2017/01/10 のログ
ご案内:「草荘庵 王都本店」にホウセンさんが現れました。
ホウセン > 王都平民地区の一角。ピンとキリで言うならばキリに近しい端っこに居を構える商館があった。日中の営業時間はとうの昔に終わり、奉公人の大部分が引き上げたのも、随分前の話だ。この週末、己の遊びの為に大きく時間を割いた妖仙は、当然のように待ち受けている、引き換えに山積した処理しなければならない書類群と対面する事になる。文字通り、山積である。二階の最も奥まった位置にある執務室にて、小柄な主の体よりもよほど大きな事務机の天板は一杯で、袖机の上にまで版図を拡大し、領有を宣言している有様だ。是に立ち向かうには、一気呵成の突撃で粉砕したいところだが、如何せん兵力に乏しく、相手の守りは強固で、半ば攻城戦の様相を呈している。時間と気力が磨り潰されるアレだ。自分の蒔いた種とはいえ、その収穫に四苦八苦しているのは間違いなく、何時もは早々に夜の街に繰り出す妖仙が、こうして此処に縫い付けられている。

「ぬぅ。いっその事、全てを許可と印を連打したい欲求に駆られるのぅ。」

呟くだけ。呟いてみただけ。その様な振る舞いをしても、奉公人から異を唱えられることは殆ど無いと思うが、それでも自身が阿呆なのではないかと目されるのは中々に業腹だ。故に、人形めいて整った顔立ちに仏頂面を決め込み、心を無にして筆を走らせる。

「ま、公然と抜け出せる言い訳でも来てくれれば、儂の良心も痛まぬのじゃが。」

果たして存在しているかも怪しい”良心”なんて単語を引っ張り出しつつ、呟きを通り越したぼやき。尤も、完全無欠な荒唐無稽の戯言という程ではない。不在の間に溜まっているのは事務仕事に限らず、何かと折衝事の類も繰り延べにしていたのだから。大急ぎの案件やら秘匿性を要する案件であれば、こんな時間だとしても飛び込んできても不思議はない。階下の従業員控え室には、当直の奉公人を取次ぎの為に残しており、何かあれば彼が妖仙に来客を伝えるだろう。或いは、人ならざる者の来訪ならば、彼の手を煩わせる必要もなく、人外の流儀で現れるやも知れぬ。

ホウセン > 目下、妖仙の裁可を待っているのは、新規顧客の開拓に拘る部分のものだ。店を開いた当初に想定していた顧客は、小金を持った富裕層。それを地盤に、資力の上と下に客層を広げ、現在の立ち位置がある。近頃では、もう少し安定的且つ恒常的に金を落としてくれる所として、公共の機関等に目星をつけている真っ最中。今の所、書画や書籍を収蔵する部局に繋がりをつけているのだけれども、他方面に食指を伸ばす段階に来ているのかもしれないとは、妖仙の直感以外に根拠を見つけられぬ最近の方針だ。美術品、古書、骨董品は、一つ一つの価値を天井知らずに吊り上げることは出来なくもないが、何しろ流通させられる物が少ない。利率は良いものの、決定打に欠けるのだ。

「何ぞ素っ頓狂な輩はおらぬかのぅ…?」

気力という燃料が枯渇気味のようで、書類を捲る指先には覇気がない。紙の端っこを摘んで、ぺらーりと緩慢な動作で捲り、小さな生欠伸を噛み殺しながら、情報屋等から仕入れたネタに基づく報告書を、ざっと目で追っているだけ。果たして頭の中に入っているのか怪しいが、目の覚めるような珍奇な者をこそ待ち望んでいるのだと屁理屈で言い訳をするのが目に見えている。

「警備隊、騎士団、傭兵団…大所帯の所に、喰い込めれば暫く安泰じゃろう。値の張る装備品を纏めて納入して利を得るか、薄利ながらに消耗品で参入するか…」

願わくば、欲の皮が突っ張っているような頭領がいないところが良いが、清廉潔白過ぎても掌の上で転がし難い。商品の価値は商品の価値として、取り入る為の算段を組み立てねば、御用商人が脇を固めている策謀渦巻く魔境に足を踏み入れるのは軽率の謗りを受けてしまうだろう。恐らくは、この慢性的な戦争状態という情勢下において相応の付加価値を有する物について心当たりがある。が、入手は中々に困難だ。問題は資金力でも希少性でもなく、取り扱う存在との交渉が神経をすり減らす事この上ないが故に。この図々しい妖仙をして、そう言わしめるのだ。