2018/07/16 のログ
ご案内:「魔族の国 古城」にルナドールさんが現れました。
ルナドール > ――――――目覚めると、其処は己の『生まれた場所』では無かった。

或いは、同じ建物の何処か別の場所なのかも知れない。
仄暗く湿った、苦い罪の香りが充満した小部屋の真ん中、
真っ白い寝台の上しか知らずに育った己の『世界』は余りにも狭く、
今、己が座らされている肘掛け椅子のある場所が何処なのか、
先刻まで己の額に、頬に触れていた『あるじさま』が何処に居るのか、
――――――何ひとつ、想像することすら叶わない。

《さあ、お前の番だよ》

『あるじさま』は確か、最後にそう言っていた。
華奢な体躯が深く沈んでしまいそうな此の椅子の他には、
調度の類も、天井も、壁も、何もかもが薄汚れて崩れかけた――――
此の部屋が、其れでは己に与えられた『最初の場所』なのだろうか。
かつて、共に育てられていた数多の『人形』たちの様に、
己もまた、『あるじさま』に素敵な『ユメ』を見せる為、
歩き出さねばならない、のだろうか。

己の意志では動かしたことも無かった身体の感覚を、
ひとつ、ひとつ、確かめる為の行為。
瞬きをひとつふたつ、声も出さずにくちびるを開き、閉ざし、
膝の上に揃えた手の指先を、そっと曲げては伸ばして。

何の飾り気も無い、白い膝丈のワンピースから覗く素足を、
ゆうらり、ゆうらりと。
そうしてやっと、呼吸することを思い出し―――――

「……あるじ、さま……」

初めて発した声は、細く、甘く、薄闇を震わせた。

ルナドール > 呼びかける意図すら持たない、幽けき声音に応じるものは、無く。

己は捨てられたのだろうか、或いは此処から始めよ、という、
『あるじさま』の意向であったろうか。

暫くじっと座していたけれど、迎えが来ないのであれば、
未だふらふらと頼り無い四肢を動かし、自ら背筋を伸ばして、
歩き出すより他に道は無い。
己はそうする様にと作られたものであるし、
動き、歩き、何処かへ辿り着かねば――――『ユメ』で頭を満たさなければ、
『あるじさま』のもとへ帰ることも叶わない。
其れだけははっきりと、頭に刻みつけられた『約束』だった。

そろり、伸ばした足が硬くざらつく床を捉える。
僅かな刺激――――『痛み』というものだと、以前教えられた――――を感じつつも、
足裏へ力を込め、膝を伸ばし、腰を浮かせて立ち上がる。

覚束無げな深呼吸を、ひとつ。ふたつ。
そうしてゆるりと頭を巡らせ、己を取り囲む煤けた部屋の有り様を、
確かめる様に眺め――――――音を、聞く。
割れた窓から入り込む、生温い風の音を。

ルナドール > 一歩、踏み出せば其れだけで、大きくぐらついてしまう脆弱さ。
『其れ』を何処かで『見て』いたのだろうか、
動き出したばかりの身体が、不意に、見えぬ何かに囚われた。
真綿の様な柔らかさ、甘えることを強いる仄かな暖かさ。

かくん、と膝が折れ、其の場に崩れ落ちるやに見えた身体は、
『何か』に包まれ、攫われ、靄の中に取り込まれて消える。

《もう少し、調整が必要か――――》

微睡む己の耳に、そんな声が聞こえたのは錯覚か、其れとも――――――。

ご案内:「魔族の国 古城」からルナドールさんが去りました。