2019/09/04 のログ
ご案内:「セレネルの海旧灯台跡」にルドミラさんが現れました。
ルドミラ > ひう、と空の高いところで鋭く風が巻かれる音と、海鳴りの音の二重奏が響いていた。

夏の終わりの深夜、セレネル海沿いの旧灯台跡。
数十年前、禁制品の密輸の拠点となっていたことが露見し、この一帯の領主ヤーロヴァ男爵家とある大商会絡みの一大スキャンダルを巻き起こした、いわくつきの場所だ。
その後船舶の海路が変わって役割を終え、打ち捨てられたままになって久しい。

叢雲の狭間からの月明かりに浮かび上がるそのシルエットは、湿気と潮気に嬲られ続けて土台から傾きつつある。
外壁もあらかたはがれ、いつ崩れてもおかしくなさそうだ。好き好んで近寄る者もないはずなのだが──。

今夜、灯台跡の最上階にはランタンを下げた人影があった。体の線の出ないフードつきローブ姿ながら、風に煽られてはためく布地が暗示する肢体は女性の曲線を帯びている。
かつて灯火室──巨大なレンズに日中は太陽光を、夜間は炎を反射させて沖を行く船を導いてきた、灯台の心臓部──だったその場所で。人影は、ランタンの覆いをゆっくりと三度、上下させた。剥き出しになった炎の魔石がレンズに反射し、光の帯が三度、黒々とうねる海原を薙ぐ。

ルドミラ > ランタンを元に戻し、床に置く。灯火室の四隅に配置された海神の像がぼんやりと照らし出され、
人影──ヤーロヴァ男爵家の現当主たる女はちょうど、彼らの視線の交わる位置に立っていた。

やがて波の音とも風の音とも違う羽音が近づいて来ると、女は砕けたガラスを踏んで窓際へ寄る。
闇の中から現れたのは、むくつけき有翼の魔物・ガーゴイル。禍々しい夜の瘴気を引き連れて灯火室の大窓に降り立ったそれはしかし、女に対し何の害意もない様子。女の方でも、恐れも怯えもせず近寄って。ゴルル、と甘えるように咽喉鳴らす魔物の耳裏を、何の躊躇もなく掻いた。

「……なあに、遊びたいの? ダメよ、お使いの最中でしょう──仕方ない子ね。
では、これを投げてあげる。上手に取れるかしら……? 」

懐から取り出したのは、小さな球体。紅く底光りする眼を細めたガーゴイルは、腰を持ち上げてうずうずと長い尻尾を振った。猫じゃらしを前にした、猫のようだった。

「さあ、──準備はいい?」

指先で球体を転がし、たっぷりと焦らしてから。合図とともに、窓の外へ向かって投擲する。
バシリ。
鋭い羽音とともに飛び立ったガーゴイルはまっしぐらに放物線の軌跡を追いかけ、追いつき、見事キャッチ。快哉めいた鳴き声とともに円塔の周囲をめぐると、いずこかへ飛び去った。たった今放った球体は、魔族としての女の所属機関で使われている情報媒体だ。ガーゴイルはそれを国元へ届ける配達役。上役に知られたら間違いなくお小言を食らうだろう。まあ、単なる定期連絡の受け渡し現場にまで見張りをつけてはいまい──用は済んだ。後は、屋敷へ戻るのみ。

ルドミラ > ランタンを持ち上げて、3階分の階段を降り始める。

「ここももう、いつまで使えるかわからないわね。……そろそろ解体すべきかしら」

不用意に近づいた者が──という想定の中に、自分はもちろん入っていない──崩落事故にでも巻き込まれたら領主の責任問題である。
廃墟となって久しくあちこち傷んだ壁からはヒュルヒュルと隙間風が入り込み、建物全体が啜り泣きをしているようだ。
女の持つランタンのあかりももぼんやりと外へ漏れて、少し離れた場所からは鬼火が螺旋状に円塔の内部をなぞり降りているようにも見えるかもしれなかった──まるで怪談の導入部。

外へ出ると、濃い潮のにおい。吹きさらしの肌寒さにローブの前を搔き合せ、深呼吸をした。

ルドミラ > 夜の海。海鳴りの音がひときわ重く低く響いた時、女男爵の姿はすでに旧灯台前から消えていた──。
ご案内:「セレネルの海旧灯台跡」からルドミラさんが去りました。