2020/09/03 のログ
アムネジア > 「―――……静かで、佳い夜だね。君もそう思わないかい?」

―――ふと、歌が止む。代わりに聞こえるのは、微かなざわめき。
それをかき消すように柔らかく甘みを含んだ声音が響く。
そっと、伸ばした手。白く細い指。
爪の一枚一枚にまで手入れをされた指先。
上に向けた掌に乗っているのは、しゃれこうべがひとつ。

子供のものだろうか。
眼窩に傷のついた、それも古ぼけたものだ。
ぽっかりと虚が空いたそこを、蒼い瞳が覗き込む。
唇が、そっと弧を描いて――微笑めいた形を作る。

「―――――」

そして、また開いた唇が歌を奏でる。
ぐじゅ、ぐちゅ――重なるざわめきなど聞こえないように歌を奏でる。
誰も知らない言葉で奏でられる、どこかで聞いたことのあるような歌。
今度の曲は、まるで子守唄のように響いて聞こえるだろう。

尤も――聞いている者がいれば、だが。

アムネジア > やがて―――…飽きたように、頭骨の名残を捨てる。
歌が止まり、ふうわり――と井戸から立ち上がる姿。
唇は三日月の形を描いた侭、そぅ…と、息を吐き出して。

「さあ、帰ろうか。」

短く、誰かに、何かに告げる。
あとはもう躊躇いはない。
かつて村だった場所に別れを告げて歩き出す。

彼女は、彼女たちは歩き出す。
一人ではない。その背後には無数のナニカが付き従っていた――……。
月下の廃村で、誰にも見られない。生きた者は誰もいない。
それはそういう風景だった。

ご案内:「山中の廃村」からアムネジアさんが去りました。