2021/06/25 のログ
ご案内:「王都マグメール 自然地帯 満月丘」に燈篭さんが現れました。
燈篭 > その日の鬼は機嫌がよかった
夏も間近な梅雨の時期
周囲は湿っぽくていけない しかしこんな小雨続きの日は紫陽花が見頃だろう
鬼にだって花を愛でる機はあるというものだった

しかししかし、どうしてみれば夜の空は曇り空もない
好い具合の霞雲がかかる満月が空で丸く描かれている
これはいい 夏は星だの、秋が満月などと誰ぞが言うが
夏の満月が霞雲で端を飾っていい塩梅なのだ

「好ぃ月だぁ。」

小鬼の名前は燈篭
左右は頭と肘に角を生やす、女童の鬼

満月を見下ろすいい場所はないものかと、愛酒片手に外を歩いていると
好い加減の丘を見つけたものだから、ふらりと脚を向けていた
満月っていうやつは、どいつもこいつも浴びたがるらしい

魑魅魍魎のような小童も 月を象徴とするような毛獣も
月明かりを浴びたがる奴なんていろいろといたものだ
しかし今丘の上にいるのは鬼唯一人

それの意味を知る必要なんてありはしない
鬼がそこにいる ならそれだけで十分な理由になれた。

「なんだい、夏の満月だって悪くないじゃないか。」

手元の酒は十分に満ちている
月は普段の遠目よりも少し肥えているようだ
明かりも十分に流れてきている
風が短草を揺らす音と良い 季節柄少し土気が生せても肌を撫でるそれは涼しかった。

   ぎゅびっ ぎゅびっ ぐびゅりっ

「ぷあぁ……いいところにお月さんもいたもんだよ
 アタシも夜の紫陽花じゃあ、映えないかと思っていたんだ。」

小鬼はそう月に一人語りかけながら、手元に満ちた酒を瓢箪で傾ける
味は澄んだ色に比べて実に辛い 西人が飲めばその辛口な具合
吹いてしまうかもしれぬ 穀物澄ましはそんなものながら、木の実や琥珀だと
しゃれた酒で喉を潤す連中には、慣れぬ味だろう。

燈篭 > 満月が濃い
月明かりが眩い
魔が漂い、夜獣も夜魔も活発となる

嗚呼、それは実に良い
夜は鬼が此処にいるように、夜は化け物がそこらに至っておかしくはない
無実無害なこの丘の上 月がこんなにも近いと思ってしまうほどならば
其処に鬼も魔もいても、なんら不思議ではないのだ

「ふはは。」

嗚呼、アタシは意味もなく笑ってしまう
酒が旨い 月が近い 好い月見酒だ
笑みも零れるというものだろうよ

酒も造ったばかりにしては、鬼の舌に合う辛口澄まし
寝かせた古酒には到底劣るだろう
けれども満月を眺めながら飲む 酒らしい酒の味が舌になんとも染みてしまう
酒好きが、今の鬼の横を透いて眺めれば

喉をごくりと鳴らしてそれを想うかもしれない。

「嗚呼、酒が旨い。」

月を浴びて “命”を飲んで なんて鬼らしい人生だろう
誰にだって否定させやしない この飲んだくれるこれこそが鬼よ
月が近いと、体も疼く それをまるで自身で眺めるように

まぁまぁ、この酒を飲め
月が近い酒だって 月の近くで暴れ狂うのと同じくらい心地いいものだと
身体はそれに旨い旨いと今は丸くなってしまうだろうか。

燈篭 > 鬼が手に持つ満ちている酒は、鬼の臓腑には例え樽ほどに詰まろうとも軽いもの
濃い度数も、辛い味も、舌は飽きず胃は溢れず流し込まれていく

貧し人のように一滴もこぼすものかという飲み方ではない
瓢箪酒のその小さな口からあふれるそれ
唇を濡らし 舌を潤し 喉を焼いて 鼻を香しくして
そして唇の端からこぼれ、顎を伝い、鎖骨で流れを変え、服が

ぽたり ぽたり ぽたぽたり と濡れていく

顎に伝ほどに流し込んだそれ
瞼がギュっと閉じながら、笑みを浮かべ、頬が熱を帯びて色づく

「あっはっは 好い気分だなぁほんと。」

齧るも砕きもせず ただひたすらに飲むばかり
丘の適当な平岩で、腰を下ろして酒を飲み
瓢箪が空になれば、手身近な“一人になった理由”を吸い込んで、溶かし揺らして味を見る

この時期、空が白むのはきっと早い
この肥えた近い月 酒に月にと夢中なら、気が付けばきっと向こうへ通り過ぎてしまうだろう
そうなったらもうだめだ アタシは御天道で酒を飲むほど酔狂じゃない。

「惜しいなぁ、あんた 今一番いい“なり”をしているっていうのにさ」

岡上平岩 横にごろりと寝ころべば、鬼は頭に手をついてそうつぶやく

「夢中なアタシを放ってさっさといっちまうってんだ
 いけずなお月さんだ」

んふふ、と笑って飲む、月と語る酒はまだ続きそうだ。

ご案内:「王都マグメール 自然地帯 満月丘」から燈篭さんが去りました。