2021/05/05 のログ
ご案内:「九頭龍山脈 山中」にティアフェルさんが現れました。
ティアフェル >  ――お願い、来ないで。来ないで、お願い……っ。

 息をひそめて口を両手で覆い、山深くの岩陰に潜みながら懇願する声が音にならず頭の中をぐるぐると渦巻くように巡っていた。

 山脈の中腹付近、山賊のメッカと化している街道から逸れた山中でのこと。暗い内から出かけて午後には用事を終え、帰還する際に出くわした山賊一味。
 その大半は有体に云って雑魚、と称されるような徒党を組まねば何も出来ない連中だったのだが、それを束ねる頭目の男だけは化け物染みていた。実際魔族の血を引いているらしく肌も緑がかっていて金瞳、身の為も3メートル弱はあり、ダンジョンの奥で待ち構えるエリアボスのような戦闘能力を有していた。

 とても敵わないことは一目で判り、逃げの一手で街道から山中へと落ち延びたのだが、今日は他に獲物がなかったらしく、狩り手たる山賊たちの追跡は執拗で、隠れ潜んだ大岩の程近くからも声が反響して響いてきていた。
 身を小さく縮こまらせるようにしながら、岩の陰に潜み、山賊に負わされた手傷の痛みに耐え、割れた額から赤い筋を滴らせながら微かに震え。
 口を必死で塞いで声どころか吐息さえも零れてしまわないように沈黙を守り、耳だけは山賊たちがどこを探しているのか音から察知しようと神経を集中させ。

 ――お願い気づかないで、早く行って…!

 祈るように胸中で繰り返しながら、ばくばくと跳ねる心臓の音が聞こえてしまうのではと危惧するほどで。身を震わせ追われる恐怖と不安にひたすら耐えていた。

ティアフェル >  隠れ潜んでいる岩場のすぐ近くまで捜索の気配が迫れば、心臓が悪い逸り方をして、脂汗が滲む。緊張に肩を強張らせ、不安に背筋を震わせ。

 ―――来ないで、来ないで…っ、こっちに来ないで……っ。

 気づかずに通り過ぎていくことをただただ願い祈り、時がゆっくりと焦らすように過ぎていくような感覚にもどかしさを覚え。
 木々に反響して、耳元で聞こえてくるような山賊の声に反射的にびくりと肩が震える。
 ひたひたと少しずつ恐怖が近づいて来るような感覚に生きた心地がしない。

 ――いや、いや……やめて、お願い来ないで、早く行ってよ……っ。
     どくん、どくん、どくん

 悲鳴のような想いと鼓動の音が重なる。
 
           ――――

 永遠のような一瞬が、ようやく終わり、岩陰に潜む獲物に気づかず山賊たちは見当外れの場所に過ぎ去って行ったようだった。

 気配が消え、物音も木々の葉擦れや虫の羽音、小鳥の囀りしか聞こえなくなってしばらく経ってから、

「…………行った……の……?」

 小さな小さな、虫の羽音にも負けるような微かな声を無意識に漏らしながら、そろそろと辺りを窺いながら岩陰から這い出すと、先ほど不穏にしか感じなかった薄暗い山林の光景が普段目にしている静かな山中に映ると、そのまま緊張の糸がぷつりと切れ、

「――――……」

 ふーっと意識が遠のいていく。額からの出血が思いの外多く貧血状態にも陥っていて、どさり、と重たいものが落ちるような音が響いたかと思えば大岩の傍でまるでこと切れたように昏倒していた。

ご案内:「九頭龍山脈 山中」からティアフェルさんが去りました。