2020/10/30 のログ
ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
己の正体を明かせば、分かりやすく動揺する少女に浮かべる笑みは少しだけ深くなる。
初々しい反応だな、と思いながらも、さて少女はどの様な手札を切って来るのかと楽しみにしている部分もあり。

「……ほう?此の私が、僅かにでも所有したという価値を付けるという事かね。そして、それを砕く事によって、その付加価値を二度と得られぬ希少性としようと。
つまり、私に態々叩き壊す為の物を買え、と貴様は言うのだな?」

僅かに瞳を細め、シワになったハンカチに乗せられたネックレスと少女を一瞥して。
少女の真意を確認する様に、言葉を紡ぐ。

「思い出、などという金にも資産にもならぬ価値を付ける為に、私に金を出せと。
そう貴様は言うのだな、フェリーチェ」

その言葉には、怒りも侮蔑も無い。
寧ろ事務的なまでに、少女の意思を確認する様に。
静かに少女に近付いて、その瞳を間近で見下ろしながら告げるのだろう。

フェリーチェ > 少女にもかつて貴族のまっとうな教育を受けた者としての最低限の矜持があった。
いや、あった筈だから必死に上位者が何を喜ぶか、少なくともいつでも手に入る物品より価値のあるものは何かと考えたのだ。
けれど懸命に動かした元は柔らかな唇は、圧を掛けられたことで強張った頬と共に窄まり、次の句を紡げなくなってしまう。
黙ったまま呼吸だけが、華奢な肩が上下するのと共に二度三度繰り返される。
そして念押しされると遂に足が震えだして膝をつき、か細く震えた声が溢れ出す。

「だ、だって、私……なんにも似合うものなんて差し出せないから……。
 王女様に釣り合うものなんて持ってないんです」

言葉の飾りはもう剥げた。
揺れる瞳は辛うじて彷徨うことなく、見下ろす上位者の眼をまっすぐに見返す。
頑張ったけれど……最後に爆弾を残して。

ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
別に、少女の提案を無碍にする訳では無かった。
この一瞬で、寧ろ良く考えたものだと感心さえしていたくらい。
だからこそ、己の圧に負けず少女が頷けば、掲げられたネックレスを買ってやっても良いと考えていたのだ。

――確かに、少女は己の圧に屈しなかった。
商品も提案も引っ込める事は無かった。
少女が犯した過ちは、たった一つ。

「………ほう、ほう?王女様、か。
愉快な事を言うものだ。最近の行商人は、洒落も上手くなったとみえる」

愉快そうに、面白そうに笑ってはいる。笑みを浮かべてはいる。
しかし、その様子を伺っていた取り巻きや貴族たちが、足早に遠ざかっていく様が少女には見えただろうか。
少年の浮かべた笑みには、触れてはならない場所へ触れたものへの怒りが、滲んでいたのだから。

「………私はな、フェリーチェ。
貴様の言う王女様、ではない。
その躰に分からせてやらねばならぬか?愚かな行商人に、躾てやらねばならぬか?
私が、紛れもなく男であるという事を、どうやって貴様に分からせればよいかな?」

にこにこと笑いながら――ゆっくりと手を伸ばし、少女の腕を掴もうとするだろう。
避ける事は簡単。振り払う事も容易な程、緩慢な動き。
但し、周囲の者は決して彼女を助けようとはしないだろう。
王族の怒りをかった少女がどうなろうと、知った事では無いと言わんばかりに。

フェリーチェ > 褒められた……と勘違いするくらい馬鹿な子供だったらどれほど幸せだったことか。
最低限足りた教育と経験不足故の観察眼の質の悪さ、その最悪のコラボレーションが見事にジョーカーを引き当てたのだと言っていい。
いつになく見開いた双眸は穴が空くほど向かい合った"男性"を見つめ、白黒させた瞳はまだ言われたことを理解した色がない。
瞼がゆっくり下りて変わりに閉じていた唇が開き、ぽかんと間抜け面を浮かべた頃にようやっと頭が言葉を解読できたというくらいか。

気の抜けかけた身体に追い打ちのごとく襲いかかった衝撃は、少女の反応を鈍らせるには十分すぎて、容易に腕を取られた少女は恐怖に再びその身を強張らせる。

「ぞ、存じてます、存じておりますとも!!
 掴まれた力強さといったら、流石は男らしいものでございます!!
 あまりにお綺麗で間違えてしまった我が身の愚かさを恥じるほどにっ!!
 ですからそんな、殿下のお手を煩わせるなど恐れ多いことにございます」

少女のリップクリームさえ塗られていない唇は、いつになく潤滑油が足りていた。
思いつく端からペラペラと、こんなに舌が快活なのは久しぶりだと思えるほどよく回る。
けれどまだ膝を持ち上げ後退できるほど力は戻っておらず、少女の一張羅とも言えるシスタードレスのスカートが地面を擦る。

ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
「何、人には誰にでも間違いはある。完璧な答を常に出せる者など、早々存在し得ぬ。
唯、間違えてはならぬ場所。間違えてはならぬ時間。間違えてはならぬ相手、というものも当然存在する。
貴様は、其処で"間違えた"。それだけの事だ。怯える事はなかろう」

緩慢な己の動作ですら少女の腕を取れる程に、哀れな程に動揺し、恐慌じみた様子の少女。
しかし、そんな少女を逃がそうとはしない。
腕を掴むことが出来れば、其の侭その腕を引いて己の傍へ抱き寄せようとするだろうか。
その最中、彼女が掲げていたネックレスが落ちようとすれば、器用に受け止めようともするだろうが。

「良く回る舌だ。しかし、そういった言葉は聞き飽きたし、私の好むところではない。
私が望むのは、過ちを犯した貴様が、どうやって私に償い、気を晴らしてくれるのか。それだけの事であるからな」

要するに、もう謝罪など受け入れるつもりが無い、という事。
可憐な少女を甚振る様な様の光景に、事情を良く知らぬ平民の男達が下世話な視線を向け始める。
事情を知る貴族達は遠巻きに眺めたり、とっとと離れていったり。
どちらにせよ、今のところ彼女を助けようという"騎士"は現れない。

フェリーチェ > もっともな指摘に己の間違いの重大さを飲み下した少女は、短い人生の中でもよく働いた口を噤む。
なんとか対処しようと意識的なところで思考が回っていたときの少女の目は焦りの方が強かったけれど、今や感情的な恐怖が上回って潤み、とうとう目尻には水滴がたまる。
取り落しかけたネックレスが無事だったことも、大事に使っていたハンカチが足元に落ちて汚れたことにも、もう気づく余裕はない。
浅く早い呼吸を繰り返し、なお細くなった喉を懸命に震わせて、償いを告げようとする声は弱々しく。

「の……喉を突く短剣は、実家に置いてきました。
 本当に、本当に大した事もできない、死ぬことで価値を示すことすら意味のない卑しき者です。
 せめて殿下の美と男らしさを説いて納得の行くような女に育っていればまだしも、
 それすらまだ未熟で……全てを差し出すくらいしか……」

まだ自由になる方の腕で、身体を庇うのではなく腰に下げた小袋を取る。
それは下世話な視線を向けてくる平民向けの贅沢品、という程度にしかならない小粒の真珠やカットの甘い原石が詰め込まれている。
全て差し出すという言葉通りに頭を下げながら小袋を投げ出せば、王族には端金にすらならない宝石類がパラパラと地面に転がっていく。

ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
 
「私が、貴様の命程度のもので満足すると思っているのか?
貴様が此処で喉を突いたところで、私が其処に愉悦を感じると思っているのかね」

ふん、と尊大な声色の言葉で嗤う。
受け止めたネックレスを掌で弄び、床に落ちたハンカチには視線を向ける事すら無く。
ただ、怯え震える少女を愉快そうに眺めているばかり。

「……その小石を私に差し出そうというのか?
笑い草だな、フェリーチェ。金銀財貨などとうに見飽きた私に、道端の石ころを捧げられても処分に困るのだがな」

床に散らばった宝石類。
それを視界に映す事すら面倒だと言わんばかりに一瞥した後、抱き寄せた少女の躰の柔らかさと、怯えるその瞳に。
仄かに灯った嗜虐心を、最早隠そうともしないだろう。

「……まあ、良い。貴様でも、支払える対価はあろうさ。
私の戯れに付き合うが良い。何、私を満足させられれば、見合った対価はくれてやるさ」

そうして、怯える少女の手を引いて。
恭しく頭を下げるカジノの従業員に導かれる様に、カジノの奥へ。所謂VIPが利用する部屋へと、少女を連れ込もうとするだろうか。

些細な言葉から。戯れの様な嗜虐心から。
少年に連れ去られた少女が、どんな目にあってしまうのか。
それを見届けた者は、このカジノにはきっといなかったのだろう――

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