2019/08/29 のログ
ご案内:「セレネルの海/小さな入り江」に紅月さんが現れました。
紅月 > ーーーざざん、ざざん…ぽろん。

波間に響く、音色があった。
それはやけに澄んでいて、潮騒に抱かれ寄り添うような…ただただ優しい囁き。

よく、海には歌う魔物が出るという…ハーピー然り、セイレーン然り。
けれど、その日歌っているのはそのどちらでもなく…焔のような髪を風に靡かせ、静かに目を閉じた女であった。
その腕には真珠色の竪琴…あるはずの場所に弦はなく、代わりに光の糸がピンと張られている。

竪琴が普通でなければ女も普通じゃあない。
弦を弾く爪は漆黒、尖った長い耳に真紅の角…間違いなく"ヒト為らざる何か"である。
妖か、精霊か、はたまた魔族か…浅瀬に突き出た岩に腰掛け、竪琴を弾きながら異境の歌を口ずさんでいる。

一つ確かなのは、その"何か"の纏う空気が何処までも穏やかで…まるで土地の一部の様にどこまでも自然だという事。
"ただ其処に在る"というような…少なくとも、害意は微塵も感じられないだろう。

紅月 > 月の無い、夜。
星々の煌めきが揺らめく水面の陰影をそっと映し出す。
女が足を浸す波間は薄く光を放ち、海水のあちこちで明滅しながら色彩を変えて…現実離れしたその光景の不可思議さに拍車をかけていた。

ふ、と…静寂に溶けるように旋律が止まる。
ふるふると睫毛が揺れて、ゆるりと開かれた瞳は…紫。

「……、…ふぅ。
…今宵も、いい取引が出来た。
何作ろうかなぁ…ブレスレット、髪飾り、それともランプ?」

するりと竪琴を撫でながら見上げる、空。
スッと眼を細め、口許には微笑みを。

今日はこの入り江にて、近海に棲む人魚達とちょっとしたお茶会をしていた。
お茶会と言っても…その中身はマーマンの愚痴だったり、恋の話だったり、陸で起こっているアレコレだったり。
はたまた、事前に依頼されて作っていた人魚達を飾るに相応しいアクセサリーを海の恵みと物々交換したり。
つまりはただの"女子トーク"というヤツである。

…が、これがなかなかバカに出来ない。

珊瑚や白蝶貝、真珠まで…人魚にとっては見慣れた物でも、陸の生き物にとっては貴重な御宝。
相手はそれらをポンポンと気前よく支払いに出してくるのだから、此方の製作意欲も増すというもの。

報酬を受けとり、嬉々として帰っていく人魚達を見送り…すっかり静かになった入り江にて、彼女らの笑顔を思い返しながらゆったりと過ごすのは毎度の事で。
また、うっかり遅くまでのんびりしてしまうのも"いつもの事"になりつつあった。