2017/09/26 のログ
ご案内:「王都マグメール 王城 迷宮庭園」にランドルフさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 王城 迷宮庭園」にヘリオトロープさんが現れました。
ランドルフ > ――“そうだ、隠れ鬼をしよう。”

そんな提案が為されたのは、アフタヌーンティの後、とある貴族のサロンでの事だ。
茶会も進み、適度に雑談を交わしていた所で、此度の会のホストが立ち上がり、皆を見回しながら言う。
元より持て余す時間を費やす遊戯に目が無い貴族達は挙って、其れは楽しそうだ、是非やりましょう、と賛同を示し。
――とは言え、全員が諸手を挙げたと言う訳でも無い。
ホストの機嫌を損ねない様に、と意見を忍ばせた者も居たに違いない。
だが、沈黙を肯定と捉えた茶会の主は、機嫌良くサロンの扉を開いて、さあ行こう、と声高に歩き出す。

庭園への道すがら、此の児戯のルールが告げられる。
鬼に見付かった者は、鬼の言う事を何か一つ、聞かなければならない。
逆に、夕暮れまで見付からずに済んだ者は、鬼に一つ、願い事が出来る。
お客様に鬼なんてさせられないから、僕がやろう、と茶会の主人は宣言した所で――庭園の入り口に着いた。

数を数えたら追い掛けるよ、と育ちの良い金の髪を掻き上げると――さあ、行って!と始まりの声。
楽しげにドレスの裾を揺らしながら、貴族の令息、令嬢達が三々五々と迷宮内に散って行く。
彼等の背を追う様に、鬼から一つだけ言葉が飛んだ。

――“迷宮の中の古い塔には近付かない様に。…あそこには、幽霊が出るからね。”

ヘリオトロープ > その貴人の茶会には何時も顔を出している訳では無い。
広く、浅く、話題の中心となる様な事はせずに、けれど誰かの印象には残っている、
――という程度の人付き合い。

顔を出せば幾人かは同年代の顔見知りも居て、集まりの中で
自然と家格としても気質としても無理の無い小さな輪が出来て
和やかなお茶を楽しんだ終わりの頃だった。

――パン、と。
空間を割る手拍子の音。場の主である方が、周囲の意識を呼び寄せた。
其れに極自然と揃って視線を向け乍、突然の誘いに多少戸惑いつつも
押し隠す協調性を見せるのが、特に主張も無いこの周り。

隠れ鬼、久し振りね、と傍の子女と語らいを忍ばせ乍、彼の方に従い、
或いは次々と立ち上がる目上の方々に礼を沿えて集団の終わり近くに歩き出す。

説明をして回る人は、常に人に囲まれては居たけれど、
時に齢若の者達の位置迄下がって面白可笑しく身振り手振り。
庭園迄辿り着く頃には、戸惑いよりも童心と好奇心が
上回っていたのは語り手の功績と言えるのだろう。

枯れた淡藤色のシフォンに身を包み、合図を施した貴人に振り返ると裾を指に絡めて一礼。
透けたブラウンのストールを風に揺らして、一人又走り出した。
散ったばかりの時点では、進路が重なり茂みから顔を覗かせれば他人とぶつかって少し、気まずい思い。
そんなことを繰り返して、人の少ない方に進んで行けば、
背後から掛けられた、近付いてはいけない区域近くに踏み込んで――

ランドルフ > 生垣を作る薔薇の棘が払われていないのは、此の庭園を造った者の趣向らしい。
要するに、無理に生垣を潜る事も、登る事も出来ない様にする為か。
其の高さは優に成人男性の身の丈を越えるから、誰かが居るのかを判断するのは足音や話し声を頼りにするしかない。
幾人かを此の迷路の中、一人で夕暮れまでに探し出すのは中々に至難の業だろうに――
果たして、茶会の主は何故そんな事を言い出したのだろう。

迷路を抜け、人と出くわし、生垣の向こうで聞こえる楽しげな笑い声が遠くなって行けば――
代わりに、淡藤色の裾を軽やかに揺らす存在へと、近付いて来るものが二つ。

一つは、迷宮へと細長く影法師を垂れる古びた塔。
未だ其の足元は生垣に阻まれて見えはしないだろうが、
長く手入れがされていないのか、其の壁肌の煉瓦に蔦が這っている位は確認出来るだろう。

そしてもう一つは――人の声。
一人では無く、複数人で――何やらか、囁き合って言葉を交わしている。

“…違う、金の髪だよ。”
“えっ、茶色じゃ無かったか。”
“茶色は羽織ってらしたストールの色だったろう。間違い無い、淡い金の色だよ。”
“瞳の色は何だったか…”

其の声達は、茶会に居た貴族達の者では無い。
――誰かを探している様子だ。

“そうだ、確か菫の花の様な色じゃ無かったか。”

其れは、段々と、令嬢の方へと近付いて来る様で。

ヘリオトロープ > 考えてみればルールと称された説明の語句に疑問に思われる内容は
忍ばされていた筈だったが、その貴人は参加した貴族達の中では、
勿論一等この城内の事に詳しくて、余りに愉快げに遊戯の説明をしてみせた物だから、
参加者はまるで一つの小さな劇を見たような心地で煙に巻かれて仕舞ったのだった。

長く走る事には慣れていない。
加えてこの靴、この服装。余り間を置かずに、
小走りから歩行の速度にまで落ちるのは当然のこと。

枯れた呼吸を注ぎ直して、前に視線を上げると蔦の這う古びた壁。
城内には異質な姿に緩やかでも前に進んでいた足が止まる。
呼吸が徐々に落ち着けばそれとは別の違和感。
複数の声に気付いて目を瞬くと、壁から目を離して空間を視線が泳ぐ。

( ――……? )

ひとつなら別に自分のこととは思われない。
だが、それがふたつみっつと重なったのなら、
――何故複数の人間に自分が探される道理がある?

思い当たる事が無ければ、それは危険信号と同義だ。
ひ弱な胸を打つ鼓動に、直ぐ様その場に踵を返し、
声とは逆の方向へと、つまり塔の方向へと走り出した。

身を隠す所を見つけられるのならば、現実に迫っている危険の前に、
貴人の断りや感覚的な違和など問題ではなく。

ランドルフ > 人々の声と、歩く速度。
潜ませては居るものの、其処からは誰かに見付かる恐怖であったり、
久方振りの児戯に心を弾ませる様子は無い。
其れは誰かから逃げ、隠れている者の発する物では決して無く、
――“特定”の誰かを、捜し歩く物だ。

必然的に押し出される様な形で塔の方へと令嬢が足を向ければ、伸びる長い陰影は益々黒々と其の存在を露わにして。
後幾つ角を曲がれば、塔の足元へ繋がろうかと予感させる程に近くなった所――不意に、
生垣の死角から現れた、塔の其れには飲み込まれぬ、細長い影法師。

「――……っ!」

驚きを隠せぬ様子で見開いたのは、紅緋色の双眸。
衝突は、避けられたろうか。
避けられたので在れば、眼前の姿に一度丁寧に腰を深く折るだろうし、
避けられなかったので在れば、羽根の様に華奢な姿態を支えんと、腕を伸ばすだろう。
何方にせよ、確と令嬢の姿を見止めた執事風貌は低い声音で、次にはこんな事を口にする。

「――…ヘリオトロープ様…、で御座いますね。」

疑問符の付かない、確証を持った問い掛けを。

ヘリオトロープ > 余計な思考は今は無用だった。異質な物に対する恐怖よりも
文字通り声の主達が此方の姿を見出すより先に、自身が隠れる事の方が優先、
であると今はそう判断し、茂みに柔らかな布地の端が裂かれるのも気にせず。

細かく角を折れ曲がるのは彼等からの死角を作り出す為。
直線路を避ければ少しだけ、結果遠回りになったのかもしれない。
後少しで塔。其処で、貴人の言葉が過ぎる。
“ …あそこには、幽霊が ”

逸れた思考は見事に、視界への注意力を散らし、
足許に塔とは違う影法師が生まれ出て居る事も、気付かせず。
咄嗟の衝突は避けられたかもしれない。
けれど、制止に負荷をかけた事で、何れにせよ
酷使させた華奢な靴の踵の片方が折れて、此方の姿勢が崩れた。

名を、奇妙に確かな声色で紡ぐ男性に目を瞠るのも短い間。
風に乗る小さな人の声に怯えた様に背筋を震わせると、
己が逃れて来た方を振り返り、彼の言葉も遮った。

「 っ…此処を離れて下さい、今すぐ。わたくし、…行かなくては。 」