2020/06/09 のログ
ティクス > 「………ティクス。それは先に答えておく」

一瞬、ぽかんと呆気に取られたのは。
斜な拍手のその直後。戸板に水の勢いで、次々と質問が帰ってきた為に。
右へ、左へ、巡りながら。言葉の、問いの止まらない男。
自然と隻眼が足運びを追い掛けてしまいつつ。…先ず、名前程度は名乗ろうか。
それが終われば、落ち着け、と言わんばかりに。前方へと差し出す両手を振ってみせる。
何だか興奮した獣を宥めるような仕草かもしれないが。

「…残念だけど、偉くはないよ。
寧ろ使いっ走りだからこそ、わざわざ、遠くまで来てるんだし……
取り敢えず割と古参ではあるし、裏切らないとは思われてるだろうけど」

それが、一番大事だというのだから。必然、答えとしても優先して。
一旦言葉を区切った際。少し吐息を零したのは。自慢にもならない、自分自身への言い草に対してだろうか。
舌の上に連弩が装填されているのか、一人で三段撃ちの戦術が出来るのか。
その位に喋り続けそうな男に。…軽く半歩だけ、身を退いておき。

「…だから。手柄を立てて来いとは、言わない。
けれど――はいそうですか、って。直ぐに仲良くお家に帰ろうとも思わない…よ。
さっきの騒ぎも含めて。団に入り込む為のお芝居、なんて可能性も有るんだし――」

平気で人死にを出す、芝居。そう考えると常軌を逸しているかもしれないが。
手段を選ばない輩というのは、間違い無く、存在する…盗賊団。そう呼ばれる自分達のように。
くるくると前髪を弄んでいた片手が。何時の間にやら外套の内に消え。

「……それに。…出逢ったばかりの女の為なんて、軽い気持ちなら、尚の事。
お薦めしないな――」

もし。一番最初に聞いたあの叫びが、彼の本心であり、生き様であるというのなら。
団の為ではなく、彼自身の為に。

ラスティアル > 「ティクスか。良い名だ」

 どうどう、と言った感じで制止された有角の男は、背筋を伸ばして微笑んだ。胸に手を当てて軽く頭を垂れる。が、直ぐに顔を上げた。

「使い走り? お前ほどの女がか? ふん、血の旅団に入る件だが、やっぱりちょっと考えさせてくれ。人を見る目の無い連中には将来性も無いからな」

 いかにも詰まらなそうに鼻を鳴らした男は、先程までがっついていた入団話の優先度をあっさりと下げた。

「芝居の可能性がある? 間違ってるな。あれは、芝居だ。突然降ってきたお前に惚れ、お前を欲しいと思ったから、俺の値打ちを少しでも高く見せようとしただけのことだ」

 男の答えは、少女の求めとはずれているのだろう。きっと訊かれているのは、冒険者崩れに囲まれ詰問されていた時のことだろうから。だが、男がそれを気に留める気配はない。

「軽い気持ちとは心外の極みだな! 人ってのは人に尽くすものだろう。物じゃないし、場所でもない。俺はお前にその価値があると確信してお前を求めたからこそ、今ここに立っている。お前だってそう考えたから、旅団に加わったんじゃないのか?」

 片手を外套の内側に滑り込ませた少女へ、男は一歩踏み出す。その表情には笑顔の欠片も無い。

「……少なくとも、暁天騎士団はそういう男達の集まりだった筈だ」

 有角の戦士が告げた名は、少女も知っているだろう。

ティクス > 見た目に対して。名前に関して。…その辺りには少しばかり苦笑して。答えないままだった。
多分、意味だの役割だの。知れば興味を無くすような物ばかりだろう。普通の人間だったなら。

「逆に考えて。…それ程の女より、もっと上。ずっと上が。大勢居るのが、血の旅団なんだ…ってね。
ま、実力だけで考えるなら。…入って貰っても、良いのかもしれないけれど。…盗賊をやりたい、って訳じゃないんでしょ?」

実際相手は直ぐに。最初の提案を反故にしてしまう。
必ずしも、血の旅団という組織それその物に、需要を感じているという訳ではないのだろう……
と、そこまで考えてから。あれ?、と内心で首を傾げてしまう。
だとしたら、ひょっとして、本当に。…彼は、出会ったばかりの小娘一人の為に。こんな事を言っているのかと。
現に、後に続く台詞を聞かされたなら。いっそ一途な男をすら思い浮かべてしまう物言いだ。
当たり前だが、少女の近辺には間違い無く、存在しない種の人間。
そうまで惚れ込まれる事が、嬉しいだの、恥ずかしいだの、以前に。
どう受け止めて、どう対処すれば良い感情なのか。図りかねて掴み倦ね、首を捻ってしまいつつ。

「其処じゃぁないけど――まぁ、良いよ。…盗賊団に潜り込みたい。そういう訳じゃない…みたい、だから。
でも、だから、重ねて言う。…誰かの為なんて言葉で。自分自身の人生を、勝手に他人にも背負い込ませないで。
少なくとも私は、自分自身が生きる事で精一杯だし、そういう連中が――盗賊になるんだよ。
もし、本当に私達と手を組みたいのなら。…何もかも失ってから、考えた方が良い。…少なくとも私なら、そうするね…」

だから合わないのだと。恐らく生き方は違い過ぎると。
多分このまま会話を続けていたなら。何度でも少女は、同じ主張を繰り返し。何処までも平行線の侭だっただろう。

だが。退いた距離を詰め、決して離れる事を――間合いを取る事を許さない彼が、次に発した言葉は。
少女に思わず息を飲ませてしまう物。――そっと。その瞳を伏して。

「…そう、かもしれないね。正直を言えば……ずっと前に、私は、彼等のお陰で…生き延びた。
人間、一人一人に。きちんと、人としての価値を見出して。…それを護ってきたのかもしれない――彼等は」

団の中でも。それを話した事は無かった。嘗て一度、組織が滅んだ時の.我が身に起こった顛末は。
そして、ほつほつと紡ぐ言葉の果て。睨め上げていたかのような少女の視線が、伏せられる。
同意せざるを得ないのだろう。彼の言葉に――騎士団が、そういう者達「だった」という、過去形の言い草に。

ラスティアル > 「怪しいもんだな。どんな組織だろうとお前を冷遇するなんて考えられない」

 人材の層が厚すぎるからという少女の物言いには、男はあっさりと首を横に振った。惚れている、とは言いながら、惚れた相手の言葉を全肯定するわけではない。良く言えば芯が通り、悪く言えば、独善的だろうか。
 自身を諫め、窘める少女に対し、男は更に一歩を踏み出した。

「俺は、お前の為にお前に惚れた訳じゃない。この俺、ただ1人の為にお前が欲しいと思ったんだ。俺の人生は俺の物だ。他の誰かに背負わせる気はない」

 その後、息を呑んだ少女の隻眼を見つめる。彼女の口から語られる真実の欠片に耳を傾け、頷いた。

「正直に言おう。俺はとうの昔に世を去ったクシフォス・ガウルス卿の友人の遺言に従って、ガウルス卿の顛末を追っている。彼の名誉が回復されるのか、それともとこしえに穢されてしまうのか。いずれにせよ、俺はこの目で見て、この手で掴んだ真実を、墓前に報せなければいけない」

 少女からすれば、まるでお伽話の登場人物のように思えるだろう。貴族の遺言に従って過去を探る為に剣を取り、走るなどというのは。だが男の顔に笑みは無かった。

「ただそれは依頼だ。死者と交わした約定だ。俺の目当ては、あくまでお前1人。心配するな」

 そう言って、有角の男は唇の端を持ち上げた。

ティクス > 「……じゃぁ言い方を変えるよ。…あんたのそれは、恋患い、っていう奴が。混じってるんだ…多分」

少しだけ。自嘲ではなく、彼に対して。笑っただろうか。
少女の方も。彼の言葉を、須く否定はしなくなったものの。だからといって裏返しに肯定する事もない。
一目惚れという物を信じられるような純情さなど、端から、持たずに育って来た身だが。恋が盲目に繋がる事くらいは。指摘しておくだろうか。
ひらひらと、彼の目線の先へと突き付けた両手の指を振る。
…ちゃんと、両手を出してみせた。少しでも疑えば、外套の中から撃っていたかもしれない、そんな引き金から手を離したという証拠。

「ま――ぁ。…女を、モノにしたい、なんていうのなら。その方がまだ信じられる…かもね。
その方が余程、人間らしいし…男らしい、とも。思うし」

更に彼が一歩前へ。突き出した手が、相手の胸板へと触れる程に。互いの距離が詰まる中。
恋だの愛だのという不確かな形ではなく。欲しい、という率直な物言いにこそ。頷いただろうか。
…もっとも、少女が思い浮かべてしまう、異性に求められるという事柄は。些か…偏っているのだが。

それはさて置き。息を飲んだ所へと畳み掛けられる、男の目的。その経緯。
直ぐには口を開かなかった。聞き終えた言葉を脳内で咀嚼するのに、たっぷりと時間を掛けたのだろう。
一分か。二分か。それだけ間を置いた後。
改めて、彼を見上げてみせる表情は。さも…呆れた、と。そう言いた気な代物ではあるのだが。

「…死人には、背負わせられない、か。
………良いよ、わかった。けれど流石に、直ぐ、信用出来る訳じゃない。…私がというより、周りの者達がね。

だから先ずは、取引しない?」

暫し崩された調子が。どうにか、少しは戻ってきそうだ。
軽く踵を浮かせて爪先立ちに。まるで口付けでもするかのように、彼の顔へと唇を寄せていく。
――無論、本当に唇を重ねる為ではなく。周囲には決して漏れないような、潜めた声音を届ける為だ。

「村の、誘拐事件。……さっきそう言ってたの、聞いたんだ。
私はそっちを知りたい。あんたが――あなたが、それを調べてくれるなら。私も、今の暁天騎士団について。探ってみる。
アスピダの中まで入ってくるか、死人は死人だとして諦めるかは…また次に会った時。決めても良いと思う――よ?」

ラスティアル > 「……そうかなぁ?ティクスみたいに強くて、速くて、美しくて、度胸もある女に出くわして、しかも命を助けて貰えたんだぞ。惚れて、お前が欲しくなるのは当たり前じゃないか?」

 恋煩いだ。要は、恋に恋をしているのだと少女に言われた角持つ男は、腕組みをした。

「恋が利害得失の延長だとしたって、俺がお前に惚れるのは、欲しがるのは必然だと思うんだけどな」

 不思議がる男だったが、外套から出された手には笑みを向けた。少なくとも、決定的な拒絶はされなかったということだ。なら、希望はまだあるということだろう。

「誘拐事件か? 手口なら分かっているぞ。……いや待て。「どうやって」じゃなく、「何で」の方か? そっちの方は噂程度にしか聞いたことが無いが」

あんた、でなくあなたと呼び直されたのも、男が気を良くした一因だった。笑顔と共に頷いた。そして爪先立ちになって顔を近づける少女に対して両手を伸ばす。

「取引成立だ、ティクス」

 男の手が触れたのは、少女の肩だった。任せておけと言わんばかりに、軽く叩く。

ティクス > 「ぁ……ぁ。…素人目に見ても、重傷だ…ね。つける薬も無さそうかも」

今度こそ。喉を鳴らして、笑ってしまう。
恋は知らないが、色や欲なら、ずっと前から知っている…そんな少女から見ても分かる程。
…これで、穢れた内面にまで…賊として、牝としての少女にまで目が向いたら。彼の気持ちはどうなるのだろうか。
考えないでもないものの。今、それを口にする事はなく。

「損得で考えて、欲したり。…必須だと思うから奪ったり。何だろうね、少しは、盗賊らしい考え方。出来るじゃない?」

無論、彼にそんな意図はないだろう。敢えて意地悪な曲解をしてみせた、という所。
そんな、軽口のような物が出て来るようになる辺りも。
否定よりは肯定する感情の方が。強いという証拠になってくれるだろうか。

「手段なんて幾らでも有るからね。
村や町から徴発されるのも、捕虜が行方知れずになるのも…この街からどんどん出荷されるのも。
最終的には、一つに行き着く筈で…そう。理由の方をこそ、知りたい」

さくっと手短に伝えるだろうか。…実際ゾス村から、兵に引き立てられていくミレー族も居たらしい事。
王国貴族と声高に名乗る人物が、その場に関与していた事。
一先ずそれだけを伝えれば。肩の上に置かれた手に、こちらの手を重ねてみせ。

「……助かるよ。
それじゃぁまた――いずれ落ち合えるように」

(もう幾つか、言葉を交わす。調査期間はどの位か。山賊街道と呼ばれる場所、その何処で再会するか。
……その場に、どちらか一方が現れなかったのなら。その時は…どうするか)

ラスティアル > 「うーん……」

 笑われても男は笑い返せない。少女の指摘通り、恋を患ってしまっているからだ。偶然出会えた、有望なる彼女を逃がすまいと、何が何でも手元に置きたいという気持ちが先行して、視点を変えて考えることが出来ていないから。

「お?そうか?いや、でもな。旅団はな……お前を使い走りにする時点で」

 盗賊らしいという軽口には反応できたが、男はいまいちノれず。ひょっとすると、長患いになるかもしれない。

「ああ! それじゃあ……またな、ティクス」

 一瞬重ねられた手。その感触を思い出した男が頬を緩め、自分の手の甲を撫でた。果たして少女の予感は的中し、角持つ戦士は恋煩いを抱いたままハイブラゼールへの道を歩き出した。
 目指すは王都マグ・メール。ゾス村を通る陸路でなく、海路を使って彼を目の敵にする連中を攪乱せんと。

ティクス > 「……其処は、大丈夫だよ。
使い走りの自覚は有るけど――使い捨てになるつもりは、ない、から」

多分。彼に、勘違いさせてしまうだろう。…いざという時は団を離れる気持ちは有るのだ、と。
実際に少女が考えているのは。意地でも喰らい付く、自らの居場所を手放さない、という真逆の思考。
ただしそんな齟齬を、言葉にする時が来るとすれば。恐らくは再会した時か――更に先、か。

「……ラスティアル。――期待してるよ?」

考えてみると。団の外で、誰かの名前を呼ぶというのも。滅多に無い事だ。
彼の背中が遠離り、見えなくなるまで。何処か不思議な感触を、口の中で繰り返していたが。

「   さて。…しょうがない、な。任せちゃったんだ、責任は――」

そして。彼の姿が消えたなら。少女が向かうのは…もう一度、バフートだ。
この先、二つか三つ、騒ぎが起きて。
紛う事なく本物の、「血の旅団の一員」が目撃される事となり。
どさくさで彼への疑惑と追跡は、中途半端に萎んでしまう事だろう。
…仕事を任せる分、こちらからのフォローも済ませた後。少女もアスピダへと戻っていく。
結局情報を得たと言って良いのか違うのか。報告内容に悩みながら――。

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」からティクスさんが去りました。
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」からラスティアルさんが去りました。