2022/07/31 のログ
ジギィ > 「言葉だけで充分です。手とか、こわーい」

いやん、と、ご丁寧にぶら下がったまま器用に口元に手を当ててみせてから上を目指して行ったエルフ。
その余裕を見せていた出発とは裏腹、少々情けない帰還となったが、本人としてはオチもついて満足である。

「大丈夫、慣れてるし私のおしりはじょうぶだから。
 …そーね、やれるだけやったことは認めて貰える、といいな…」

実際は他を探しに行ったりはしていないし、森からすればいい間引きで、得な取引ということかもしれない。
健康を象徴するようなおしりをさすりさすり、立ち上がると改めて樹を見上げてから、何事かしている彼を振り返った。

「……何してるの?」

儀式めいた、というか儀式なのだろう。
供え物をして礼を取る彼をみて、エルフも見よう見まねで頭を下げて、手を打ったりして見る。

「…不思議な習慣ね」

エルフの儀式で使うのは大概清水だ。供え物の甕と自分で打った手を何となくしげしげと見つめている


樹の周囲を伺った彼には確かに見止められるだろう。
件の樹の、ざらざらとした鱗のような肌が水面のように波打って
ずるり、人型が吐き出されてくる。

緑の肌、更に濃い緑の豊かに波打つ髪、豊満な女の身体……

「……ドライアド……!」

気を取られていたエルフが声を上げたのはそれが完全に形を現したあと。
魅了の力を持った、その緑のガラスのような視線と身体から放つ花の芳香は、果たして彼を絡めとったかどうか―――

影時 > 「こわーいなんてまたまた御冗談を」

――と、いう言葉は冗句にちゃんと聞こえたかどうか。
傍目からすれば情けないオチの帰還でも、大丈夫かどうかというのは少なからず心配にもなる。

「かもしれんが、身体は大事にしねぇと色々響くからな、ホントに。
 手ぶらで帰るよりはずっとマシだ。最終的に製材するのは俺たちではなく、先方の依頼主側だぞ? 使えなかった部位の用途は向こうが考える仕事だろうよ」

健康で丈夫なお尻でも、婦女子が腰を打つようなものではない、と。
そうでなくとも、無茶をしかねない懸念事項は散見しているかもしれない旅だ。気遣わずにはいられない。
捧げ物の途中でなければ、尻の一つや二つ、素知らぬ顔で触っても見せただろう。

「捧げ物と祝詞の代わりだ。
 枯れているとしても、立派な樹だ。自然の恵みに感謝してみせている……とでも、思ってくれ、と?」

もっと良い口上の類があればよかったが、是非もない。
故国から離れている土地に故郷の神への祈りを告げても意味があるまい。
口に合うかどうかは兎も角、自然の恵みへの感謝を表す供物を捧げたつもりだ。そうしてが気が済めば、あとは伐るだけ。
上手く伐り倒せそうな個所、ポイントを見定めようとする中、木肌がさざめく。出てくるのは、人型。否――。

「――悪いが、仕事の途中だ。魅入られてやるワケにはいかなくてなあ」

どらいあど、というのか、この木霊は。香り出す芳香に困ったようにしながら意識を強く持ち、口元を再び覆面で隠す。
この捧げものが気に入らなかったのか。文句の申し立てに来たのか。
ひとまず、斧を下しながら豊満な姿態の持ち主を見やろう。ことが事でなければ、魅了されても良かったが。

ジギィ > 「ノリト? …カゲトキさんの故郷にも、森のエルフに似た信仰みたいなのがあるんだ」

ふうーんといってエルフは目を瞬く。
自分の部族には無かったが、確かに伐る前に儀式を行う部族はあった。
彼の国と自分の森と、在る存在を司るモノが違うとは思えない…なら、もしかしたら同じものに祈っているのかもしれなかった。

珍しくそんなしおらしい感慨を抱いていたせいか、ドライアドの気配に気付くのに大分かかった。
声を上げてから彼を見遣ると、どうやら魅了には掛かっていないらしい様子。
それに安堵して改めてドライアドを見る。
―――と、エルフは訝しげに眉を顰めた。元来美しい姿をしている筈のドライアドの、その緑の肌は何かに侵されているかに黒い斑点があちこちにあらわれていた。彼が魅了に掛かっていない様子にはやや愕然としたようだが、表情にその魅了の力をふるうための媚などはみられず、エルフと彼を交互に見るその視線には怯えさえ伺えた。

『…あの
 ………伐る、前に
 …種を、残させてくださいませんか。
 ……病気になっていない、種が、在るんです。
 ………どうか、遠くへ」

おどおどとした表情で豊かな双丘の前で掌を組み、彼とエルフとを交互に見てドライアドは懇願する。
エルフはそのドライアドを眼を細めて見る。
恐らく彼が魅了に掛かっていたのなら
ドライアドは今の樹をどうにか持たせようとしただろう。
即ち彼に自分を襲わせて、その後彼自身を自死するように仕向ける。
だが、彼があっさりと堪えてしまったので方針を変えたのだろう。
おそらくこの樹自体は諦めて、子孫たる種を残すことで良しとしたのだ。―――それでこの樹に宿ったドライアドは、樹が芽吹いた何年後かに甦ることができる。

「…… 」

エルフは、良いだろうとでも言うように頷いてから彼を見る。
ドライアドが何を企んで居ようと、彼らが彼等らしく生を全うしようとしているのに否やはなかった。
―――甦るとも、今この目の前のドライアドは滅ぶしかない。
その最後の願いに森の中、或いは外を寄り道することになるだろうが―――
彼はそこまで承知してくれるだろうか。

ご案内:「腐海沿いの翳りの森」からジギィさんが去りました。
影時 > 【次回継続にて】
ご案内:「腐海沿いの翳りの森」から影時さんが去りました。