2022/12/26 のログ
影時 > 「そりゃぁお前、俺の目から見た芸術点に決まってるだろうが。
 ……悪かった悪かった。だから、余分な人件費の出費はやめてくれ。俺の財布にひどく効く」

こういうやり取りは一部、冗談で済ませられるから――いい。
冗談であってほしい点は多々あるが。

さて、しかし。どうしたものであろうか。
符術は普段使いしない類であるとは言え、忍術の一環としてそれなり以上に長けているつもりではあった。
これだから世界は広い、という一言で済ませて良いものか、どうなのか。
何かどこか、長い長い隧道<トンネル>のような空間を落ちてゆく。転げ転げてゆくのだけはないのは、これもまた僥倖であったか。
思わず考えるように顔に手を当てつつ、思う。頭の上で二匹の小動物が似たようなポーズをしているかどうかは、気づけないが。

「……ジャム。誰かを取って食うつもりか、それとも明日の朝飯のスコーンに着けて食うとか、ねぇよなぁ。あ、時計か?ありゃ。

 ヌシ? ……あれが、そうだってのか?
 おっとろしいな、ったくよう。見知ったツラではないなら、後から来た手合いじゃねえのか」

ともあれ、落ちてゆきながら、腕にぶら下がるような塩梅の連れの言葉を聞く。
知らぬ国の森は、こういうのが跋扈しているのか。それともたまたま寄った先が、こうも特異が過ぎていたのか。
言葉にし辛い感覚を得つつ、この長くともつかない浮遊感、落下感覚の只中で思う。
知った顔ではないのなら、新顔か。それとも己のような外来か。そのどれもか。答えは出ない。答えは出ないまま――、

「だと良い――どゥわ!!」

まるでぺいっと放り出されるように、落下は終わった。
重力が思い出したように五体にかかり、手に引っかかった重みに引っ張られるようにして転げて、地面に突っ伏するのである。
そこに受け身をとる間もない。口元に触れるのは、美姫の太腿でも乙女の唇でもなんでもない。土の、味だ。
森の只中程強烈ではないにしても、場所の云われなどが嘘のように、一見は平穏な風と新緑の匂いを味わうと、口の中が何かじゃりじゃりとしていた。

「……出してくれた、のかね」

頭の上での二匹がちょこちょこ、きょろきょろとする所作を感じつつ、身を起こす。
勢いあまってずれた覆面を引きずり下ろし、一層強くなる匂いを嗅ぎつつ、息を吐く。

ジギィ > 妖精。精霊たちと違って見て触れられるからといって、話が通じるかと言ったらさにあらず。
話が通じるどころか、精霊たち以上に訳が解らない。考え方も姿も、欲するものもすることも。因果や筋を通して考えようとする者たちにとって、頭痛の種であり続ける。

―――まあ、一部このエルフだって『彼ら側』といえなくはないのだけれど。

「さー… まあ、食べるってことが無いこともないと思うよ。 …ジャムよりはチーズの方が良いんじゃないかなー」

とエルフがこぼす横をチーズの保管棚が過ぎていく。
美味しそうなトーストの香りも一瞬、過ぎったような。

「そう、おっとろしいのよ。 あの調子で10年50年とかふつうに相手させるんだから、妖精に攫われたとか噂経っちゃうわけだよねー 本人たちに悪気は無いのよ。
 …ん、そうかもね」

新顔だろう、と言われるとエルフは気もそぞろに頷く。
―――きっと、里が滅ぼされエルフが『外』をうろついている間、あのあたりにも色々変化があったのだろう。
(それも)調べたい気がするけれど、今は彼を『外』へ送り出すことが先決だ。

そんな思案も、物理的な衝撃によって唐突に断ち切られる。
エルフは本日何度目かの尻もちとなった場所をさすりさすり、彼の方をみやれば運悪く地面と仲良しすることになったらしい。
先の会話かを聞いていた地の精霊からのお誘いと受け取れない事もなく
『悪い事でも無いのかなあ』などという考えが過ぎるのは、このエルフの頭も少々ねじれているかもしれない。

きょろきょろする2匹と目が合うと、良かったね!と笑みを交わし合う。
それからエルフは嗅ぎ慣れた香りを吸い込んで立ち上がると、地面へ伏してしまった彼に手を差し出した。

「―――みたいね。
 『正解』のご褒美か、な……?』

エルフは立ち上がった彼に、口をゆすぐための水袋を差しだしつつ
彼の懐からひらりと舞い落ちたものに目を丸くする

―――それは
紙幣
そっくりの
紋章の部分が野兎になっている、似せ紙幣。

それが
ひらりまた一枚、一枚
彼が術で出したであろうくらいの量はあるだろうか、あふれるように出て来る。

影時 > ニンゲンと同じ形をしているからといって、思考も同じカタチをしているとは限らない。
人間と巷に言う魔族は兎も角、人間同士でさえ均一、同一ではなく、話がかみ合わないということはざら。
であるならば、人間から見て妖精というのは、分からないというものは多いだろう。
勿論、その逆もまた然りである。妖精にとっての当然、当たり前という基準が、例えばこの国の基準と同じとは限らない。

故にこそ、それでも対話は欠かせない。話して分かるならば――という妥協点が見つかるまでは。

「……どっちかね、全く。牛や馬やらの乳を飲むのは慣れたが、乳酪の類の匂いはちょっと馴染めねぇんだよな……」

食うのか食われるのか。彼ら?の食性に人食いがあるのかどうか、エルフの言葉からはっきりしない。
宿などの朝食で供されるミルクやら、遊牧民が醸造する乳酒の類の風味は慣れてきたが、それでもまだ慣れないものは多い。
あの匂いどうにかなんねぇのかね、と愚痴をこぼしつつ、過る香ばしい香りは思いっきり胃壁を苛んでくれて困る。

「あー、その話聞いた覚えがあるな。“取り替え子”やらいう奴だろう?」

冒険者ギルド経由の依頼で学院に出向くことや、家庭教師の仕事の種として図書館を利用していれば、何かと知りえることは多い。
彼らからしてみれば、この子は可愛かったから!来たがっていたから!とかいう理屈か。それとも、か。
それはもう、下手人に聞いてもまともに答えが返るかどうか怪しい領域でもありそうだ。
今こうして放り出してくれたのは、若しかするとたまたま、運が良かったのかもしれないのだ。
大地の精霊のお誘い、誘惑とばかりのディープキスめいた着地というのは、非常に解釈にも困ってしまう程。
きょきょと目を合う二匹が、何のつもりか。はいたーっちとばかりめいた仕草をのっけたまま、伸ばされる手を見れば、男はのっそりと身を起こす。

「だと、良いが。……何かなくなってるものは、ねえ、だろう、が……あ? お?」

取り敢えず、左腰の太刀は無事だった。腰裏の雑嚢とその裏に仕込んだ苦無も健在。
さて、とばかりに懐に手を入れれば、ひらり、どころではない。どさささ、とばかりの勢いであふれ出し、足元につもってゆくものがある。
先ほど幻術で紡ぎ、複製を重ねた紙幣モドキ。
この国では見当たらない、朱墨の書き込みのうち、朱印が大きく押されていよう箇所がご丁寧に野兎となっている始末だ。

は、はははは、とばかりに乾いた笑い声を響かせつつ、一枚を摘まもう。
解術の念を送っても消えないのは、爆発などの効果の派生のルートを消した代わりに、固定化されたからなのか。
そんな見分を片目をすがめつつ行い、一枚どうよ?とばかりにエルフの方に差し出そうか。

ジギィ > 「あれー カゲトキさん苦手なの?以外ー
 ねえ他に苦手なモノは?ヨーグルトとかは?」

エルフは矢継ぎ早に聞いて来る。彼になにか作ってあげるとき避けるべきものとかの参考…というわけではなさそうだ。
トーストの香りには、ご丁寧に焦がしバターの香りもする。
どこかでお茶会でも開かれていて、空間がねじれて繋がってでもいるのかもしれない。

「そうそう、そこらへんの話。
 無効に居ついちゃって返せなくなっちゃったから、向うとしては気遣いで代わりに寄越してくれたりするんだけどね。
 生憎大体の場合、美醜の感覚が違うとかで変なコトになるっていう…」

じつはこのエルフ、居ついてしまった方に話を聞いたことがある。
もうすっかり妖精と馴染んだ彼女からは、結局要領を得なかった。
きっと、物心つく前のヒトの子と妖精とは非常に似通った部分があるのだろう。

無事脱出、というよりも放り出された先。
まさかまた入れ子のように騙されているのではないかとエルフは一瞬緊張したが、ハイタッチする毛玉たちを見て肩の力を抜く。
立ち上がった彼が自分の身体を探るのを見ると、人知れず吐息を零す。どうやら、無事そとまで送り届けるのは叶いそうだ。
鳥の声が聞こえてきて、立ち上がる彼の向こうの木洩れ日の合間にも、ちらちらと舞う蝶が見える。

「まるちゃんたちもよかったねえ。髪の毛を守り切ったご褒美、ご主人にいっぱいもらわないとね。
 ……ありがと」

エルフは一枚、彼から差し出されたそれを受け取るとしげしげと眺める。
野兎の印は、明らかに先ほどの野兎との縁を示すものだ。エルフはしばしそれをためつすがめつした後、丁寧に二つ折りにして腰の裏に付けてあるポシェットに入れた。

「全部、とは言わないけど、幾つか取っておいてもいいかも。
 たぶん、あの場所の通行手形代わりになる…か、またあの野兎のリドルに付き合わされるかもだけど、知り合いになって置いて損はないだろうから」

また来る気があるならね、と付け加えてエルフはにっと彼に笑って見せる。口元はスカーフに覆われて解らないけれど、目元だけでも十分伝わるだろう。
それから尻もち着いた場所を景気づけにぱんぱんと払って、落ち葉やらを落としてから
来た道を辿るため、探る視線を走らせた。

「…あっちだね。
 出て見ないと解らないけど、外に出たらもしかしたら何か月か経ってるかも」

彼を振り向くとエルフはけらっと笑う。
それからまた前に視線を戻して、すこし急ぐような足取りを外界にむけ
来た道をそっくりたどるように進んでいくだろう。

影時 > 「まだ、食い慣れん……でいいのかね、この感覚。食えはするが臭いの癖が強い奴は、何か苦手だ。
 食い慣れてない奴であれば、強い酒で強引に飲み下しちまう。
 
 よぉぐると?あー、白い奴か。ハチミツやジャムを混ぜて食うなら、イケる」
 
芳香に癖がある、臭いが強烈な食品が多分苦手なのだろう。そう自己分析をする。
経験している限り、知りえているのは大体が加工品やら発酵食品であるのは――気のせいと思う。多分。
その癖、納豆の類は大丈夫だから、世の中何とも言い難い。
とりあえず、街に戻ったら、ないし、近場の村にたどり着けば、焼き立てのパンにありつきたい。

「……――その一点だけを切り取って思うなら、美談のようにも思えるのが不可思議だよなァ。
 詰まりは価値観諸々染め上げられてしまった、というオチが哂えんがね」
 
その手の経験談を聞けば、男は興味深そうにメモなり何かに控えたことだろう。
人と人でかみ合わないことはあるにしても、此処までパラダイムシフトが過ぎると、生きるのも辛いか。
なまじ合わせられる感覚、能力もある分だけ、余計に常識の落差が出るのか。

「……ごほーび、なぁ。とりあえず背負子の中の木の実やどんぐりが無事ならまずは良いんだが」

さて、これで一応は街に戻り、少なくとも報酬を受け取れればエルフと折半できるか。
期せずして連れ帰ることになった愉快な毛玉たちを頭の上に感じつつ、宿部屋の整理、片付けを決意する。
先ほどまでのトンデモやら何やらが、まるで嘘のように――鳥の鳴き声がする。
否、此れは嘘ではない。野兎印にリライトされた札(山ほど)といい、道中に見かけた動く森というような怪異と云い。

(――またいずれ、来なけりゃならん類かこりゃ)

内心でそんな予感を覚えつつ、雑嚢を漁る。取り出す茶色の無地布は、風呂敷だ。
バサッと広げた中にこんもりと積もった符を包み、結んで背負子の中に放り込もう。
ごわごわするけれどもクッションにはなるだろう。栗鼠とモモンガたちが寝ころぶようにはなる、はず。

「仕事とは別に行かなきゃならねぇ気がしてきたぞ。
 謎解きは……いや、答えられん、考えられんというのも、癪だな。次来るときは酒じゃなくて、茶葉でも包んできた方がイイ類かなありゃ」

次来るときは、動く森とも相対する場合も処方も想定する必要があるだろう。
あらかた事を終えれば、覆面をし直す気が失せる。困ったように笑い、肩を竦めて身を起こす。膝を延ばす。

「何は兎も角、街に戻るぞ。何か月たってようがいまいが、報酬をもらってジギィ。お前さんとちゃんと分けなきゃならねぇ。
 それを終えて、やっと一丁上がりって奴だ」

此処まで不可思議が続けば、そう感じてしまうのも是非もない。
急ぐような足取りに続きつつ、背負子と太刀を確かめて、進入ルートである筈の経路を逆に辿るように進む。
帰途に就くのだ。二人にプラスで二匹。二匹には知らぬ道と世界が待とうが、道中でお土産も兼ねた採取もできればなどと思いつつ。

ご案内:「腐海沿いの翳りの森」からジギィさんが去りました。
ご案内:「腐海沿いの翳りの森」から影時さんが去りました。