凪いでいる。
海の上なのだと、認識するが波の音はない。
というよりも『音』そのものがそこには存在しなかった。
ぼんやりと、まるで夢から覚めたばかりのように状況が掴めずに娘はそこに立っていた。
突然景色が変わったようであり、しかしそれまでに見ていた景色を思い出せない。

「…ここは……」

ゆっくりと首を巡らせる。
遠く水平線へと向けられていた視線を、下へと落とせばそこが船のデッキの上であることに気づく。
木目の見える床、樽や網などの置かれている場所から物見台へと視線を上げるが、そこに人影はない。
そしてそこから視線を移せば、髑髏の描かれた海賊旗が視界に入る。
それが海賊のシンボルであることは、最近港町に住む娘の知識の中にあった。
そして、娘が探している船もまた、海賊船であった。
その海賊旗をよく見ようと、数歩前に足を踏み出すと娘の足音のみがその場に響いた。
けれど、足を止めればまた再び音がなくなる。


――視線を感じる。

――だれかに見られている。

そう感じて、後ろを振り返るがそこには誰もいない。
その視線に覚えがあるような気がした。
暗い暗い青に見つめられているような、そんな心地を覚える。

「誰…」

暗い暗い青。
それは――『誰』だったろうか。

クロウ > 夢見る誰かという曖昧な人影が、月影の中で輪郭を得る。
それは像を結び、そして、彼女という存在となる。
存在を得た誰か、彼女は幻の世界の中にあって、しかし現を纏ってそこにある。
そうして、彼女の唇が言葉を紡ぐ。
言葉というには頼りなく拙い声は、しかし確かに音波として静寂の世界の空気を震わせた。
夜気と月光を震わせた。
彼女が歩むと、彼女と言う現を幻の狂月が照らして生まれた、現とも幻ともつかない影法師もまたそれに付き従う。

そんな世界で彼女は確かに感じている。
くらあいくらあい、眼差しを。
ふかあいふかあい、水底よりも、尚、くらあいくらあい蒼い視線を。

しかし問うても、見回しても、そこには彼女しかいない。
彼女が知る、或いは知らない、誰かはいない。

だが少なくとも、その船を彼女は知っている。
彼女はかつて、ここで暮らしていたのだから。
否、彼女にそんな経験はない。
彼女の人生に、そんな時間が入り込む余地はない。
だが確かに、彼女はこの船で生き、笑い、泣き、悲しみ、怒り、そして産み、育てた、そんな現実があった。

ふと、彼女の視線の先。
船長室へと続く扉が、開いている。
先程までも開いていたような気もするし、先ほどまでは閉じていたような気もする。
そもそも、扉があったのかなかったのかすら、曖昧だ。
しかし今は、確かにその扉はそこにあって、開いている。
中は影と闇に沈み、月光の中からは伺い知れない。

ルキア > これが夢かといえば、夢のような気がする。
しかし、現かと思えば現のような気がする。

――知っている

この場所を知っている。
ドクリと鼓動を大きくする胸を抑えるように、胸元に手を添えれば付き従う影法師も同じように動く。
船のデッキの様相も、手すりに刻まれた文様も、今は風もなく動きもない海賊旗が風にはためいていたその様も。
記憶を呼び起こしてみても、船の上で過ごした経験など娘にはなかった。
けれど、確かにこの船で過ごした事があるのだ。
泣いて笑って、粗暴だけれど身内に対しては気のいい乗組員と、そして――『あの人』
姿かたちも、声も”知らない”『あの人』に『愛』を与えられていた記憶。
ハっとしたような表情を浮かべて、娘はきょろきょろと船を見回す。
探し続けた船に、今自分がいることを自覚して。
追い求めた誰かの面影を探して。
ふと、視線を向けた先に船長室へと続く扉が空いている事に気づく。
果たして先程まで扉は空いていただろうか。
見回した視界の中に確かに収まっていたはずなのに、記憶は曖昧だ。
しかし、その先にある船長室に置かれている机の彫刻まで娘の記憶の中にはあった。
ぽっかりと闇が口を開けているかのように、月の光も届かないその船室の中に『あの人』はいるのだろうか。
ドクリ、ドクリと心臓は鼓動を強めて息苦しささえ感じる。
娘は、ゴクリと乾いた喉に唾を飲み込むと口を開く船長室へと足を踏み入れていった。

クロウ > 闇の中。
潮の薫りの中に、ほんのわずかに甘いラム酒の香気が交じっていた。
彼女が脚を踏み入れた、扉の向こう側。
月光の下から入り込んだなら、そこにはるのは、やはり闇である。
しかし、思いのほか広い船長室は三方の壁に丸いはめ込み式の窓があり、そこから月光が差し込んでいて、眼さえ慣れてしまえばさほど暗くない。
だが彼女は、例え闇に閉ざされていようと、そこを危なげなく歩む事ができただろう。
随分とごちゃごちゃとものの多い室内であるし、大きな海図の置かれた大きな机や、色々なものが詰め込まれた棚や匣。
その配置も、大きさも、細工すらも。
彼女の記憶に違うものではない。
部屋の壁にやや不自然に存在している、『寝室』へと続く扉の向こうも、彼女はよおく知っている筈で。

だが、それは当然の事なのかも知れない。

だってこれは、彼女の夢の中なのだから。
彼女の記憶と齟齬などある筈がないのだ。
眼が慣れれば、彼女はもう一つの事実を視認する。
海図の広げられたテーブルの上、常の通りにラム酒の瓶が置かれたその脇に、彼女がこの船で暮らしていた頃に着用していた服。
海賊船に暮らす女の恰好としては違和の少ない、露出が多い薄手の装束。
彼女の記憶にある『あの人』に求められたら、いつでもその身体を重ねられるようにという配慮が随所に見られる、淫猥なる装束。
ほつれや、それを直した痕、染みに至るまで、それは彼女にとって馴染み深かったものだ。
彼女がそれを着用した事など、ある筈がないのに。

ルキア > 船室に入れば、ふわりと嗅覚に触れる香り。
先程まで海の上にあって、あまり気にならなかった潮の香りが室内に入れば濃くなったように感じられる。
そして、そこに混ざるほのかな甘いラムの香り。
知っている。
濃い潮の香りも、甘いラムの香りも――
記憶から香ってくるような煙草や汗の混じる雄の香り。
はめ込み窓から微かな月の光が差し込む薄暗い室内を、娘は目が慣れる前から床に転がるものや置かれた箱に躓く事もなく歩んでいく。
船長室の中を見回す瞳に、不自然に存在する『寝室』への扉も映る。
そこは――『あの人』に愛された場所。
愛され、愛の結晶である子を何人も産み落とした場所。
知らない記憶を思い出せば、体が熱くなる。
ぎゅっと胸元で両手で握り締める。
その先に、『あの人』は記憶の通りにいるのだろうか?
姿かたちも、声も何もかも”知らない”『あの人』は。
寝室へと続く扉へと足を向けようとした時には、目は随分と暗闇に慣れて雑多な室内も見えるようになっていた。
ラムの瓶が微かな月光を吸い、黄金色の光を映し出すその傍にある装束に気づく。

「嗚呼……」

思わず声が漏れた。
それは、この船で過ごしていた時に着ていた服だ。
『あの人』に愛されて、船の一員としてこの船に乗っていた証。
首の後ろで留める袖のない胸を覆う部分と、スリットの入った短いスカートはセパレートになってヘソの見える露出の多い装束。
『あの人』の手で幾度も脱がされたもの。
ほつれを直した後や、染みなどが長い時をその船で過ごしていた事を物語る。
求めていた、知らない記憶の欠片に胸が高鳴る。
『あの人』にまた求められたい、愛してほしいと切ない想いが去来する。
娘は、着ている衣服を脱ぎ落とすと、馴染みのあるその装束へと着替えた。

「そこに…いらっしゃるのですか?」

そして寝室の扉の前へと出ると、そう細い声が問いかける。
恐る恐る。
自分の想像が、予想が外れることを恐れながら

クロウ > 幸福な記憶。
存在しない筈の、優しく温かな記憶。
彼女の胸中に去来している感情を何と呼ぶかは、やはり彼女が決める事。
明瞭なのは、この世界はそんな想いを抱く彼女が見る夢であるという事だ。
彼女がその身に纏っていた装束を脱ぎ捨て、目前に置かれた懐かしい装束を身に纏う。
すんなりと、それは彼女の肌に馴染んだ。
まるで彼女自身の身体の一部であるように。
あの日に戻ったかのように。

しかし、ここはあの日ではない。
あまあいあまあい、黄金色のラム酒の瓶底の世界ではない。
狂える月に照らされた、夢の世界だ。
故にここには、あの気の良い乗組員たちの喧騒はない。
故にここには、彼女が産み落とした子供達の声もない。
故にここには、故にここには、故にここには。
何もない。

あるのは彼女だけだ。
或いは、その彼女すら、その幸せな時を生きた彼女ではない。
だってその記憶は、彼女にはないのだから。

彼女がか細い声で問いかけたところで、寝室の扉の向こうから彼女の求める声は返ってこない。
彼女の夢であるこの世界は、しかし彼女に、求めるものを与えてくれない。
――しかし、何一つ、彼女の声に応えがない訳でもなかった。

彼女の目の前で音もなく、『寝室』の扉が僅かに開いた。

ほんの数センチだ。
それ以上は動かない。
しかし、確かに開いたのだ。
彼女以外誰もいないこの船の上で、彼女以外のものが初めて彼女の目前で動いた。
そして、扉はもう動かない。
ただ待っている。

やがて彼女が、夢の世界の誘いのままに扉に手をかけ、その向こう側へと脚を踏み入れるのなら。

そこには彼女のよく知る、懐かしい、温かさと幸福と、そして快楽の記憶に満ちた寝室が――――――なかった。

そこには、くらあいくらあい、階段があるだけだった。
まるで奈落へと続くかのような、船底に向かう階段が。
強い強い、潮の薫りが彼女の鼻孔に届く。
冷たくべたついた空気が、べったりと彼女の肌に纏わりつく。

しかし彼女は、その香気や空気すらも、よおくよおく、知っている筈で。

ルキア > 幸福な記憶は、娘が数多くの現実の中で娘の手から滑り落ちた現の記憶。
そして、ここは現を微かに纏う夢の世界。
どちらも、娘が生きる現実とは異なる、しかし地続きの現と夢。
その事実を娘は知らない。
ただ、知らない記憶の中にある幸福の面影に胸を切なくさせ、その記憶の残滓のような衣服を身にまとう。
乗組員の喧騒も、生んだ子供達の元気な声もない。

――何もない。

問いかけに応える声はない。
あの幸福な記憶のように、娘が求めるままに求めるものを与えてくれはしない。
しかし、扉が数センチだけ開いた。
風も船の揺れもない、その空間で娘以外動くものないその世界で。
まるで誘うかのように。
期待と、不安に満ちた瞳で娘は数センチ開いた扉へと手をかけた。

そして、開いた先は――

――記憶の通りにある寝室ではなかった。
奈落の底へと続くような、くらぁいくらぁい闇が続いていた。
デッキの上から見た船長室よりも、更に暗い闇が口を開いている。
そこから漂うのは、生臭い潮の香り。

「……ぁ…。」

べったりと肌に張り付くような、湿った空気。
その香りも、空気も娘は知っていた。
知らないけれど、その場所を娘はよく知っていた。
これもまた、娘の手のひらから溢れた現実の記憶。
そして、娘が認識すらしなかった記憶。
その先にある、湿った音が聞こえてくるようだ。
肌に触れるぬるついた感触が蘇るようだ。
ふらりと、娘は階段へと足を踏み出しくらぁいくらぁい闇の胎内へと足を踏み入れていった。
果たしてたどり着くその先に待つのは――

クロウ > 変わらず風はない。
扉が開いたにも拘わらず、空気が動かない。
淀んでいる。
しかし彼女が階段へと足を踏み入れ、その身を闇の中へと進めていくと、それに伴って空気が動いた。
べったりとした空気、気配が、彼女へと纏わりつく。
一歩、奈落へと近付く度に、彼女の身体は思い出す。
確かにその身に、現で刻まれた快楽を。
一歩。あの匂い。
一歩。あの手触り。
一歩。あの音。
一歩。あの味。
一歩。あの光景。
一歩。一歩。一歩。一歩。
確かに、思い出す。

あの、快楽を。

そして彼女は辿り着く。
黄金色の瓶底に重なって存在していた、暗闇色の船底へと。
強く、強く、潮の薫る空間へ。
しかし、かつてとは違う。
確かに夢の中の彼女は、今その船底をこそ現として見ている。
否、そこは夢であり、現ではないのだけれど。
しかし、そこに彼女がある以上、やはりそれは今彼女にとっての現だ。

昏く、噎せ返るような潮の薫りに――否、海の薫りに満ちた空間。
広い。船の大きさを考えれば、物理的にあり得ない広さである。
階段を降り切った彼女の正面にはそんな空間、そしてその奥には、海がある。
むき出しの海だ。
そこには壁がなく、まるで透明な壁でもあるかのようにむき出しの海が見えているのである。
後ずされば、そこには壁しかない。
振り返っても、そこには壁しかない。
彼女が今降りてきた階段は、もうそこには存在しない。

そこを、しかし彼女はやはり知っている。
だって彼女はそこで、快楽を貪った。幾度も幾度も。
そして、何度も何度も産み落としたのだ。彼女の仔を。
故にそこもまた、まぎれもなく彼女にとって幸福の聖地と言うべき場所で。

――ふと、彼女はそこで視線を感じる。
視線は目前の海の方から、確かに彼女を見ているようであった。

ルキア > 「はぁ、はぁ…」

湿った空気は、まるで娘の体を舐めるかのように肌にまとわりついていく。
奈落の底へと向けて足を踏み出せば、頭ではなく体に刻まれた記憶を快楽を思い出す。

生臭く、濃い潮の香り
ぬるりとした冷たい手触り
ねばついた音
様々な味
触手で埋め尽くされた光景。

そしてなにより、そこで与えられた強烈な快楽を。
知らないはずの記憶が蘇り、熱い吐息が娘の唇から忙しなくこぼれ落ちる。
最後の一段を降りきれば、目の前に広がるのは――

愛を求める黄金色の瓶の底と並行するように存在した、その空間。
娘が認識しないまま、刻まれた記憶――それを、今確かに娘は現として認識していた。

船底全てがその空間であったとしても、ありえない広さを持つその空間は微かな月明かりが揺れる海の中だ。
シ…ンと静まり返る海の中で、不安を抱くなという方が無理はなし。
一歩、視線を海へと向けたまま後ろに下がろうとすると背中は壁に阻まれる。
つい今しがた、降りてきたばかりの階段は既にそこには存在せずに帰り道はない。

「はぁっはぁっ…」

熱い吐息が更にせわしなくなる。
体が熱い。
そこで与えられた快楽の記憶が強く蘇る。
幾度も幾度も、触手に肌を撫でられ激しく交わった記憶。
幾度も幾度も、腹を膨らませて産み落とした記憶。

誰かが――見ている。

くらぁいくらぁい海の底から、くらぁいくらぁい蒼い色で。
じわりと、下腹部に刻まれた海蛇の淫紋に縞模様が濃く浮き上がり、じわり、と下着の中に濡れた感触が広がっていく。

ご案内:「夢の海」からルキアさんが去りました。
ご案内:「夢の海」からクロウさんが去りました。