2023/04/22 のログ
ご案内:「タナール砦」にアロガンさんが現れました。
■アロガン > タナール砦。
魔族領に最も近く、魔族と人間の戦の最前線となる砦。
人間の砦である時もあれば、魔族の砦の時もある。そんな風に奪い奪われを繰り返し、戦火を交える音が高い頻度で聞こえてくる。
────今現在、この砦は人間側のものにある。
魔物や魔獣への警戒は勿論、魔族の攻撃に備えて常に篝火を絶やさず、哨戒の数も多く配置され、戦への備えが進められている。
人間の兵士とて常に万全の状態でいるわけではない。
ましてや高位魔族や、王位クラスの魔族相手になればどれだけ数がいても足りないだろう。
故に、前線へと投下される中には、当然奴隷がいる。
獣の耳に尾を持つ、この土地の先住民たるミレー族は今でこそ迫害の憂き目に合い、その多くが奴隷として扱われているが、高い身体能力と潜在する魔力を持つことから、アイオーンの加護がわずかにでも残るこの土地の戦場において、かの神を信仰し続けている彼らの中には、雑兵から抜きんでている者もいる。
そして、そんなミレー族の奴隷が一人、その戦場にいた。
場所は砦の外の鬱蒼とした雑木林の中。
奴隷の証である首輪がついてる以外は、兵士とそう変わらない風体だ。
獲物である槍をその手に持つ長躯、ざんばらな灰銀の髪を邪魔にならないよう一つに束ね、切れ長の灰の双眸を雄々しく細めて徘徊する先兵らしき影の魔物と対峙している。
「……────ふっ!」
男────アロガンは優れた動体視力で魔物の攻撃をいなし、熟練と思わせる槍捌きで難なく魔物を突き伏せた。
暗い血を噴き出しながら絶命した魔物から槍を引き、息を整える。
アロガンの今の"任務"は、タナール砦への参戦だ。
表向きは奴隷兵として哨戒任務への参加。
その裏には、いくつかの任務を"アバリシア"から命じられている。
砦への潜入、諜報、そして"商品"となる魔族、ないしは珍しい種族の確保。
果たしていくつそれを満たせるか、槍を振って背に戻しながらアロガンは重く息を吐いた。
■アロガン > 砦の周辺にいた魔物を粗方削り終えた頃。
アロガンは目を伏せて、頭部から生える獣耳をぴんと立てて、音に耳を澄ました。
風に揺れる木々の揺れる音の中に、異質なものが混じってはいないか。
魔族が使役する魔物などは、影やテンタクルなどの不定形なものから獣や草木めいたもの、死人や小鬼といった異形のものまで様々だが、アロガンにとって形が合って殴り飛ばせるものは然程脅威ではない。
それでも音が届く範囲に異常がなければ、哨戒を続けてから報告の為に砦へ戻る心算だが。
「……嫌な風だな」
生温い風。季節のそれとは違う、雨の気配。
遠くない内に雨が降るだろうなという予想と、尻尾の据わりが悪いような落ち着かない感覚。
第六感というべきか。何かが来ている────何かが来る、という漠然とした予感。
一先ず、砦をぐるりと巡るように敷かれている哨戒経路の巡回を続ける為に歩き出した。
ご案内:「タナール砦」にナナカマドさんが現れました。
■ナナカマド > 戦場に吹く風は生温い。天候も風に吹かれた雲が集って曇天模様をなしている。
砦からそう離れても居ない、哨戒経路。
その途上で一人の人影が魔物に取り囲まれていた。
年の頃は十代前半、ただしピンとたった尖り耳が、人間とは違う種族であることを示している。
砦にはいる途中の道に、魔物の群れに遭遇して立ち往生をしているといったところか。
両手には背丈と同じぐらいのナナカマドの杖を持っているものの、それで魔物たちをなぎ倒す気配もなく。
明らかに分が悪そうな様子で、精霊たちを操っては最低限の攻防を繰り広げている様子だ。
アロガンの姿を遠目に見つけると、敵か味方か逡巡するように目を眇め
ミレーであることがわかれば、助けを乞うように視線を送った。
■アロガン > 生温い風が吹き抜ける先で、戦闘の気配を聞き取ったアロガンは自然と地面を強く蹴って駆け出した。
背から流れるように槍を手に持ち、木の根や草木といった悪路も介さず走る姿は奔る獣にも似て、髪や尾を後へ揺らしていたか。
やがて遠目にも見えた先には、魔物と対峙する人物がいた。
同じく哨戒の奴隷兵かと思えば、身なりや背丈からして砦の兵士とは異なる姿に怪訝そうに眉を顰める。
魔物を前に攻防する姿は術士か。複数の魔物相手に捌き切れているようには見えないが────走り抜ける中でも、向けられた救援を乞うような視線を、アロガンの動体視力は捉えた。
────足は止めることなく、十秒もかからず戦闘へと介入した。
走り抜ける勢いのままに、槍を回転させて薙ぎ払うように小柄な彼──あるいは彼女か──の前にいくらかいる魔物を払い飛ばし、注意を引く。
そのまま挟撃するように魔物を中心にして、続けざまに脳天を狙う突き──からの振り抜くような叩きつけ。
いくらか魔物の意識は、アロガンへと向けられただろう。
「────戦えるなら続けろ、負傷しているなら下がれ」
相手が誰かはわからないが、それは終わってから問いただせばいいだろう。
短く、助けを乞うたナナカマドの杖を持つ人物へと告げて、アロガンは襲い来る魔物をいなして、躊躇なく叩き潰した。
■ナナカマド > 屈強な狼のミレーが狩りをするかのごとく戦場に飛び込み、
その短槍で魔物たちをなぎ倒し、注意を引けば戦場の主役は彼になる。
すぐさま魔物たちは警戒するようにアロガンを取り囲み、唸り声をあげて彼に飛びかかる。
しかしそれは訓練された兵士のものではなく、ただただ野生の動物と同じ衝動に任せた戦い方だ。
手慣れたアロガンの見事な槍さばきと戦い方に、ぱちりとナナカマドの瞳が瞬き丸くなる。
この人は強い、と肌で感じると彼を孤立させないように立ち回りを変えて、援護の体勢に移る。
「た、戦えますっ!」
短い言葉に、なるべく気勢を上げて答えると、杖を掲げ自然の精霊に助けを乞う。
曇天の天気が戦場を中心に渦を巻き、冷気と雨粒をもたらす。
しかし不思議なことにその荒れた天気は、魔物たちの場所だけに的確に降るだけであり、
アロガンやナナカマドの身には何一つ影響を及ぼさない。
霧や冷気、激しい雨粒で困惑する魔物たちは、戸惑いスキを見せるだろう。
■アロガン > アロガンの持つ槍は通常のそれより短い手槍と呼ばれる武器種。
室内で扱うことを主目的としたそれを、屋外かつ長躯のアロガンが持つには大分不釣り合いに見えるだろう。
本来の槍が持つリーチの優位性もなく、接近して短い刃を突きつけ、柄で殴り払う戦い方は、いっそ剣を持っていた方が適切ですらある。
そんな不利な状況においても、アロガンの持つミレー族の血と魔力による強化された高い身体能力で補われている。
戦える、と応じた声は高く、幼さを感じさせるものだった。
すぐさま空気に変化が生じて、魔力による魔術とは異なる力が発露するのを肌で感じる。
ひやりとした空気に雨粒。しかし、アロガンの肌も髪も濡れることはなく、風は生温く吹き抜けるだけだった。
自然の妨害を受け、怯み、戸惑う隙を見逃すこともなく一体、また一体と接敵した魔物を貫き、切り払い、地面に叩きつけて槍を突き立てる。
迫る攻撃を最小限の動きで躱しながら確実に数を削っていき、槍が貫く音と同時に最後の一体が消滅する。
アロガン自身も暗く澱んだ魔物の返り血を浴びながら、槍についたそれを払うように振り、周囲を見渡した。
「……他に敵はいないようだな」
魔物の気配は完全に消えた。
改めて、アロガンは視線を向けて、小柄な術士を無表情のまま見下ろした。
「────それで? お前は一体何者だ?」
■ナナカマド > 恐ろしい魔物に怯みもせず、一見不利に見える短い槍を次々と振るい、
的確に魔物を倒していくミレーの戦士。
ナナカマドの援護など、最初から必要なかったのではないかと言うほどの強さを見せつける彼に、息をのみながら
そうして最後の一体が屠られると、ようやくナナカマドは安堵のため息をついた。
即座に天候は再び曇天に変わり、雨はすっとひいていく。
鋭い視線がこちらを見下ろすのに、ほっとしたため息をつんのめるように引っ込めて
「は、はいっ……!」と背筋を伸ばした。
「あ、あの、危ないところを助けてくださって、ありがとうございました。
えっと、わたくしは、ナナカマドと申します」
ぺこりと小さな頭を下げて、深々と礼儀正しく感謝を伝える。
「タナール砦に治癒術士が足りないと冒険者ギルドから依頼を承りまして、
今から赴くところでした。
……その、お怪我はありませんか?」
どうやら魔物の返り血を浴びたアロガンを窺うように見つめて、
その血に紛れてどこか怪我でもしていないかと尋ねる。
■アロガン > 顔についた泥のような血を雑に拭いながら、改めて目の前にいる術士を頭から足まで見る。
金の髪に、整った幼さを残る顔立ちは中性的で、成長期も来ていないような少年にも少女にも見える姿から性別が判断しづらい。
そういう時は匂いで確かめるのだが、不思議なことに礼儀正しく名乗ったこの術士──ナナカマドからは雄と雌、両方の特有の匂いがする。
血のせいで判別できないだけかと、鼻のあたりを擦って一先ず性別については横に置いた。
「冒険者ギルド……お前は冒険者なのか?」
先ほどの様子から見れば確かに前線で戦うのではなく後方支援の術士だと理解はできる。
そしてその特徴的な尖った耳は、人間ではない者の証。
だとすれば、外見と中身の年齢は必ずしも比例するものではないかと判断し、頷いた。
冒険者ギルドからの増援がくることなど末端の奴隷兵であるアロガンには届いていないので、変装した魔族ということも考えられなくはないが、ともう一度ナナカマドを見下ろして。
アロガンは顎に手をあててざり、と髭を擦りつつ思案した。
──此方のもう一つの仕事。砦の内部へ入る手段としては、打ってつけか、と。
「怪我の心配は不要だ。それより、砦まで一緒に行かせて貰うぞ。
俺は末端兵だが、救援が来るとは聞いていない。それもこんな危険な場所に一人で。
連絡が届いてない奴もいるだろう。砦の将兵に取り次ぐから、後はそこで確認してくれ」
そう告げて、砦の方へ促す。
入口となる場所はそう遠くはないだろう。
ついて来い、と言うように、アロガンは踵を返して歩き出した。
■ナナカマド > 「は、はい。ナナは……わたくしは、一応冒険者としてギルドに登録されております」
訝しげにこちらを見つめるアロガンの鋭い瞳に、いつも以上に背筋を伸ばして
なるべく悪印象を与えぬように答える。
と、どうやら彼もまた砦の末端の兵士であるらしく(そうでなければとても助太刀などしてくれなかっただろう)
ともに砦に行こうと申し出てくれれば、安堵して微笑んだ。
「ありがとうございます、ミレーのお方。
実は救援の部隊は昨日一団が着いたはずなのですが……
その、ナナは……方向を見失って、到着が遅れて……」
あまり方向音痴を自分で認めたくないのだろうか、言葉尻を濁して
もじもじと恥ずかしそうにつぶやくと、アロガンの大股な歩行になるべく必死についていく。
「お怪我がなくて何よりでした。
その、お名前をお聞きしてもいいですか?」
先程の武勇、さぞかし名前のある武将か兵士ではないかしらと思って。
すぐに二人の前に砦の門が見えてくるだろう。今は警戒の兵士が立ち並び、門は固く閉ざされているはずで。
■アロガン > 子供のような純真さを覗かせる表情の変化に、実は本当に子供なのでは? という思考が一瞬過ったが、だからと言ってアロガンにできることは何もない。
案内すると言って砦まで連れていくことぐらいだ。
砦までの道を歩きながら、続けて名前を問うてくることに怪訝そうにする。
「俺は奴隷兵だ。名など知る必要はないだろう」
見て分からなかったのか、とアロガンは首についている黒の首輪を指で示す。
二百年という長い年月、ミレー族が人間に迫害されているのは事実としてある社会情勢だ。
奴隷兵に名を聞く者はこの砦にはいないし、アロガン自身も自ら名乗るということをしない。
その為、名乗る必要性を感じない、という冷淡な返答となっただろう。
────やがて見えてきた砦の門。
そこを警備する兵が二人を見て怪訝そうな顔をした。
片や血まみれのミレー族の奴隷兵、片や戦場にはやや不釣り合いな子供の術士。
案の定「止まれ」と、アロガンの持つ短い槍とは異なる正規の長槍を向けられるだろう。
「──昨日到着した冒険者の救援部隊からはぐれた治癒術士だそうです。確認を」
アロガンが説明すれば、兵士の胡乱な視線が向けられる。
救援部隊のことは知っていたのかもしれないが、些か信じがたいというような視線が不躾に、ナナカマドへとぶつけられるだろう。
■ナナカマド > アロガンの首に巻かれた黒の首輪、それを彼が指し示すも
ナナカマドのほうはきょとんとした顔でそれを見つめる。
物珍しそうに首輪を見るも、それが何を指し示すのかどうやら本当に理解していないようだ。
ただ、彼が己を奴隷兵と言えば、そこに困惑の表情が加わる。
ミレー族が人間に迫害され、時折奴隷の身分として使われていることはいかな世間知らずのナナカマドとて理解しては居た。
しかし実際に奴隷のミレー族と接することはなく、改めて彼がそうであるとわかると、困惑を受けたようだった。
二の句が継げないまま、砦の門で衛兵に槍を突きつけられて、身分を改められる。
衛兵に名前を問われ、「ナナカマドです」と答えると、しばし待たされて冒険者の部隊の名簿を確かめられる。
名簿の中に確かにエルフのナナカマドの名前が刻まれているのを認めると、横柄な態度で兵士は二人を砦に通した。
ホッとした様子で門をくぐり終え、砦の忙しない様子にきょろきょろと落ち着かなさそうに周囲を見渡す。
「あの……」
再びアロガンへと言葉をかけたナナカマドが言いづらそうに、
しかしきゅ、と手を握りしめて顔を上げれば毅然とした態度で彼へ問いかける。
「あなたが奴隷とは知らず、とんだ失礼をいたしました。
ですが、わたくしはあなたの主でもなければ迫害の心を持って接しているわけでもありません。
ただ、命を救っていただいた方へ恩知らずなエルフとして振る舞いたくないのです。
もし、お名前がありましたらどうかお教えいただけないでしょうか?
なにかわたくしに不躾なことがありましたらこれ以上はお尋ねいたしません」
■アロガン > 首輪を見ても察するところがなかったようだが、奴隷兵と知って困惑する様子を見ればあまり世間を知らないように見えた。
いつ悪い人間に騙され、その細い首にもアロガンと同じ輪が嵌められるか。エルフというなら猶更、その長寿と神秘性、見目の良い外見に金を積みたがる貴族もいるだろう。
想像してしまい不愉快な心地になる。彼がそういう境遇に堕ちることにというよりは、そう言った腐った社会情勢に対してと、己の今の境遇の原因に対して連動して思い出してしまったことだが。
顔を背けていたので、その不機嫌そうな顔は見えなかった筈だ。尾は、多少不機嫌そうに揺れただろうが。
確認を取り、横柄な態度で通されて砦の中に入る。
一先ず向かうのは将兵達が軍議する詰め所近くか。そこならば将兵に近しい兵に指示を仰げるだろう。
砦内部の構造は事前に調べてきたが、魔族との奪い合いによって破壊されたり補修や拡張で常々変化しているので、あまり宛てにもなりそうもないが。
篝火のトーチが壁に掛けられ照明代わりになっている廊下を歩く。
ぽつぽつと、ちょうど雨も降り始めてきたようだ。雨の匂いと音がする。
周囲にあまり人がいない中で声を掛けられて、アロガンは足を止めてナナカマドに振り向いた。
歩く速度が速かったかと思ったが、そうではないようで。
毅然とした様子で言葉を紡ぐソプラノに、アロガンは最後まで口を挟むことなく聞き届ける。
その言葉の意味をかみ砕いて、理解して、無表情のまま怪訝そうに眉間に皺を刻んだが、再び顎に手を添えて思案する姿勢で。
「そもそも奴隷にそこまで礼儀正しくする必要もないが……まあ、良い。それがエルフの主義主張だというのであれば、頑なになるのも無礼というものだ」
渇いた魔物の血に汚れた状態の己を見ても恐れるでもなく迫害の意思をもつわけでもなく、礼儀を尽くそうというのなら無下にするのは失礼だろう。
改めて向き直り、膝をついて見下ろしていた視線から目線を合わせて、変わらぬ無表情のまま告げる。
「────アロガン。傲慢のアロガンだ。呼び名がいるならそう呼ぶといい」
奴隷にしては似つかわしくない通称だが、そこまでを語るつもりはない。
切れ長の灰色の双眸がナナカマドの榛色の大きな瞳をまっすぐ見据えて、名を告げた。
それを終えれば再び立ち上がり、行くぞ、と告げて歩き出す。
■ナナカマド > 視線を落として、とことことアロガンの後ろを着いていたものだから
自然と視線が彼の豊かな尾っぽに注がれる。
注視していた訳では無いが、その尾がなんだか不服そうな揺れ方をするので、
なにか自分がしでかしてしまったかとおっかなびっくりしていた。
砦の内部はどこも息苦しく、剣呑な雰囲気が廊下にまで充満しているような気がした。
尖り耳に届く雨のかすかな音、ぴくりと耳が動く。
不意に人が周囲に居ないところでアロガンが立ち止まり、こちらに振り向くので
思わずナナカマドはぶつかりそうになってしまった。
一応自分では礼儀を尽くした言葉だったが、また何かやらかしてしまっただろうか。
彼の眉間に深く刻まれたシワに、少し焦る。
しかしこちらに向き直り、膝をついて視線を合わせてくれる様子に、どうやらそうではないとわかり、
彼の低いバリトンがゆっくりと言葉を告げる。
まっすぐ見つめられた灰色の鋭い瞳が、なんだか誠実で美しいものを観てしまったようでドキリとしてしまった。
「アロガン、さま───」
ようやく教えてもらった名前に、忘れぬようにつぶやいて、胸に手を当てた。
篝火に揺れる室内で、どれだけ表情が見えるかわからないが、
ナナカマドは外見の年相応にぱぁと顔を明るくして、アロガンへ微笑んだ。
「ありがとうございます、アロガンさま。
改めて助けていただいて、ありがとうございました」
そうして再び歩き始めた彼に遅れぬようについていく。
■アロガン > 「奴隷に"さま"をつけるな、馬鹿者」
教えた名を噛みしめるように繰り返すナナカマドの表情を見ながら、苦く思う。
奴隷にさま付けとは。一体どんな育ち方をしたらそうなるんだ。
この子はおそらく、その純真さから人もミレーも他の種族も、差別もなく平等にそう接するのだろう。仮に、あの場でナナカマドを助けたのがアロガンではなかったとしても助けたその誰かに、礼を尽くすと。
そういう性質なのだろう。年相応に、明るい微笑みを見せるエルフに、アロガンは眩しいものをみるように双眸を細めて、ため息を吐いた。
「礼はもう受け取った。呼び捨てに出来ないのなら"さん"にしろ。奴隷に"さま"は不愉快だ」
言葉の当たりが強く、突き放すような言い方になるのは、説得などではなく有無を言わせぬ為だ。
治癒術士が、最前線で多く傷を受けるだろう奴隷兵と親し気にさま付け呼びしていれば軋轢が生まれやすい。
ただでさえ戦場では緊張状態が続く。些細な事で目を付けられ、変な因縁をつけられては堪らない。
────己も、この子も。
歩き出し、細く狭い階段を上がり、上部にある軍議室のある階に入ったところで、警備兵に再び止められた。
門番よりも上質な鎧を纏い、明らかに軍の中でも上位に近しい権力を持っているであろう男だ。
露骨に不愉快そうな顔をしていた警備兵は汚らわしそうにアロガンを見て「獣の奴隷が何故ここにいる」と咎めるような強い口調で問い詰める。
門でしたのと同じ説明をすれば、警備兵の男がアロガンの肩を押しのけて突き飛ばし、ナナカマドの顎を掴んで上向けさせる。
その目は酷く濁って汚らわしく、美しい装飾品でも品定めするようにねっとりと絡みつくような視線でナナカマドを見ているだろう。
■ナナカマド > 敬称をつけたことに不愉快だと言われると、慌てて口元を押さえた。
出過ぎたマネだっただろうか、けれど”さん”付は許されるとほっと安堵して再び薄く微笑む。
有無を許さぬ強い口調ではあるけれど、それは決して不愉快という感情だけの問題ではなく
いろいろな社会情勢や政治情勢を鑑みた結果の教えであることが伝わった。
「はい、アロガン”さん”」
にっこり微笑んで言い直すと、自然と砦の廊下を歩く足も軽やかなものになった。
上階へとたどり着いた後、再び警備兵に呼び止められた二人。
物々しい上鎧をまとった警備兵が異種族のちぐはぐな二人を見て、値踏みするように睨む。
アロガンと警備兵のやり取りをドキドキしながら見守っていると、不意にアロガンは肩を押されて突き飛ばすように、
警備兵がナナカマドへとずかずか歩み寄って、その顎を掴み上げ上向けた。
突然のことに戸惑い、目を丸く見開くも、なるべくその視線に飲まれないようにナナカマドはじっと相手を見つめ返す。
視線の良し悪しは分からないが先程のアロガンの真っ直ぐな瞳とは全く違う、淀んだ瞳に、ナナカマドはぶるりと震えてしまった。
しばしねっとりとした視線が自分の顔を眺め回すのに、細い声で「あの……」と申し立てる。
「わたくし、治癒術士の件で……ここに派遣されたのですが……」
警備兵はつまらなさそうに『ああ』とつぶやいてようやっと顎を離した。
『通ってよし、ただし粗相の無いように』
ふん、とアロガンに顎をシャクって室内へと通した。
そそくさとナナカマドは、アロガンの影に隠れて室内に急いではいる。
■アロガン > 意図が伝わったかどうかはさておき、聞き分けの良い反応を返されればそれ以上は何も言うまい。
俯いてついてきていた時とは違って軽やかになった足取りに、彼が何を思ったかはわからないが一先ずは砦の安全な場所までを目指す。
たどり着いた場で、事情を報告したアロガンは突き飛ばして来た警備兵の後頭部を冷たく、鋭く睨みつけていたが、ナナカマドとのやり取りが終わった後には目を伏せていつもの無表情に戻っていた。
顎をしゃくって軍議室へと通される。
正直此処まで入れるのは予想外であったが、今は軍議もなく数名の将兵たちが顔を突き合わせて陣形や戦略を見直し、兵の配置などを検討しているようだ。
魔族との攻防戦に長けた者が多いのだろう、物々しい雰囲気の中で向けられる視線がアロガンとナナカマドへと向けられ、此処でも同じようにミレー族であるアロガンは険しい視線を受けることになったが。
さすがに分別のつかぬような腐食した様子もない将兵の一人が「何用か」と問い、アロガンが敬礼をしてから三度目となる説明と報告をする。
「砦外周の哨戒任務の檻に、昨日来られた冒険者の救援部隊からはぐれて外部に取り残されたという治癒術士のナナカマド様をお連れしました。救援部隊の詳細を知らぬ為指示をお願い致します」
門番の時よりは丁寧であっただろう。
視線はアロガンの影から横へと並び立つナナカマドへ向けられ、すぐに理解が得られたというように「砦の西側にある宿舎施設へ行くように。そこに他の者も待機している」と指示を出した。
他にも二、三と将兵へ哨戒報告をした後、武器の交換と湯を使う許可を得て、深く礼をした後に踵を返して軍議室を出る。
扉の外では警備兵が変わらず不機嫌そうに睨んでくるのを横目に階下へ下り、アロガンはナナカマドへと肩越しに振り向いて問を掛けて。
「……念のために聞くが、西側の宿舎施設はわかるか?」
砦の構造を知っているとも思えないのと、方向音痴を匂わせていたことを思い出して、アロガンは案内がいるかどうかを尋ねた。
■ナナカマド > 流石にナナカマドも、将兵たちが詰めている場所に入ったことはない。
物々しいツワモノたちが、鋭くこちらを睨んでくる視線に、すこしビクついてしまったが、
横にアロガンが立っていてくれるため少しは堂々と出来た、気がする……。
とは言え、人間種族の多い中に異種族二人はあまり歓迎されている雰囲気はない。
その中でもアロガンは常々落ち着き、堂々とした応対をする。幼心ながらに感心してしまった。
簡潔な指示をもらい、アロガンの用件も済んだところで、こくこくと頷くだけであったナナカマドは
ぺこりと頭を下げて場を辞した。
警備兵のねっとりとした視線をアロガンの影に隠れてやり過ごし、階下に降りてようやくホッとした。
しかし別の問題が浮上する。
初めて訪れた砦内部は迷路のように入り組んでおり、到底西側の宿舎施設などがわかるはずもない。
問いかけられるままに顔を青ざめさせて、不安そうにアロガンを見上げた。
「あ、あの、アロガンさんがご迷惑でなければ、案内してもらえませんか……?」
ぎゅ、と両手で杖を握って、すがるように声を上げてしまう。
無論、断られれば自分で何とかするつもりではあるが……。
■アロガン > 問いへの答えは非常にわかりやすく、アロガンは息を吐いて否定に軽く手を添えた。
入り組んだ砦の造りを一度で理解しろとは言い難い。アロガンとて事前の予備知識ありきでやってきているのだから、責めるつもりもない。
「構わん、乗り掛かった舟だ」
短くそう告げれば、不安そうに表情を蒼褪めさせていたナナカマドに「ついてこい」と促して、再び歩き出す。
アロガンとしてもナナカマドを案内するという名目があれば、巡回する警備兵に咎められることなく砦内を歩きやすくなる。
「暫くは砦に滞在するのだろう。いつ何時、魔族が攻め入るかわからない場所だ。全部とは言わずとも砦内の要所の場所と、退路はしっかり確認しておくと良い」
そう言いながら、一階まで下って、最初に通った廊下とは別の廊下を歩いていく。
雨粒の音が次第に大きくなっていることから、外はそこそこ風の強い横殴りの雨になっているだろう。
時折部屋の前の扉の横の壁に触れたり、行き交う兵士に道を譲ったりしながらいくつか曲がりくねった廊下を歩むも、どこも似たような造りなので分かりづらさはあるかもしれない。
やがて西側の宿舎前へ到着すれば、ナナカマドにとっても見覚えのある者たちが忙しなく行き来しているのが見えるかもしれない。
有事の際は救護室代わりにもなるが、今も魔物との戦いで負傷した兵士の治療が行われているようだ。
「ここまでくれば大丈夫だろう」
改めて振り向き、その先を示す。
冒険者の救援部隊、そのうちの彼以外の治癒術士も働いている。
ここで案内は終わりだというように、ナナカマドを見下ろす。
■ナナカマド > 案内してもらえるとわかると再度の安堵が表情に表れる。
口調こそ必要最低限で、冷淡なところもあるが、アロガンは悪い人ではない。
そもそも悪人であったなら、自分を助けることさえなかっただろう。
砦の要所の場所と退路について言われれば、たしかにと頷いた。
「はい、わかりました」
とはいえ返事だけは威勢がよくてもどうにも砦というのはあくまで戦場の拠点ということもあって
どこの作りも厳しく、似たような場所ばかりである。
さっそくといってはなんだが、曲がりくねった廊下を数個過ぎただけでナナカマドの頭は混乱しているようであった。
しかしアロガンの歩みは確かなもので、しっかりと西側の宿舎前へとたどり着いていた。
そこには見覚えのある冒険者たちや、救護している衛生兵などの姿が行き交っていった。
「あ、ありがとうございます!迷わなくて、済みました」
あからさまにホッとしてしまった様子で胸をなでおろす。
けれどそれは同時にアロガンとの短い同行も終わるということ。
至極名残惜しく、寂しい気持ちに襲われるが、それでもアロガンにはアロガンの仕事があるだろう。
引き止めてしまうのも悪い気がして、「ここまでで大丈夫です」と自分から言った。
「……アロガンさんもしばらくここに逗留しますか?
また……お会いできますか?」
恥ずかしそうにうつむいて、まるで子供みたいなことを尋ねてしまう。
■アロガン > 案内の例を受け取り、ここまでで大丈夫だという言葉を聞けば、黙って頷いた。
その後続いた問いかけには、灰色の双眸を細めて息を吐く。
「そう長居はしない。俺は正規兵じゃないからな」
そもそも数合わせの奴隷兵。その中でも自分はとある組織から別の目的がこの砦にやってきている。
文字通り、正規兵ではないので"仕事"が終われば王都へと戻るだろう。
それは救援部隊であるナナカマドたちも同じ筈だ。
王都からの増援が来るまでの繋ぎ────とはいえ、魔族がそれを待って攻め込んでこないということもないだろうから、戦いになれば、互いにどうなるかは分からぬ身だ。
渇いた魔物の血で汚れた手袋を外してから、俯いたナナカマドの頭に手を置いて軽く撫ぜる。
普段はこんなことはしないが、子供のような外見の、その幼さを思わせる言動につられてしまったか。
────少しばかり、故郷の弟の幼い頃を思い出した。よく、弟にも同じことをしていたから。
「また会うとすれば、俺が負傷した時だ」
果たせるかわからない約束はしない。ここは戦場、魔族との戦場の最前線だ。
治癒術士と奴隷兵。気軽に会うことが出来るものでもないし、ここには大勢の兵が詰めている。ナナカマドもすぐに忙しくなるだろう。
互いに何かしらの縁があるならば、また別の場所で別の形で再会することもあるかもしれない。今はまだ、その程度の縁だ。
手を引いてから、「じゃあな」と言って踵を返す。
特になにもなければ、アロガンは任務へ戻るし、彼もまたやるべき役割に従事することとなるだろう。
■ナナカマド > ナナカマドには具体的に奴隷兵という身分が、どれぐらいこの砦に滞在でき、
そしてどのような扱いを受けるのかはきちんとわかっていなかった。
だから、そう長居はしないと聞けば、彼とまた会える確率はすごく低いことがわかって、残念そうな表情になる。
しかしうつむいたその頭に、彼の手袋を外した大きな手のひらが置かれ、撫ぜられれば
再び顔を上げて、目を瞬かせた。
まるで子ども扱いのようなその撫ぜ方に、気恥ずかしさは残るものの
今まで冷淡であった態度のアロガンから触れてくれるとは思ってもおらず
自然となつくようにその手に自分の手を重ね、ぬくもりを伝えた。
彼の手が自然に降ろされると、なんだか胸の奥がホクホクと温かくなり
自然と今日何度目かになるほほえみを浮かべていた。
「はい、でもどうかご無事で」
自分は治癒術師で治療師ではあるものの、怪我は負わないに越したことはない。
何より自分を助けてくれた恩人が、怪我をするのは悲しい。
だから、ここではまた出会うことがない方が良いのだろう。
踵を返したアロガンの広い背中を見送りながら「ありがとうございました」と再度礼を述べる。
そうして次に会えるのはまた縁の糸が交わったときだろうか。
アロガンの姿が消えた頃、忙しそうな宿舎の中に、ナナカマドもまた消えていった。
ご案内:「タナール砦」からアロガンさんが去りました。
ご案内:「タナール砦」からナナカマドさんが去りました。