2021/02/02 のログ
影時 > 「嫁だのなンだの抜かすなら、きっちし捕ってから言えよ――と」

顔も知らぬ以前の何かの心配をしてやる義理も何もない。
それ以前に、今殺到しているのはどれもこれも小鬼やらオーガなどの亜人種の魔物である。
雌の個体でも居るならまだしも、性欲を持て余せるような顔つきには見えない。
爆発で吹き飛ばしても、数で圧倒するという愚直にして単純な攻め手には困らない勢いで、敵はまだ有る。
捌かし切れば、息まく頭のおかしいベテラン氏の眼鏡に叶うようなものも出るのだろうか。

そう思いつつ、足元にかけられた敵の梯子に続けざまに手投げ弾を投げ落としておこう。
ひとつ、ふたつ、みっつ。其れで威力があるものは全部だ。
爆発もそうだが、煙も強い。だが、殺傷力と敵を圧倒するだけの爆音は確かにある。
架けられた梯子ごと魔物を吹っ飛ばしたかと思えば、

「……! 活きが良いなァ! そういうのは嫌いじゃねェ!!」

今来ていた個体は、強靭だったか。血まみれになりながらも獰猛な唸り声と共に、黒煙の中から現るものを見る。
鉄槌を掲げた豚鬼の類だ。血まみれながらも、生き延びたのはその身にまとう破損しきった板金鎧の御蔭なのだろう。
至近距離ともいえる間近さでありながら、口元を覆面で覆ったものは哂う。
腰に帯びた太刀は、抜かない。そのかわりに、だらりと提げた右手を貫手として、豚鬼の喉に突き込む。

その刹那に、強い気配が一瞬生じたと誰が気づくか。
氣でコーティングされた指先が分厚い皮膚を穿ち、頸骨を周囲の組織ごと抉り抜くのだ。
鮮血が吹き上がる前に、よろめく豚鬼を空いた手で突き落とせば眼下の足元で重々しく骸が転がり。

影時 > 「まだまだおかわりにゃ期待出来そうなンはいいが、多いってのは少々骨だな」

ぴっ、と。指先に摘まんだ骨肉の破片を払い落とす。
酒か水で洗いたい肉の臭さだが、如何せん今のこの場ではどちらも貴重だ。贅沢は言わない。
纏う外套の裾で荒く拭い、覆面の下の口元を歪める。
数ばかり、雑兵ばかりの戦線、戦域の類は慣れている。とはいえ、面白いとは言い難い。
冒険者の仕事ばかりでは、戦闘の勘が鈍る。かといって、雑魚殺しばかりでは愉悦に欠ける。

「嫁は兎角、戦り甲斐のある奴は無ェもんかな。犯り甲斐もありゃもっと良いんだが……」

ぼやきつつ、新たに架けられる梯子の先端を蹴り飛ばし、絶望げに顔を歪める梯子に捕まった魔物に手を振る。
足元に転がった投擲用の石を摘まみ上げ、慣れた所作で魔物に投じよう。印字撃ちというものだ。
こういう戦場であれば、投げると回収が難しい手裏剣よりは投げ惜しみしなくていい。
火薬代わりの術も幾つか覚えがあるが、余分な氣力は温存しておきたい。大技の類は特に。

「腕に覚えのある奴はいねェかぁ? 俺の右隣りの左手の奴が相手してやるぞォ」

そう思いながらも戯れに、声を響かせる。投げ掛ける。
「俺?」と一瞬当惑した右手側に槍を振るう近場の傭兵が戸惑う。

影時 > 「冗句だ冗句。俺がしてやるさな」

居たらな、という言葉を付けたしつつ、攻勢の流れと動向を探るように煙渦巻く風景に目を細める。
もう一波来るのか、それとも大物が来るのか。
いずれにしてもまだ、引きそうにないというのは恐らく確定だろう。

それこそ、火が付いたような勢いで魔物の怒涛が絶えない。
どこから湧くのやら。かの地には数回踏み込んでいるが、終ぞその疑問を埋めるに足るものは見たことがない。

「……やれやれ」

応えるものがないとなれば、応えたくなるまで斬れば良いのか。根絶やしにすれば良いのか。
そう思いながら、腰の太刀をずらりと引き抜く。
引き抜いた刃金は、震えない。どうやら今のところ断つべき竜は居ないらしい。
そんな刃にうっすらと氣を流しつつ、慣れた風情で砦の壁から飛び降りよう。
砦から出る遊撃兵に混じる。足元を引っ掻き回してゆけば、攻勢も乱れるだろう。

そう見定めながら、黒い外套姿は闇に紛れるようにその身を虚空に舞わせ――。

ご案内:「タナール砦」から影時さんが去りました。