2021/11/29 のログ
ご案内:「タナール砦」にホウセンさんが現れました。
ホウセン > 空に浮かんだ月は細く、細く、数日を経れば新月になる頃合いで、夜道の明かりとしては心許ない。
されど、長期間に亘る『戦時』のせいで整備された軍事用の街道ともなれば、人工の明かりが闇を減殺させもしよう。
この夜、小さな妖仙が姿を現したのは、対魔族の最前線たる砦――の、攻略部隊の集まっている陣地。
現在、砦の領有は魔族側だ。

「嗚呼、この時間でも轍を外れる心配が無いのは僥倖じゃ。
 尤も、夜を徹してでも物資を供給せねばならぬという困窮具合も透けて見えようというものじゃが。」

中型の荷馬車二十台。
己の商会の物資納入に、思い付きで同伴した場違いな小童が一人。
『血の旅団』の一件で、『アスピダ』経由の補給が途絶えている影響で、多少の無理を通しても前線に物を送らなければならぬ。
その無理の対価は費用面に反映され、その話に妖仙が乗ったという図式。

ホウセン > 陣地と言っても、見たところ強固な防御陣地が構築されている訳でもない。
精々が簡素な柵で覆われた土地に、急ごしらえの陣幕やらテントやらが乱立しているだけ。
風聞によれば、砦の所有が変わったのがつい先日で、その激しさから魔族側が王国領に打って出てくることは考えにくいという観測があるらしい。
それ故に、再奪取の為の『攻めの一手』しか考えておらず、余分なリソースは排除した姿だとか。

「全車停止。追突するような阿呆はおらぬと思うが、後続にも遺漏なく伝えよ。」

陣地の端に到着すると、兵士から誰何され応答の為に荷馬車を止まらせる。
取引先に車上から応えるのもばつが悪かろうと、小さな身体はひょいっと踏み固められた土の上に舞い降りて。
依頼元の将軍の名と、屋号を名乗り、懐から取り出した物資の受領書を渡し。
斯様な時間故に、書状を責任者に取り次いでもらえるかは怪しいが、急いた話でもない。
少なくとも兵士たちは補給の運搬であることに疑念を持たぬようで、荷下ろしの為の区画への誘導が始まって。

ホウセン > 荷馬車の積載物は、大部分を占める食料と、少しばかりの医薬品。
そして――人だ。
ガラガラと音を立てながら誘導されていくに荷馬車の中団、簡素ながらに幌を仕立てた一台に載せられているのは、幾人かの女。
それが本人達が望んでのことなのか、やむを得ずのことなのかは、知る由もないし、知るつもりもない。
用途は、給仕や傷病兵の手当て、そしてきっと春を鬻ぐこと。
それらを目の端で見送って、主たる妖仙は伝令役の供とその場に残って取り次ぎの如何を待たされることになる。

「誠に心躍らぬことじゃが、後は散文的なやり取りをすれば事足りよう。
迂遠で胡乱で、されどその生贄は儂一人で構わぬ。
者共には荷物の番を五人ほど付けて、それ以外のものは休息してよいと伝えよ。」

実際、強行軍であったから、御者をはじめとする雇人には負荷がかかっていよう。
妖仙もガタゴトと揺られっぱなしで、すらっとしている尻が痛い。
幸い、兵士向けを想定した酒場の真似事をしている天幕もあるだろうし、それらで羽を伸ばせとの指示を持たせて、伝令役を走らせる。

ホウセン > ほぅ…と、吐いた息は白く。
秋の終わり、冬の始まりは、日が落ちてから上るまでの間に顕著に表れるようで。
今年の薪の相場は如何様な推移を示すだろうかと、黒い髪で覆われた頭蓋の中で算盤を弾くこと暫し。
ともすれば、受領の権限を持つ者が捕まるまで相応に時を要するかと構えていた所に、署名入りの納品書が届けられて。
騎士団長か、副長などの補佐役か、夜半でも仕事に応じる勤勉な輩がいるらしい。
受け取った書状を懐に入れてたところで、はたと兵士と目が合う。
この視線は知っているし、慣れてもいる。

「納品はこれにて完了ぞ。
持ってきたものは、もうそちらの好きにしてもらってよいが…一気に使い切らぬ事を勧めておくかのう。
ほれ、件の騒動で人も物も運び辛うて敵わぬ故、『次』が順調に届くか分からぬのじゃ。」

仕立ての良い装束に袖を通しているといっても、見目も声も童のそれ。
なのにふんぞり返って差配をしていたのだから、奇異の視線を向けられるのも致し方ない。
実のところ、相手の困惑を愉しんでいる節さえある。
荷物の番をしなくても良くなった旨を伝えるべく踵を返し、所々に松明の掲げられている陣地を闊歩する。
さて、見知ったものか、愉快そうなものでも転がっておらぬかと、今宵の無聊の慰めになるものを探し。

ホウセン > 幸か不幸か、荷馬車へは特段何事もなく。

「ふむ、善い善い。
 幾許かの時間はあるじゃろうからな」

負け惜しみか、気が長いのか。
斯様な台詞を残し、小さなシルエットは乱雑な天幕の狭間に埋もれ――

ご案内:「タナール砦」からホウセンさんが去りました。