2019/10/21 のログ
ご案内:「森の中」にヨアンナさんが現れました。
■ヨアンナ > ――――逃げろ、逃げなさい、ヨアンナ。
腹の底から振り絞るような、血を吐くようなその声に背中を押され、
白銀色の髪を靡かせたミレーの娘が闇夜を走る。
里を、己や養父母たちの暮らしを、これまでずっと守ってくれていた木々が、
今にもその枝を伸ばし、己を絡め取ってしまうのでは、という、本能的な恐怖と闘いながら。
背後から迫っているかも知れない、正体不明の追っ手を振り切りたくて――――
何処へ向かえば良いのかも解らないのに。
ミレーの特徴を色濃く継いだ娘が助けを求められる相手など、
この国の何処にも、居ないかも知れないのに。
何処へ逃げれば良いのか、誰から逃げれば良いのか。
解らないままに、ただ、走り続けるしかなかった。
突き出た岩に足を取られそうになっても、枯れ枝に服を裂かれても。
足音も、気配も隠せない身には、無謀な逃避行ではあったろうが――――。
ご案内:「森の中」にレクスさんが現れました。
■レクス > 喩えるなら、それは嵐のようなものだっただろう。
災害と、言い換えても良いかも知れない。
はじまりは、里にふらりと辿り着いたぼろぼろの男だった。
何事か呟きながら、里の片隅に腰を下ろした彼。
1日、2日、誰から声をかけられても反応することなかった。
眠りもせず、食事も取らずに座り込んでいただけの、不可解だが無害な存在。
――何が、その琴線に触れたのかはわからない。
ふらりと立ち上がった彼の周囲に、舞い落ちるのは灰の雪。
そこに現出したのは地獄、というのが相応しいだろうか。
現れた無数の異形達、屍人の兵士、触手の塊――そういったものが里を薙ぎ払っていく。
里の人々が立ち向かったのか、逃げ惑ったのか、死者がいるのか、いないのか。
彼女に知るすべはないかも知れない。なぜなら、その全ての狙いは――今走っている、娘に在った。
「逃げろ……逃げろ……。」
ずるり――ずるり――。
手に持った長剣の鞘を地面に引き摺る音にも似た、無機質な声が背後から響く。
何の感慨も、感情も含まない声音。それが追いかけてくる。
決して、速い動きではない。けれども、何故か走る娘から距離を離すことなくついてくる。
ふわり―――。
その行く先に、灰色の雪のような薄片が舞う。
同時に、娘の眼前に、轟、と燃える炎の壁が立ちふさがった。
それに足を留めれば聞こえるだろう。何かを引き摺る音と、異形の軍勢が迫る足音。
そして、それを率いる虚ろの声が――。
■ヨアンナ > 隠れ里にふらりと現れた男など、警戒されてしかるべきだったのかも知れない。
けれど男は身なりもぼろぼろで、誰を害する素振りもみせず、
ただ、力尽きたように座り込んでいるだけの存在だったから――――
迫害されて逃げ込んできた同胞の可能性があるからこそ、その存在は捨て置かれていた。
フードのついた外套は、そうした者たちが好んで纏うものでもあったし。
しばらく経てば、言葉を交わし、ものを食べる気にもなるやも知れぬ、と――――
けれど、突然に。
何処から現れたのか、誰が呼び込んだのか、異形の軍勢が里を荒らし回り始めた。
ソレらの狙いが娘であると、気付いていたのか、いなかったのか。
いずれにしても、娘は真っ先に逃がされた。
逃げて、逃げて、逃げて――――――けれどその実、着々と追い詰められていた。
同胞からも、養父母からも引き離されて、深い森の中。
ふ、と鼻先に舞う、灰色の欠片に瞬いた、次の瞬間。
「きゃあ、っ――――――…!」
ごう、と眼前に、燃え盛る炎の障壁が立ち塞がる。
咄嗟に足を止めたけれども、ちりちりと前髪が、睫毛が、炙られるような匂いがした。
両手を顔の前に翳し、眩しげに目を細めた己の白銀の耳が、尾が、
ぴん、と張り詰め毛を逆立てる。
背筋を走るのは紛れも無い悪寒、そして、迫り来る何者かの気配。
振り返りたくなくて、現実をそれと認識するのが怖くて、
――――恐怖に凍りついた足が、身体が、どうしてもそれ以上動かなかった。
■レクス > 深々と降る灰色の雪。地面に触れても積もることなく消える。
一粒が地面に触れれば、そこから異形の兵士が現れ剣を振るう。
一粒が建物に触れれば、そこは異形の触手となり替わって蠢く。
静かな隠れ里が暴虐と喧騒に薙ぎ払われるまで、数刻もいらなかっただろう。
けれど――そんなことはどうでもいい。
目指す獲物は、どちらに逃げた。こちらに逃げた。あちらに逃げた。
ならば追いかけて、追い詰めて、捕まえよう。
「……逃げろ…逃げろ……逃げられない」
囁くような掠れた声。
まるで、風に吹かれて風化し切った木の虚をから響くような声。
炎の壁の前に立ち止まり、硬直する娘のすぐ背後で響いた。
彼女の周りに振るのは無数の灰色の薄片。
森の木々に触れれば、それがぐにぐにと枝を蠢かせていく。
森の下草に触れれば、それは炎を散らして彼女の周囲を囲んでいく。
――振り向かなくてもわかるだろう。
背後に、“それ”が立っていることが。
どこか非現実的で、悪夢のような、けれども現実に存在している――暴虐。
その手が伸びる――煤と土埃と、血で汚れた手が、白いブラウスの肩に触れようと――。
■ヨアンナ > 静かで平和な隠れ里が、灰色の雪に――――異形の暴虐に踏み躙られるさまを、
見ずに済んだことは幸いだったのか、どうか。
けれど、ソレ、は確実に森を焼き、己の背後に迫っていた。
逃げろ、と繰り返す声が誰のものだったのか。
ぴんと尖った耳を吐息が擽るほど近くで、同じ声がひと言囁く。
―――――逃げられない、と。
ぞく、と背筋を粟立たせ、娘は遂に振り返った。
隠れ里に、同胞に、そして恐らくは養父母に、恐怖と苦痛と無残な死を与えたであろう掌が、
怯え強張る己の肩に触れる、捕らえる。
振り仰いだ視界を見る間に埋め尽くすのは異形の群れ、そして、背後に佇むのは。
「――――あな、た……貴方が、………あ、ぁ、」
どうして――――何故、こんなことに。
その答えはきっとこれから、身をもって知らされることになるのだろう。
退路を断たれ、とうとう追いつかれてしまった娘に、抗う術は無く―――――。
■レクス > 白いブラウスの布地がじくじくと汚れていく。
肩に触れる指から、あるいは身に触れる灰から染み出るように染まっていく。
振り向いた娘の碧眼に応える視線はない。
どこを見ているのかも、何を見ているのかもわからない薄紫色の瞳。
背後に無数の異形を従えながらも、まるで村の片隅で座っている時と変わらない“それ”。
「ああ―――わたしだ。」
茫洋――と言葉が紡ぎ出される。
がしゃり、がしゃりと骸骨の兵士が骨を鳴らす。
屍人の兵士が声もなく、どろりと濁った呼気を吐き出す。
異形に変わった森がざわめいていく。
そしてその手がすべて、娘に向けて伸ばされていって―――……。
ご案内:「森の中」からレクスさんが去りました。
ご案内:「森の中」からヨアンナさんが去りました。