2022/12/23 のログ
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道」にゴーシェさんが現れました。
ゴーシェ >  
本当ならばもう少し、早く出発出来る筈だった。

バフートの街でゴロツキに絡まれ、左手を使う羽目に追い込まれた、
そんな顛末さえなければ、もう少し早く、もう少し明るいうちに、
この辺りへ点在する温泉宿のひとつへでも、投宿することが出来た筈。

けれども、とっぷりと日も暮れ落ちた夜。
刺すように冷たい風の吹く中を、古びたマントひとつを防寒具に、
ただひたすらに二本の脚で、ひと気の無い街道をザクザクと進む羽目に。

ひと気が無いのは構わない、むしろこの辺りでは、ひとが居る方が余程怖いことも多いのだ。
しかし、―――――寒い、どう考えても、野営向きの夜ではない。
幸い、あと半時ほども歩けば、以前にも逗留したことのある宿に着く筈だ。
そこまでの我慢、辛抱だと己に言い聞かせながら、ザクザク、ザクザクと、
―――――月明かりさえ差さない、暗い夜道を辿っていた。

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道」にミメシスさんが現れました。
ミメシス > ――…ほんの僅かな月明かりさえ射し込む事の無い暗い夜道は魔物にとっては絶好の狩場である。

今宵の九頭龍山脈を通る人の気配のない街道は正にそれで、
山や周辺の森に巣食う魔物達にはそんな好都合な狩場となっていた。

闇の中を歩く獲物が発する熱は何よりも温かく、獲物が吐く白いと息はその闇の中でも白く、足音は獲物が何処へ行くか、何処を歩いているか、魔物にとって陽光の下よりもハッキリと獲物の存在を確認できる状況下で、ミミック種に属するミメシスも当然闇の中を一人歩く獲物の存在を捕捉していた。

凍えるほどではないが、魔物にも寒さを感じるような気温。
乾燥に弱い表皮は何時も以上に粘液でぬるりと輝いており、僅かでも明かりがあればその肌は何よりも艶やかに輝いていただろう、魔物にとって幸いな事に月明かりも何もない、星の輝きすら希薄な今宵は、何時も以上に姿を周囲に潜ませている。

だから後数歩。
獲物が人気のない道を進めば、急に地面はぐずぐずのぬかるみへと変貌するだろう。

それは泥や水溜りなどではなく、地面に薄く広がり獲物の到来を待っていた肉塊が地面に擬態化した姿であり、踏めば足の裏をぐにゅりと不気味な弾力で重心を狂わせ、途端にふわりと周囲には今までなかった甘い甘い腐りかけた果物の香りに似た匂いがむわっと広がることとなる。

ゴーシェ >  
暗く、冷たく、静かな夜。

――――― そう、あまりにも静かな夜だった。

人間はともかくとして、生き物の気配がしない。
熟練の冒険者であるならば、その静けさをこそ、警戒したことだろう。
しかし残念ながら、この娘は未だ、それほどの手練れではなかった。
あるいはそんなことより、目先の寒さにばかり意識が向いていた。

かくして、愚かな獲物となった娘の足が『それ』の上を踏む。

ぐずり、ぬぐ、ぐにゃ、っ――――――――その感触を、なんと形容するべきか。
得も言われぬ、不快な、気味の悪い――――――踏み出した足が、一瞬硬直するほどの。
表情に乏しい顔が、怪訝に顰められるほど、の。

「――――――、……… ?」

何が――――――反射めいて俯き、己が足許に視線を向ける。
闇に慣れた双眸には、それでも、己の靴先しか見えなかった。
歪んで、揺らいで、思わず踏鞴を踏んで。
それと同時、鼻腔を衝く香りに―――――半拍、遅れて片手を口許へ宛がった。

甘い香り、熟し過ぎた果実のような、危険な、香り。
考えるより早く、ロッドを握り締めていた方の手が動く。
己の足許、確かに、何かが居る、筈の場所へ。
ロッドの先端を思い切り突き立ててしまおうとするが、果たして。

ミメシス > ミミック種に属するミメシスが擬態化したのは大地。
人の気配のない道に広く薄く広がり、表皮を地面に色だけではなく、周囲の地面の凹凸に合わせて、身体を歪ませボコボコとふくらみをへこみを作り、通りがかる者を襲えるようにと、姿を擬態化させていた。

通常であれば広がる匂いすらも無。
誘うような甘い香りすらも擬態化するために抑え、犠牲者達が残した断末魔を真似る鳴き声も潜ませて、静かに地面と一体化する――…其処に熱源が、匂いが、呼吸が、魔物以外の誰かが通り、身体の一部でも踏めば、一気に活性化し踏み込んだ者へと襲い掛かる、今が正にそう。

幸運なのは夜の闇が溢れんばかりに滲んだ粘液が光を反射する事が無かった事。
もし道を照らすように月明かりが降り注いでいれば間違いなく艶やかに輝いていただろうが、星の瞬きでは届かず、結果としてミメシスの擬態化は何時も以上の精度をもってなされ、獲物の不意を……うつことができなかった。

ぐずり

と獲物であるはずだったヒトから、その手に握り締めたロッドの先端を突きたてられたのだ。
ミメシスにとってそれは想定外。
だから鳴くのだ、怒りと威嚇と何もかもを込めて。

「……アア……アあアア!!!!」

それは老若男女無数の事が継ぎ接ぎとされて作られた歪な声であり、ミメシスと呼ばれる魔物の鳴き声で喚く。
若しかしたら声の中に今宵の獲物が聞き覚えた声があるかもしれないが、それは鳴き声の主にはわからない。

ただ、痛みに怒りをぶちまける。
千載一遇のチャンスに陥らなかった獲物への怨嗟を吐く。
その怒りの量だけ周囲に怖気立つほどの甘い甘い香りを広げて、犠牲者であるはずの人影が突きたてたロッドの切っ先に肉塊の身体を穿たれ、そこだけ擬態がはげて紫色の肉を露出させながら、鮮血の代わりにぶしゅっと透明な汁を噴出させる。

だがそれで怯み逃げるのではなく、ミメシスは直ぐに獲物を交尾を行うための束縛ではなく、痛みを負ったことへの反撃としての行動を起こす――…目的はふたつ。

一つは危険な物の破壊。
鋭いロッドの先端で傷ついた部分ではなく、別の箇所より擬態化させて皮膚を地面と変わらぬ色のままの触手を伸ばし、ロッドを握るその手に向けて金属を溶かすだけの透明な汁をはきかけて、それを金属だと錯覚したまま溶かそうとする。

ふたつ目は持ち主の無力化。
透明な汁を吐き出した触手とは全く別に、複数の触手を地面と擬態化させた身体からボコボコと何かが湧くような音共に生み出しながら、その触手の先端より水鉄砲が如くの勢いで、獲物の身体に向けて正面から背後から、ぶしゅっ!と薄桃色の甘い味のする怪しい粘液を吐きかけるのだった。