2023/06/28 のログ
ご案内:「マグメール王国 王都」にセレンルーナさんが現れました。
セレンルーナ > マグメール王国、王城。
日も沈みきり、夜の女神の領分へと変わった後も王城には煌々と灯りがともされ、各広間では今日も晩餐会や夜会が開かれている。
そんな華やかな賑わいとは正反対の暗がりの方向へと、聖騎士団の制服に身を包んだセレンルーナは足早に廊下を歩んでいく。
肩にかけたマントや、後頭部で結ったお団子から伸びるポニーテールの髪が翻るような速度で歩みを進めながら、周囲の人の気配がないかを気にしていく。
翼を持つ女性が天秤と剣を掲げる彫像の前に立つと、後ろを振り返り左右を見て改めて人の気配がないかを探ると、彫像が持つ天秤へと胸元から取り出したスターチェンバーの紋章を載せる。
カチリと微かな音ともに、なんの変哲もない目の前の壁がスライドして階段が現れる。
手早く天秤から回収した紋章を、再び首からかけながらセレンルーナは、開いた壁の中へと消えていった。
セレンルーナが入るとほぼ同時に、壁は再びスライドして元の何の変哲もない壁へと戻っていく。
此処までくれば、人の気配を気にする必要もなくなり幾ばくか気を抜くことができる。
肩から微かに力を抜きながら、階段を下っていけば扉へとたどり着くだろう。

扉を開けば、中の明かりがセレンルーナを照らし室内の様子も見えるようになる。
室内には、スターチェンバーの制服姿の事務官らしき女性の姿。


『あ、セレンルーナさんお疲れ様です。』

「お疲れ様。遅くまで残っていたんだね。」

セレンルーナが入ってきた事に気づいた事務官が、声を掛けてくれるのに片手をあげてセレンルーナも応じる。
扉を閉めて室内へと入れば、そこはスターチェンバーの詰所…正確には、詰所に隣接するロッカールームだ。

スターチェンバーとは、王の名のもとに一般の裁判所では裁くことが難しい案件――主に貴族や王族関連を裁く秩序の番人の組織である。

『案件の書類の整理が終わらなくて、徹夜ですよ。今日で2徹目になります…。』

あはは、と死んだ魚のような目で言う事務官の言葉に、セレンルーナの唇に苦い笑みが浮かぶ。

「なるほど、どうりで疲れた顔をしているわけだ。」

『あはは、本当に猫の手も借りたいほどですよ。そういうセレンルーナさんも大概だと思いますけど…。』

「似たようなものかな。8連勤最終日の当直任務が終わったところ。」

事務官の指摘に肩を竦めながら答えると、自分のロッカーの方へと歩んで行きマントを外していく。

「夕方あたりに少し仮眠をしたかった所なんだが、そういう時に限って騒ぎがあるものでさ…。ごたごたを片付けて、報告書をあげてたらこんな時間になってしまった。」

お蔭で、事務官の指摘通り疲れた顔をしているのだろう。
ロッカーを開けば鏡があり、うっすらと目の下に隈ができているのが認められる。

『だったら、帰って休まれたらいいのに…。』

「まぁ、そうなんだけれど…やつれた顔位のほうが変装にもちょうどいいかと思ってね。」

お互い様だと笑いながら、聖騎士団の制服を脱いで平民服へと着替えていく。
その際に、布で胸を潰して男の格好へと変装しながら油を手に取ると髪にペタペタと塗布してべたつきを作り。

セレンルーナ > 「そっちも残業の案件ていうのは、例の案件でしょう?」

『そうですねー…資料がだいぶ膨大になってきているのと、真偽を確かめるのに時間がかかっている感じですね…。もう少し人出が欲しいところです…。』

「そろそろ過労死する人でも出てきそうだよね…。と、いうことで下級ポーションのお見舞い」

服の下の布の位置を調整し終わって、姿見の方で体つきを確認するとロッカーから小瓶を取り出して事務官へと手渡していく。
下級ポーションの効果は滋養強壮。体力を小回復させてくれる効果がある。

『ありがとうございます。』

「絶えぬ事のないお仕事に、乾杯…なんてね。」

自分の分もポーションを手に取ると、小瓶をあけて事務官のほうへと軽く掲げて中身を飲み干していく。
味は…美味しくはない。
薬草を煮出した苦味とえぐみに甘味を加えたものだ。
けれど、臓腑へと届けばそこから全身に染み渡るような感覚になって多少の疲れからくる重だるさが軽減していくのが感じられる。
事務官のほうも、笑いながら乾杯というと飲み干していく。

「ロッカーにいるってことは、一旦帰宅するつもりでしょう?なら途中まで一緒に行こうか。」

飲み終わった小瓶をロッカーに入れると、パタンと閉じて事務官とともに歩き出す。
二人共壁際までたどり着けば、廊下にあったのと同じように翼の生えた女性が剣と天秤を掲げる像の前に立って、同じように胸に下げた紋章を天秤に乗せていく。
壁がスライドすれば、更に下へと続く階段が現れる。

セレンルーナ > 「内偵捜査や情報収集に人を取られているからね…内偵はともかく、情報収集にもっと別の人員が確保できれば事務の方に人を回せる余裕が出ると思うんだけど…。」

コツコツと暗がりの階段を下りていけば、回廊へと出る。
王城内にいくつも張り巡らされている、隠し通路といったところだ。
セレンルーナは回廊に出ると、手のひらから光魔法を灯らせて足元を照らしつつ事務官の女性と歩く。
内偵調査はもちろんのこと、国民の噂話といった細々とした情報を集めてピースとピースを繋げる必要がある。
その手間が一番大きく、人員を割かなければならない所だ。

『その人員が足りないんですよねー…。』

「そうなんだよね…。今も一人の監査官が複数の案件を抱えているような状態だからね…。どこかに、信用のおける顔の広い伝手でもあればいいんだけれど…。」

職務の性質上、情報漏えいは最も危惧しなければならない事だ。
信用と一言に言っても、それが一番難しいところ。

「例の件が片付けば、少しは余裕が出ると思うんだけれど…」

『まだ片付かなさそうですかー…。』

「微妙なところだね。」

しばらくは曲がりくねったり、角を曲がったりを繰り返しながら事務官との会話が続く。

『今日街に出られるのも、その件ですか?セレンルーナさんはあの案件は、サポートの立場ですよね?情報は着実に集まってきている印象ですし、メインの監査官もそう言ってましたけど』

メインの監査官がいるのに、わざわざ疲れた体に鞭打って情報収集にまで出かける必要があるのかと、事務官は首をかしげて見つめてくる。

「そうなんだけれどね…なんというか、今回の件…気持ち悪いんだよね。進んだ先に罠が待ち構えているような…。」

『気持ち悪い、ですかー…その根拠は?』

回廊を進み、ガコっとある一角のレンガを押せばレンガの壁がどんでん返しに回転していく。
その先にあるのは、平民地区から繋がる下水道だ。

「根拠は今のところないかな。強いて言うなれば…勘?」

下水から上に上がる階段を上り、出口から少し顔を出してあたりに人がいない事を確認してから地上へと出る際にそんな事を言うと、事務官が首をかしげているのが見えた。

「だから、その根拠を得るために今はこうやって街に出てる感じかな。もちろん、メインの監査官の彼の邪魔をするつもりはないし、納得できるだけの情報が集まればこっちの件は早々に切り上げるつもりだけどね。」

セレンルーナ > 「ま、何もなければそれでいいんだよ。得られた情報は、裏付けをより強固なものにできるだけだし。なるべく、事務の方にも迷惑をかけないようにはするからさ。今回は大目に見てくれると助かるかな。」

『はあ、セレンルーナさんがそれでいいならいいですけどー…。』

ただでさえ、他の案件も抱えているのに自ら仕事を増やさなくてもいいのに…という言葉が聞こえてくるようで、セレンルーナは苦笑した。

「性分、なんだろうね。さて、ここから先は送れないけれど一人で帰れそうかな?」

『あ、はい。大丈夫です。家はすぐそこですから。それにまたすぐに詰所に戻りますから。それじゃあ、セレンルーナさんも頑張ってくださいね』

「ありがとう、そちらも頑張って。気をつけてね。」

話を切り上げると、事務官の女性は頭を下げて家路へとついていくだろう。
その背中を軽く手を振りながら見送ると、事務官の女性とは別の方向へと歩き出す。
ポケットから手のひらに収まるくらいの箱を取り出すと、中から細い葉巻きを取り出していく。
口にそれを咥えると、指先に灯した火魔法の炎で先端に火をつけて。
すぅ…と吸えば、ジジっと微かな音とともに先端が赤く染まっていくだろう。

「ぅえっほっ…げほっごほっ…っっ」

口内に満たした煙を、更に息を吸い込むことで気道の中に招き入れる。
しかし、その瞬間歩みを止めて激しく咳き込んでしまう。
薬臭い煙に、気管がジンジンと軽く痛む。

『あー…あ゙ー……。げほっ…げほっ…っ』

小さく声を出してみて、声の具合を確かめる。
先程まで話していた甘さを含む柔らかな声から、少し濁った声へと変わっている。
具合を確かめると、もう一度煙を吸い込んで…そしてまた咽る。
普通の葉巻きに見えるが、葉巻きとは異なり薬草と魔法薬を更に薬草の葉で包んだマジックアイテムの類だ。
吸えば、一時的に声を変える事ができるというもの。
難点といえば…この煙に咽てしまう事と、喉の痛みだったか。

セレンルーナ > 「煙草に慣れている者なら、咽る事もないんだろうか…。どっちにしろ、好きな感覚ではないね…。」

平民地区を突っ切る大通りから、一本裏に入った小道を平民の男性を装って歩く。
薬草や魔法薬が入っている分、刺激が強いとは言え煙草を嗜む人の気がしれないと思いながら、息を吸い込んで先端を赤く光らせると煙を吸い込んで、ふぅーと吐き出していく。
男性に変装するならば、年齢操作をして10代に調整している時ならともかく、酒場などに入る今の年齢では声で明らかにバレる。
それを予防するために、こうやって魔法薬を吸引して喉を荒らしているわけだが…。
それでも、体は女性のものだ。
疑いを持って見るものが観察すれば、バレる事もあるかもしれない。
もっと強い魔法薬で、男性に変化する方法もなくはないが……

(体への負担が大きすぎて、頻繁に使うには支障がでるんだよねぇ…。)

体の構成そのものを書き換えることになるわけだから、体に負担がないわけがない。
そんな理由もあり、魔法薬煙草で妥協しているわけだが…。
と、つらつらと考えながら小道を歩いていく。
お目当ての人物は、今日はどの酒場に現れるだろうか。
煙草を吸いつつぶらつき、今日飲む酒場を探す平民を装いながら、通りがかる酒場の中へと視線を向けていく。