2022/09/02 のログ
影時 > 「欲――いや、本能に根差すモンなんだろうなぁ。だから、切り離せん。
 例えば敵が迫っていることを知っていれば、死を避けられる。故に知らなきゃならん、といった風にな。

 ……数値化って云うのは、百人に試して、何人気づかずに済んだのかを数えろという理屈の話だぞ、恐らく。
 それを何回も試したうえでの、な。はは、そうだな。変装だとかどうだか、とかじゃなくて、お洒落の話になるわな」

人間の心が原始のまま、本能に率直なままではなく、多様に膨らんでいったからこそ、好奇心に殺される沙汰も起こるのだろう。
だが、根っこは考察するのであれば、危機回避や開拓、食糧確保などの生存欲求にも根差す衝動なのだろう。
度し難い。けれども走り出した衝動はやめられない。止められない。
お洒落については、宿暮らしの限度として何着も持てるだけというには、いかない。
しかし、着慣れた無紋の袴羽織だけではなく教師らしいなど、使いやすいと言えそうな礼服は一着くらいは持っておくに越したことはない。
そう思う場合、局面は確かにある。貸衣装としてではなく、身体に合わせた一着というのは、騎士の鎧などのように得難いもの。

――そう考えるだけの余裕というのは、確かにあるのだ。

大きな戦乱、目に見えるような戦乱というのはない。爛熟の気配はそこかしこにあっても、昔よりはずっと平和だ。
戦うにしても何にしても、他者から強いられるでも命じられるでもない。己が意思で選び、または金銭を贖うために踏み込むのだ。

「そうそう、そういう警句の類でもある。……が、言葉遊びとして考えるなら、ぞわぞわするだろう?
 ……分かった分かった。諸々経験済み、心当たりアリアリのあり、と。皆までは言うまいよ」

内面の幼さ、拙さに任せて、取り返しがつかない――はいかなくとも、そういった何やらで手痛いことを得たか。
くしゃくしゃと己が髪を掻きつつ、わずかに口元を緩めて肩を竦めよう。
ナニをやらかしたかを自白させるのは愉しみを通り越して、させられる方にとっては拷問だろう。
人、それを黒歴史とでも呼ぶらしい。今の見た目のまま、老いぬままやきもきする時分を長く過ごすかはまだ、己も分からぬが。

「……需要があるってのは、――無いよりずっと、遥かにマシか。管理されぬ商いとなるよりは、風通しも多少はいい、か。
 ん、そうだ。好きなように、な。強いられるよりずっと好いだろう? そういう将来を誓いあいたいような、好きな誰かとか居るのかね?」

好きなように。気の赴くままに。とっかえひっかえして交わるのも居れば、操を立てるような趣味のものだって居るだろう。
そうした実例、サンプルはこの国であれば例に困らない位山ほど、多種多様だろう。
雇い主やその親たちもまた、そういった心の欲動のままに交わって生まれた子たちの一人が、今見る彼女である。
詰まりは愛の産物である。其れは愛なく生まれるよりずっと善きことである。
好き、と宣う彼女にふと、此れもまた興味の赴くままに尋ね、問うてみながら――、

「知っているなら、理解と想像は易いな。……その辺りの風景を見に行くなど、学院でもなかなか遣らねぇか。
 この国に至るまでの旅の中、見たことがある。一面砂地である筈の土地で生きるものたちの暮らしもな。
 もちろん、理想としてはフィリが云うとおりなンだが、……そういった者の考えなどができるのは、少なからず豊かな者だからこそ、だ。
 植えたはずの苗が、次の日には薪にされちまう有様じゃあ、そうもいかんのさ。

 ……成る程。竜の血の濃さも、その辺り関係してンのかね。ははは、そりゃそうだ。特に何もかも慣れないうちだと、尚のことさな」

文献としての記述、あるいは絵図面などとしての伝聞が主となるか。
軍事演習や地学の一環として、地形を模したジオラマ、箱庭の類はあるが、砂漠地帯というのは海と同じで言葉だけでは想像しづらい。
そういった見聞を磨く機会を、学院で用意できるかどうか。
少女が述べる言葉に耳を傾け、頷きつつも思うのはやはり、資本がある、資本の流れとして考えられる処方の観点だ。
リソースがあるものだから、思える感覚は、その日暮らしのものにはなかなか難しい。

さて、件の羽織――否、着物を回収に行った分身が、戻ってくる。
白い生地の裾に刺繍が入った其れにまつわりついた土を払い、簡単に畳んでゆく。畳み終えれば、元々の置き場だった男の荷物へと仕舞う。
その一連の流れを見届けば、印を結んで術を解く。

「……主と認識したもの、あるいは俺のように持てる奴ら以外には重い、だろうな。
 魔力がある程度満ちていれば、速度任せにぶん投げた場合、必要十分な硬さを満ちた質量の塊となるだろうよ。
 吸い寄せしつつ投げつけるなら、……さっき使って見せた耐性のある装備やら、何やらがないと躱せんぞ」

質量はそのまま、ただ、慣性がないように持てるならば、基礎機能と云える要素は凶悪な応用の素地となるだろう。
先ほどやって見せたように、肉体の負荷など考えずにフルスイングした場合、叩きだす速度×本来の質量×魔力蓄積に応じた硬度の乗算となるだろう。
投擲については、吸い寄せと同じシーケンスを行ったうえであれば、狙いを付けた標的へのホーミングも成り立つ余地がある。
風のお告げか。何かひらめいた、考えだす様にアドバイスを送る。不可能ではないだろう、と。

「ン、そうだな。いったん休憩を挟むか。諸々見たり考えながら小腹を満たして、体捌きの基礎から稽古してやろう。
 寸止めするとはいえ、俺がこの刀を振り回して生命の危険を感じつつ荒稽古――ってよりは、身になるだろう?」

最低限教授すべきこと、見ておくは一通り済んだか。
そう思えば、休憩の頃合いだろう。思ったより緊張が続けば、考える以上に心身に負担が圧し掛かる。
冒険と同じだ。考える以上に休憩を挟む余地は、この訓練でも同じである。

フィリ > 【継続いたします】
ご案内:「山中の別荘地」からフィリさんが去りました。
ご案内:「山中の別荘地」から影時さんが去りました。