2019/08/17 のログ
ご案内:「ハイブラゼール内・娼館『月の涙』」にセイラムさんが現れました。
セイラム > 夕刻過ぎ、遠雷が連れてきた雨雲はダイラスの街並みを白く煙らせていた。今夜はこの雨でどこも客足は伸び悩みそうだ。娼婦たちも衣装が濡れるのを厭うてラウンジ内のソファやカウンター前のスツールに気怠そうに腰掛けて居る。ドアや窓を閉め切っていても微かに雨音が聞こえてくる店の中、ラウンジのカウンター内で香炉に火を入れるのは灰髪の店員。今宵はひどい頭痛持ちの娼婦――壁際のソファに座っている黒髪の娘がそうだ――が、フロアに出ているから、鎮痛作用のある仄かに甘い香を細く燻らせることにしたのだ。

「……止みそうにありませんね、雨。」

火を消した燐寸は早々に片付けて小さく紡げば、そうね、と気のない調子ながらもカウンターのスツールに腰掛けて紅く塗った爪先のチェックをしている娼婦がそう応えを返す。会話らしい会話はそれ以上続かず、纏わりつくような湿気を押し出すように小さく溜息をつく。

セイラム > 今宵、上階の支配人室は空だ。なんでもカジノで大きなイベントが開催される日らしく、依存症と放蕩癖のあるあの支配人は今頃カードか回転盤に熱狂している頃だろう。開店前に部屋を訪ねたときには既に不在であるのはこの娼館ではよくあることだ。褒められたことではないけれど。

カウンター上の果物が盛られた籠から林檎を手に取り、ナイフを取り出して果実に宛がい、慣れた手つきで切り分けてゆく。手間の掛かる飾り切りのストックを増やすならこういう時こそだ。器用さを要求される作業ほど無心になれていい。切り分けた果実をそっと銀のボウルへ移して、直ぐに横合いから爪先の紅い白い手が伸びてくる。つまみ上げられた果実の一片が、彼女の口へと消えて仕舞う。

「――駄目ですよ、つまみ食いは。」

小さく笑って、心持ちボウルを己のほうへ引き寄せる。いいじゃないの、という不平声には、よくありませんよと笑んだ侭で返しながら緩く首を振ってみせる。

セイラム > 怠惰な空気に飲まれることなく作業を進めてゆこう。ハイブラゼールを雨が洗う夜は静かに更けて――…
ご案内:「ハイブラゼール内・娼館『月の涙』」からセイラムさんが去りました。