2019/04/08 のログ
ご案内:「タナール砦」にホウセンさんが現れました。
■ホウセン > 魔族領との境にある砦は、今のところ王国側の拠点として機能している。
とはいえ、魔族の手から”奪還”は、ほんのここ数日のこと。
取ったり取られたりが常であるという性質から、兵士達も攻守の切り替えには慣れているらしく、さしたる混乱は見当たらない。
「いや、取られることが前提というのも妙な話じゃがのぅ。」
要衝としての機能を発揮することを第一義としていることから、砦の中は過日の攻城戦の痕跡を拭いきれていない。
暖かくなり始める季節、疫病の発生元になるからと、亡骸が放置されていることはないけれど、乾いて赤黒くなった血糊やら、砲火で生じたと思しき煤けは所々に散在している。
■ホウセン > そんな殺伐とした砦内で、兎角浮いた存在が一人。
武装した兵士やら傭兵が闊歩する中、戦における実用性に乏しい異国の装束を纏った子供。
少なくとも、見目はそうとしか解釈のしようがない人外の姿。
無駄に整った容貌から、少年趣味の者を対象とした男娼と見紛われても文句は言えそうにない。
尤も、遊興に耽るには砦の機能回復に労力を割かねばならず、娯楽を提供する人員はもう少し後に訪れることとなろう。
「何処ぞの禿将軍め。
儂の手を煩わせるのじゃから、相応の見返りがなかったら…
旋毛の跡地に苔でも生やしてやろうぞ。」
夜間であるし、元々閉鎖的な構造であったから、そう広くない石造りの廊下には粗雑なランプが備え付けられている。
炎が揺れるのに併せ、伸び縮みする影法師を引き連れて、奥へ、奥へ。
この地に妖仙を向かわせた、禿頭の門閥貴族に対してうっすらと犯行を仄めかせる。
彼は、妖仙の素性を知らない。
けれど、人智の、少なくとも王国の常識では及ばぬ手管を有している事だけは、おぼろげに理解している。
だからこそ、砦奪還の”後始末”に、この小さな人外を放り込んだのだ。
■ホウセン > 戦場における”後始末”というのは、幾つかの分野に分かれる。
一つには、負傷者の救護といった人的資源の保全。
二つ目に、死者の焼却などの衛生環境への措置。
三つ目として、兵員の補充や物資の補給などの、次の戦に備える措置。
この妖仙が差し向けられたのは、強いて言うのなら三つ目の理由による。
即ち、次の戦に向けての情報収集。
所謂、捕虜への尋問である。
「捕らえられる様な輩が、重要な情報を持っておるとは考え難いのじゃがな。
それでも情報が皆無よりは幾許かマシという考えなのじゃろうが…」
相手を謀るのに、必ずしも欺瞞情報は必要ではない。
断片的な情報を流して、敵対者が勘違いするよう仕向ける手法も存在するのだから。
そういった意味では、末端の兵に都合の良い限定的な情報を吹き込んでおくというのは十分に考えられ――
「嗚呼、半ば憂さ晴らし半分か。」
ふと、合点がいったというように呟いた。
どことなく陰湿なイメージがついて回る捕虜収容区画は、砦の地下エリアにあった。
階上へと繋がる階段以外の出入り口がないというのが、警備の都合上で具合が良かったのだろう。
■ホウセン > 妖仙が向かう”尋問室”とやらも捕虜収容区画と同様に地下にあった。
番兵には、話が通っているらしく、地下に降りようとしても咎め立てされることはなく、然し奇異の視線には晒される。
それを柳に風と受け流して、何に由来するかも分からぬ湿気が漂う階層に姿を現す。
階の中央を真っ直ぐに貫く通路の両サイドは、鉄格子のはめ込まれた部屋が連なり、その中には魔族の捕虜。
漏れなく手足に枷が嵌められているのは当然だとしても、中には戦闘で負った傷も其の侭に拘束されている者も見える。
人道的見地とやらでは難があろうが、魔族に対して人道を当て嵌めることの滑稽さを鑑みるに、致し方のない話だろう。
「其処な者、儂の”お役目”は、あちらの部屋でよいのかのぅ?
であれば、鍵を開けてほしいのじゃが。」
通路には武装した見張りが、砦上部で歩哨に勤しむが如き勤勉さで往来している。
その内の一人に声を掛けて”尋問室”の位置を確認し、歩を進めた。
何の変哲もない木戸と、小さな覗き窓。
そして、誰の悪趣味か分からぬが、王国の言語で”特別尋問室”と殴り書きされた木片が立てかけられている。
言外に、”普通ではない”尋問がされるという宣告。
今宵の執行者は、その文言を眺めても小さく鼻を鳴らすだけで興味を示さず、見張りに解錠させ扉を押し開けた。
如何な者が囚われているか、事前に知らされていない妖仙は、薄暗い部屋の戸口で黒い瞳を細める。
魔族か、魔族に与する人間か、はたまたそれ以外か。
或いは、捕虜を奪還しに来た何者かが、仕事の真っ最中ということでさえ、魔族相手にならあり得ぬ話でもあるまいが。