2019/05/17 のログ
ご案内:「ゾス村」にホウセンさんが現れました。
■ホウセン > 王国不在の間に溜まっていた彼是を処理するのに忙しい、小さな商人。
その姿は、王都から港湾都市を目指して進む隊商の中にあった。
妖仙自身の陣頭指揮を必要とするような、何事か込み入った取引ではないけれど、途中の九頭龍山脈に足を伸ばす用事があったから、そのついで。
天候に恵まれ、これまでの行程は順調で、だからこそ夜を徹して進む筈もなく、街道沿いの村で一晩休息する事となったらしい。
「夜の番となってしまった者はご愁傷様という奴じゃが、その分手当ては付けてやるから安心するが良い。
考えようによっては、賑やかな歓楽街で羽目を外す軍資金を蓄えておると思えば苦でもなかろう。」
宿場町を名乗れるほどの規模ではない、地味な村で羽を伸ばすよりも。
荷馬車の警護を、雇い入れた冒険者達の一角に任せ、妖仙自身は村の中央に向かって歩を進める。
あちらには宿がある。
おまけに、一応は酒場もある。
数少ない娯楽を享受しようとしたら、他の選択肢は、ほぼないに等しい。
■ホウセン > 物流の主要道であったから、王都と港湾都市を行き来する機会は掃いて捨てる程。
それ故に、この村に足を踏み入れるのも、もう数えるのが億劫なぐらい。
平らに均された砂利道が精々で、大部分は土を突き固めただけの道。
石造りの家屋は数える程で、木造の低層家屋の方が余程目に泊まる。
「嗚呼、それでも、野宿よりはマシという輩は少なからずおるのじゃろうが。」
心の底から飽きている訳ではないにしても、何処か達観気味になるのはやむを得ぬ所。
今回、初めて契約に至った護衛の幾人かが、足早に酒場へと足を踏み入れる後姿を見送る。
いっそ、これならば、村の外に出て散策の一つでもしていた方が目新しい何かに出会えるかも知れぬ。
――当然、無駄骨になる公算も決して小さくはないのだけれど。
■ホウセン > 袂から煙管を取り出し、口の端に咥えるのは癖のようなもの。
取り立てて深刻な思考でないにしても、日頃の仕草は拭えぬようで。
煙草の葉を詰め、着火し、肺腑の奥まで紫煙を吸い込み、ゆるりと吐き出す。
街灯はなく、中天に姿を見せる半月と、建物の窓から漏れる明かりとが精々の光源。
暗闇の方が優勢な村の中を、赤々と燃える煙管の火が漂う。
「ハテグ辺りとは違うて、他所の国の兵が…などという話もなかろうが、魔物がうろついておっても面倒じゃしな。
中継地点が壊滅というのは、字面以上に厄介故にのぅ。」
闇に閉ざされて見通しの効かぬ村の外れ。
野獣も魔獣も、何時何処から現れても不思議では無さそうなもの。
暗がりの中に、容姿端麗な童が佇んでいるという意味ありげな光景も、十分に怪談を名乗れそうなものではあるけれど。
■ホウセン > 村とそれ以外の境目は、簡素な木の柵。
小柄な妖仙の腰の高さまでしかなく、使われている木材の太さも然程ではないし、杭の密度も疎ら。
本気で害獣の侵入を拒もうとしているのか、疑わしくなってしまう位に。
尤も、戦費調達の名目で税が引き上げられているのは今に始まったことでもないし、手が行き届かぬのも致し方のない話だろう。
その境目を出る。
「いやはや、緑が眩しゅうて目が眩むのぅ。」
雪駄が踏み締めるのは、獣道三歩手前の畦道。
夜を見通す黒い瞳は、其処が村の農場であることを察知し、それを揶揄するように軽口を叩く。
作付けされている植物を見る限り、商品作物というよりは、自分たちの腹を満たす為のもののようで。
街道を行き交う旅行者が、宿泊や休憩の度に落とす金があるとはいえ、財政状況が上向かぬのも仕方あるまいと。
■ホウセン > まだ、晩春から初夏に掛けての頃だったから、作物の背丈は育成真っ最中。
翻って、見通しがよく、余程小型の小動物でもない限り、姿を隠すのは難しかろう。
南からの夜風が一度強く吹くと、農場の青葉が大きく揺れて、その背後に見える森の木々がざわめく。
農場部分に特筆すべき何物もないと判ずると、妖仙の足は先へ、更に先へ。
村を東西に貫く街道とは別に、近隣の村々と行き来する為と思しき山道へと足を踏み入れる。
天体から降り注ぐ光は、鬱蒼とする深緑に遮られて届かず、遠くなった村の灯は、木々の切れ間から稀にチラリと見える程度。
「せめて、珍奇な産物でも転がっておれば無聊も慰められるという物じゃが…」
ここまで至れば、治安という概念はない。
自然の只中であり、人間社会から訪れた方こそが異物なのだから。
暗がりの中、煙管の火だけが鬼火のように浮き上がり、至近にある妖仙の顔を照らす。
■ホウセン > 木々が、闇が、小さなシルエットを隠す。
日が昇るまでの間、野山に分け入った妖仙に収穫があったかは分からず――
ご案内:「ゾス村」からホウセンさんが去りました。