2017/07/10 のログ
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」にアザレアさんが現れました。
■アザレア > ――――――ゴトゴト、ゴトゴト。
バフートに店を構える某娼館の主が仕立てた馬車の隊列は、
見た目も年齢も様々な『商品』たちを乗せて、一路、祭に沸く王都を目指す。
――――筈、だったのだろう、然し。
今、隊列は陽炎立つ街道の片隅に、半時ほども止まった侭。
主は苛立たしげに一台の幌の中を覗き込んでは、何事か怒鳴り散らしている。
暑さに遣られた『商品』のひとりが、ぐったりと蹲っているその中から、
身軽に飛び降りた己の手には、空っぽになった革袋。
少し街道を外れて歩いて行けば、水場に辿り着けるのだという。
とっとと水を汲んで来い、と喚く声を背中に聞き流し、丈高い叢を掻き分けて―――
草いきれの匂い、埃っぽい風の鬱陶しさ、けれどそれよりも。
今、ここで逃げ出してしまうことも、もしかしたら出来るのでは、と、
考えるだけで己の歩調は、ひどく軽かった。
■アザレア > 枝間から照りつける陽射しは幾分西に傾いても容赦無く強く、
吹き抜ける風は焼けつくような熱を孕んで、時に呼吸すら危うくする。
ほつれた髪が首筋を擽る、淡い感触すら暑さを掻き立てて行くようで、
下手にこんな場所から逃亡を図ったなら、この小さな身体はあっという間に
水分を奪われ、日干しになってその辺に転がってしまいそうだ。
それでも、もし逃げ切れたなら――――――。
「……にしても、あっ、つい……」
洩らした呟きさえ、くちびるに耐え難いほどの熱をもたらす。
無意識のうちに深く影を刻んだ眉の下、きょろりと大きな瞳がふたつ、
注意深く辺りを眺めまわした。
ざわざわと揺れる木々、叢、振り返ればもう馬車も、街道も見えない。
立ち止まって、暫し。
どうしようか、と迷うように、くちびるを噛んで黙り込んだ。
■アザレア > 「――――、っ……」
けれども、ふと思い出してしまったのだ。
今、馬車の中でぐったりしている『商品』の彼女が、己にくれた菓子のこと。
彼女が笑うと、本当に可憐な花が咲くようで――――――
舌打ちを、大きくひとつ。
明らかに怒っているような歩調、けれど何に対して、誰に対して
これほど憤っているのかも判然としない侭、己は歩く。
ささやかな涼気が満ちる水場へ向かい、革袋に一杯冷たい水を溜めて、
馬車で待つ彼女のもとへ帰るのだろう。
逃げるのは、未だ、いつだって出来る。
今、諦めるのはあんまりにも暑い所為だと、必死に思い込もうとしながら―――――。
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」からアザレアさんが去りました。