2021/08/02 のログ
ご案内:「北方帝国シェンヤン「八卦山」」にカシマールさんが現れました。
カシマール > マグ・メールから遥か遥か彼方、帝国シェンヤンの広大な領土を歩ききり、彼女はこの八卦山の麓に立っていた。
財産をはたいてリュックにパンパンに詰め込んだ長旅の装備も、だいぶ使い尽くしてその中身は若干さみしい。
あの帝国を化け物に近い自分が歩くには、人間として潜り込むしかないからだ。
そんな無謀な特攻をしたのは何故か?
問われることに意味はない、登山家は山があるから山に登るのだ。
旅人がそりゃもうすげー場所があると聞いて、そこに足が向かない理由はない。

「すぅー……ふー……ぁ~、落ち着く……ここならこわーいのに睨まれることもないしねえ……」

深呼吸をすれば、邪気が体に入り込む。
吸い込みすぎれば、触手の理性が効かなくなるだろうが、体の中の一本二本くらい暴れても残りで抑えりゃよいだろう。
来た道を振り返れば、真昼間だというのに薄暗く気味が悪い。山頂に視線を移せば、霧に紛れて何も見えぬ。
ただ濃厚な邪悪の気配が絡みついてくる。
さあ、攻略対象は踏み入っては帰れぬ、霊峰か邪峰か八卦山、山頂に何があるのか拝みに行ってやろうではないですか。
すっかりすり減った革靴で一歩を踏みしめ、彼女は霧の中へと歩みを進めた

カシマール > で、意気揚々と歩みを進めて十五分後。
まさしく今は五里霧中である、ゴリゴリ夢中になって進んでも案の定迷って霧の中で少女は立ち往生していた。
長旅で鍛えた技術のひとつで、どんな真っ暗闇でも、どこであろうとも何となく北の方角は分かる。
その勘がここに入ってから全く機能してくれない。腕一本を触手に変えてめいいっぱい上に延ばしてみても、ただ深い霧といくつかの峰が見えるだけ。

「目印になるモンでもあればなあ……」

せめてまた歩いて上るルートはあぶりだせるのに、と、一旦触手を戻して、また鼻歌交じりにふんふんと霧の中を歩きだす。
足を踏み出す前に服のすそから出した触手でぺしぺしと地面をたたくのは、崖とか穴とかに足をとられないようにである。
まあ霧の中でそんな音を立てているものだから、めっぽう目立つが彼女は特に気にしてないようで。

「ふんふーん、はーっなに嵐のたっとえもあーるぞーさーよなっらだっけがー、じーんせいだー、っと」

ふらり立ち寄った町で聞いた、有名らしい歌にてきとーなリズムをつけて口ずさむ声が、しばしば霧の中に響いて。

カシマール > ゆらり、と霧の向こうで何かが揺らめいた気配がした。そちらに目を向ければ、霧の向こうにうっすらと去っていく影が見える。
当然、この山に巣くっているのは人間ではない。その人間を喰うたぐいの化け物の類が勢揃いである。
けれど彼女は特に物おじせず、その影を追うことに決めたようだった。

「あ、ちょっと!! 待ってくださーい!! 聞きたいことがー!!」

声をかけても足早にその影が去っていく、追いかける、追いかける。
慎重に歩みを進めていたはずの足は、いつのまにかその速度を増していた。もう少し、あと少し、ずさんに踏み出した足がつくはずの地面がない。
ぐらり、と少女の体が大きく揺れる。
眼前に迫ったのは、霧の向こうから突き出た無数の巨大な牙。洞窟のような喉は、少女5人をゆうに丸のみにできるだろう。
あ、これ、見たことある、チョウチンアンコウ? お誘いされた?
体勢を立て直そうと、右手の触手を後ろへと伸ばす。だが、つかめるものが……何も…………

カシマール > 瞬間、ばぐん、と巨大な牙が、喉が、少女の身体を飲み込んだ。
伸ばしていたはずの触手が牙に挟まれてちぎれ、地面に転がってびちびちとのたうつ。
それからしばらく、霧の向こうでは、爆ぜる音、千切れる音、強く肉が打ち付けられる音……明らかな戦闘の音が響いていたが、
それも日が落ちるころにはなくなって、後にはしんとした霧が残るだけ。


……

「あんなの居たんだ……話せる魔物を釣れたらと思ったのになあ……あのルートはダメだねえ―」

ところ変わって、九龍山脈の街道奥。
今はもう使われていない盗賊のアジトからのそのそと這い出してきて、少女は一人ため息をついた。
触手を半分も使ったのに全部化物魚の餌になって、得られたものはろくになし。ルート構築などまた夢の夢である。
装備がロストで財布にも痛ければ、体力的にも精神的にものすごく痛い。
しゃーなし、古巣に戻りますかと、日も暮れた山脈を彼女はとぼとぼと降りていくのだった―

ご案内:「北方帝国シェンヤン「八卦山」」からカシマールさんが去りました。