2023/06/10 のログ
■影時 > ――さて、確か河童も偶には激流を乗りこなせずに流されるか。
否、激流ではなく、小川の流れを忘れてまどろんだ結果であろうか?
ともあれ、迷宮探索に慣れたつもりでいても、そう。
まるで骰子を転がして、たまたま一番低い目が出てしまうのと同じくらい、不慮、思わぬ何かとはありえてしまうのだ。
九頭龍山脈の麓に点在する無名の遺跡群の一つ。
しばらく前に発見され、粗方探索が済んだと思われていたものだ。
そこに最近魔物の群れが巣食うようになった、という。
駆け出しの冒険者では手間取ると思われる群れの掃討の依頼を受け、赴いたまでは良かった。
開拓されている、探索されている構造は地下二層に渡るもの。
マッピングされた部屋の配置、並びに遺構からして、神殿の類ではないかと見られていた。
最奥の玄室と思われている場所に集まっていた群れを討伐するため、派手に火薬を使ったのが悪手だったのだろう。
手製の火薬を投じ、爆炎と爆裂に乗じて速攻をかけたあと、床が抜けた。
「……構造が変化した、とまでは聞いてなかったなぁ。否、こりゃ隠し何たらというものか?」
どれほど落ちた、落下したのだろう。
闇が浸る地の底で独り、傷と汚れに塗れた男が遠く遠く、少し前までいた筈の上層を仰いで嘯く。
取り急ぎの光源は、足元に置いた金剛石めいた刃の短刀が放つ淡い光だ。
松明を取り出して着火しても良かったが、問題がないかどうかの判断がすぐには難しい。
落下中、咄嗟に短刀を壁面に突き立てて制動し、奈落に落ちきるのは避けた。
だが、火薬の爆音や落盤の轟音など、それらを聞きつけて何かが寄ってくる可能性を否定できない。
■影時 > 「……ふむ」
とりあえず、これ以上の事態の変化は起こらないだろうか。
先程までの床の残骸、または今の位置から見れば崩落した天井の欠片がぱらぱらと落ちていた。
だが、其れが途絶えたとなれば、事態の悪化は避けられたとみていいだろう。
ついでに言えば、掃討し切れていなかった恐れのある魔物の駆逐についても、か。
喘鳴とも呻きともつかない響きもあるが、其れも少しずつ途絶えつつある。
感じる“氣”配もわずかにあるが、それもさながら、風前の灯の如く消えてしまいそうだ。
目的の達成は為せたと思うべきか。否、それとも闖入者、または己の上をいく者が居ないとも云えない。
「ケチらずに火が無くとも事足りる明かりでも買えば良かったか。ったく」
魔法の品はお高いが、着火せずとも使える、光源を制御できる“がんどう”の類があるらしい。
いざとなれば武器に出来る松明を用意すればいいとたかを括っていたが、今のような事態には考えざるをえない。
何せ、地下から瘴気が湧くような洞窟や坑道にて、火打石を使ったら爆ぜたというらしいのだ。
小さな火花で引火するほどの悪い空気、毒気が立ち込める状況で、火種を使ったのがまずいのか。
脳裏に過る考察はさておき、右腰に吊るした物入れの鞄から一本、未着火の松明を抜き出す。
慣れた風情で火を灯し、燃え出す光源を左手に掲げつつ、周囲を見遣ろう。
「思った以上に深く落ちたな……――何層くらいありやがンだか、こりゃ」
右手に短刀を拾い上げれば、肉厚の刃が松明の炎とは別の輝きを放ち、僅かに煌めく。
柄を握り込む己の氣を吸い上げ、蓄える特性によるものだ。
当初は慣れなかったが、今となれば制御は難しくない。
闇の中で強く、豪と燃える明かりは熱く、持ち手を明々と照らす。
円状に払われた闇より、転がる瓦礫や漏れ出る血などが見えるが、動くものは見当たらない。
■影時 > 「……風の流れは、て、ンなモン探すまでもなかったか」
この手の仕掛け、絡繰りはもとからあったのか、なかったのか。
ふと、考えざるを得ない。場所によっては数日間隔で内部が組み変わっているとも聞く。
この遺跡もその類だろうか? 否、それとも内部の切り替え、更新の最中であったのだろうか?
その判断などは、予想の範疇を出ない。もとより、人間の統御下にあるものではないのだ。
創造者と邂逅できればいいのだろうが、居たとしても最早この世のものではあるまい。
脱出路はないだろうか。
立坑と化した場所の壁面を登攀できないとは言わないが、それは最終手段としておきたい。
右手に提げた短刀を腰の鞘に仕舞い、指先を伸ばして大気の流れを察しようと試みる。
直ぐに感じる空気の流れを辿り、松明を翳せば光が切り取る闇の中に見えるものがある。
通路と判別できる、石組の壁面だ。口元を覆う覆面の下、唇をへの字に枉げ、一息。
さらなるドツボか、それとも地上へと通じる脱出口になるかは、今の時点では判断できない。
「取り敢えず、進んでみるしかねェか」
今は、それしかない。心を決めれば行動は早い。
足音は静かに。気配は僅かに。その名の如く陰と化すが如く、見つけた道を進む――。
ご案内:「無名遺跡」から影時さんが去りました。