2016/08/24 のログ
ご案内:「ハテグの主戦場」にフォークさんが現れました。
フォーク > 戦況はこちらに有利だった。

雇われ傭兵のフォーク・ルースは与えられた小隊の指揮を受け持っていた。
通常なら勝手働き……つまり抜け駆けをして報酬を吊り上げる所だが、
本隊同士がぶつかり戦況が動いても、フォークは兵を動かさなかった。
戦場から離れた高台に陣を張り、陣幕の中でテーブルに置かれたゲーム盤を眺めるのみだった。

理由は二つ。
与えられた兵の質がよくない。戦場に立った経験がある者は三十人のうち、三人のみだった。
そして、戦況が有利なうちに手柄を立てても、報酬は上がらないからだ。

(もうすぐ俺の出番だ)

ゲーム盤に複数の駒を置き、それを凝視する。今回の戦況を模した棋譜になっている。
ともに戦場に立つ指揮官を徹底的に調べ上げた。誰が有能で、誰がそうでないか――
計算通りだと、そろそろ戦況の潮目が変わるころだ。

陣幕から出た。外では部下たちが青ざめた顔でこちらを見ている。
無理もない、フォークだって初陣は恐ろしかったのだ。

「槍を取って待機だ。一の隊列を組め」

部下たちに命令をする。ぎこちない動きではあるが、みんなフォークの指示に従った。
一戦限りの、たった数日の調練しか行えなかった部下たちではあるが、やはり愛着もわいてくる。
できるだけ彼らを戦場から生かして戻してやりたかった。

斥候が飛び込んできた。やはり右翼の部隊が崩れたそうだ。

「よっしゃ、いくぜ!ルーキーズ(ひよっこども)」

フォークは愛馬ビッグマネー号に跨がると、高台を駆け下り戦場へと向かった。
部下たちは歩きだ。彼らの速度に合わせるために愛馬を宥めなければいけないのが、少し大変だった。

フォーク > 戦場の土煙に思わずくしゃみをしてしまった。

右翼の部隊が押されている。自分ならば撤退の準備を考え状況だろう。

「吶喊!!!!」

敵軍の横っ腹に突っ込んだ。敵兵が宙を舞う。

「絶対に隊列を乱すな! 二の隊列を組め」

部下たちを五人ずつ六隊に分けた。
五人は槍と盾を構え、お互い背を向け合うようにして円陣を組む。
さらに五人一組の円陣六隊で、さらに円陣を組めと指示した。名付けて『ハリネズミの陣』だ。
先日、森で見つけたハリネズミを捕まえようとして、丸まったハリネズミに手痛い目にあったことから思いついた陣だった。
そして背向けの円陣を崩さぬよう、回転しながら自分の後を着いてこいと命じているのである。

ハリネズミの陣ならば、正面の相手のみに専念ができるし、小隊とはいえ全員が一丸となればそうそう崩されるものではない。
円陣に近づく敵はいるが、うかつに近づけば突き出された槍の餌食になるので攻めあぐねているようだ。

「ハムだ、ハム!」

敵軍の脇っ腹に食いついた。しかし敵軍深くに突入するつもりはない。
このまま味方の陣に向かって、敵軍を削ぐように進むのである。
なぜこの進軍をハムと呼ぶかというと、フォークの家ではサンドイッチに使うハムを薄~く削るように切っているからだった。

ゆっくりとした進軍ではあるが、確実に敵兵を斃し、兵の消耗は抑える。
味方の旗が、見えた。

フォーク > (おっと、おいでなすったな?)

敵軍から騎兵が一騎、大斧を振り回しながら近づいてきた。
煌やかな鎧を着けている。指揮官の一人だろう。それもそこそこ階級の高い指揮官のようだ。
軍を一人の人間とすれば、ひよっこ部隊のしたことは、延々と脇腹を突くような行為だ。
煩わしくて、敵の総指揮官が側近に脇腹を突く害虫を鎮圧するように命じたのだろう。
もし自分が総指揮官だとしても、そうするだろう。

騎兵は名乗りを上げているようだが、戦乱の響めきでよく聞こえない。
指揮官は声が大きくなくてはいけないのだ。声が大きければそれだけ兵士に命令が届く。
耳をほじって薄ら笑いを浮かべてやった。実際に何といっているのか聞こえないのだが、挑発の意味も込めての行為だ。

それでも相手が何を言っているのかはわかる。一騎打ちをしろと言っているのだ。
ゆっくりとビッグマネー号の手綱を取り、騎兵の方に向けた。
相手はこちらが了承したのだと思ったのだろう。全力で疾駆してくる。
向こうの武器は大斧、こちらは素手だ。素手相手に武器で挑んでくるとは卑怯……とは思わない。
こちらはこだわりで無手勝流を気取っているのだ。

ビッグマネー号の手綱を思い切り引き、棹立ちにする。

騎兵が大斧を振り上げた瞬間、フォークの左右から長い槍が繰り出され、敵の胸板と喉笛を貫いた。
騎馬の指揮官は、己を突き刺した二本の槍に、もたれるように事切れていた。
その死に顔は、実に無念そうだった。

「助かった」

フォークは左右から槍を繰り出した二人の兵に礼を言う。
『自分が棹立ちになったら、円陣から飛び出し槍を前に繰り出せ』
戦場の経験があった兵に、そう命じていたのだ。そのためにとりわけ長い槍を持たせていた。

「さあ、帰陣しようか」

屠った騎兵の骸を串刺しのまま天に掲げ、本陣に入る。見事な手柄だ。
戦場を振り返る必要はない。今日はこちらの勝利だ。

「我ら総勢三十一名、無事に生還しました!」

味方の総指揮官に大声で誇る。
命の持ち帰りは、何よりの手柄なのだ。

フォーク > 夜――

本陣の陣幕では、戦勝祝いが行われていた。

しかしフォーク・ルースは参加していない。いや、参加する資格がないのだ。
祝宴に呼ばれたのは、正式に軍属している指揮官のみであった。
契約期間が終わり、部下たちとも別れてしまえば、ただ一匹の傭兵がいるだけなのである。

(慣れてはいるが……やはり雇われ傭兵の宿命だな)

強い酒でも呷りながら、陣から出ることにした。

陣の入り口に、首が一つ晒されていた。
戦場で自分が奸計で屠った敵指揮官の首だった。

「さっきは悪かったな……ま、これも戦場の倣いさ」

恨みがましい表情を崩さない首に、酒をかけてやった。
次に戦場に立った時、晒されるのは自分の首かもしれない。

「じゃ、あばよ。また逢おうぜ」

首に向かって軽く手を振れば、そのまま陣から出て行った。

ご案内:「ハテグの主戦場」からフォークさんが去りました。