2022/10/02 のログ
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」にエリーシャさんが現れました。
■エリーシャ > 日ごと夜ごと、憎き父の面影を探し、戦場を駆ける娘にも、
ときに戦場以外の場所を訪ねることがある。
王都の屋敷で雑務に手を付けることもあれば、
後ろ盾と成り得る人物を求め、ご機嫌伺いに登城することもあり、
地方に構えた別邸で暮らす祖父の許へ、顔を見せにゆくことも。
そしてまた、母の形見であるしろがねの剣を、
月に一度、生前の母が世話になっていた司祭の営む僧院へ出向き、
清めの儀式により加護を受けることも、欠かさず行う大切な習慣だった。
今日も、娘は慣れ親しんだ僧院の門を潜り、
瀟洒な礼拝堂の祭壇につるぎを捧げ、神妙な顔で跪き、
老齢の司祭による祈りと祝福を、有難くその身にうけた。
半時ほどののち、司祭に促されて立ち上がると、
娘はいつものように、深々と司祭に頭を下げる。
「ありがとうございます、司祭さま。
いつもながら、こころが洗われるようでございました」
その台詞も常と寸分たがわず、司祭から向けられる微笑も、また。
しかしそのあとが、いつもとは少し違っていた。
慌しく駆け込んできた若い僧が、司祭に何事か耳打ちをする。
少しお待ちください、よろしければこのあとお茶を――――
そんな台詞を残し、司祭は僧とともに去ってゆく。
彼らの背中を見送って、溜め息をひとつ。
祭壇に上げられていたつるぎを回収すべく、そちらへ歩み寄って。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」にメレクさんが現れました。
■メレク > ノーシス主教の総本山であり、主神の名を冠する都市。
暮らす人々の大半が神官や修道女、或いは、敬虔な信者である街は正に宗教都市である。
本来であれば神の教えを受けた人々が住まう街は、何処よりも治安が良く、
住民たちは神のみ御心に寄り添い、清貧を心掛けて己を律している筈であった。
だが、実際は、神官達は多額の心付けを受け取り、修道女達は売春婦のように扱われる。
汚職と賄賂、売春が横行している腐敗した都市というのが実情である。
若い僧の耳打ちした内容も、司祭が少女を引き留めた理由も正にそう言った理由。
この僧院に於いて、何よりの上客である貴族の男性が、多額のお布施を支払う代わりに、
修道女や参拝客を返礼として彼に宛がうのが常となっていた。
先程の若い僧に誘われて、礼拝堂に案内されたのは、でっぷりと腹を膨らませた中年貴族。
煌びやかな衣装や指輪を身に纏う彼の姿は敬虔な信者には程遠い事だろう。
「……ほぅ。これはこれは。どうも、お嬢さん。お邪魔しますぞ」
ぱたり、と伝令の若い僧が心得ているように扉を閉ざす音が響き渡る中、
先客の少女に値踏みする視線を向けて、口端を緩めながら其方へと歩み近付く男。
特殊な勘の良さを働かせる彼女であるならば、その存在の異質さに気付くかも知れず。
■エリーシャ > 若さゆえに侮られがちであるとは言え、娘も王都に住まう貴族である。
この国がどれだけ腐臭を放っているか、その腐敗は既に王国全土に及び、
真の意味で清廉たる場など、探すのも難しいことは知っている。
されどこの僧院は、祖父母の代から付き合いのある司祭が切り回す場所。
彼が穢れた金のために動くことなど、有り得ない、筈だった。
だから、普段は余人の介入を許さぬ場。
闖入者など無い筈の時間に、見知らぬ来訪者が現れれば、
娘はあからさまに眉根を寄せ、睨むようにその男を見据える。
その背後でそそくさと扉を閉ざす若い僧の態度にも、違和感は募り。
手を伸ばして掴みあげたつるぎを、慣れた手つきで腰に刷く。
柄に右手を触れさせたまま、一歩、こちらからも進み出て。
「どうぞ、お気遣いなく、……こちらの用事は、もう済みましたので。
わたしはもう、失礼するところです」
この違和感は何だろう、相手が苦手とする年頃の男である所為か。
それとも向けられる眼差しが、いささか不躾に感じられるからか。
いずれにしても、聖堂の中でいきなり刃傷に及ぶほど、血の気の多い娘でもない。
無難な態度で一礼し、素早く通路へ足を運んで、聖堂を後にしてしまおうと。
■メレク > その貌を、その容姿を、不躾に眺める視線に感付いたのか、
或いは、彼が理解し得ない他の理由であるのか、
不機嫌そうに睥睨する視線を真正面から向けられると双眸を瞬かせて苦笑する。
祭壇に近付いた女性が聖別を受けた剣を腰に佩けば、ぴくり、と男の動きが止まる。
武器を携帯した彼女自身に危機感を抱いた、と云うよりも、
その白銀の剣に対して、双眸を細めると怪訝な視線を注ぎ。
「あぁ、そうでしたか。もしも、私めの所為で用事を中断させてしまっていましたら申し訳ございません。
名乗り遅れましたが、私めは、サマリア辺境伯のメレク、と申します」
年上の相手に対して無礼とも取れる態度の彼女に対して、丁寧に頭を下げて家名を名乗る。
貴族社会に生きる者であれば、無視する事は憚れる礼儀作法に則った挨拶も、
この男が行なうと何処か、滑稽じみて見える事だろう。
辺境伯の称号が示す通り、その土地は王国と魔族領の境界線であり、常に戦が絶えぬ場所であり、
彼女自身が赴いた戦地、或いは、幾つかの騎士団が壊滅に至った激戦区に程近い因縁もあるやも知れず。
「私めとしては、折角ですし、もう少しお話を愉しみたかったのですが、……致し方ありませんな」
少女が彼に無防備に背中を向けて礼拝堂を後にしようとするならば、残念がるような台詞を吐き捨て。
同時に、そのズボンの裾から無数の触手が伸びると、相手の足に絡み付こうと地面を這いずり進む。
果たして、その触手が彼女を捕らえるのが先か、礼拝堂の扉が閉ざされるのが先か――――。
■エリーシャ > ただでさえ、常日頃からぴんと張り詰めた鋼糸のような娘である。
戦場はもちろんのこと、王都でもついぞ味わえぬ静謐を、
心ゆくまで堪能するのが目的と言っても良い機会。
それを邪魔されたとなれば――――脳裏にちりつく違和感も相俟って、
あからさまに不機嫌そうな態度をとってしまうもの。
「いいえ、……今、申し上げた通り、
こちらの用事はもう、終わっています。
――――――… そうですか、貴方が……」
相手が恭しく頭を垂れて名乗った時、ほんの少し、娘の足が止まる。
あらためて男の顔を見て、その煌びやかななりを見て、
成る程、と得心がいったように頷く代わり、緩く瞬きをひとつ。
つるぎの柄から手を離さぬまま、角ばった儀礼的な一礼を返し。
「卿のような身分の高い方と偶然お逢いできて光栄でした、
わたしはエリザベート、公爵家の末席をけがす者でございます。
いずれしかるべきところで、またお目にかかりましょう」
家名を告げる代わりに、普段はさして呼ぶ者も無い、
ちょうどくだんの司祭に与えられた、洗礼名を口にした。
違和感は今や背筋をざわざわと這いずり回る、不快な衝動に変わっている。
それでも、いきなり斬りかかりなどせず、やり過ごすことを選んだ娘は、
足早に扉へ向かって行った。
扉を開き、それを潜って外に出る、一連の動作は訓練された武人らしく素早い。
加えて、恐らくは清めたばかりのつるざの白銀が、何某かの加護をくれたものか。
娘は辛くも難を逃れ、血腥い日常へ戻っていった――――――
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からエリーシャさんが去りました。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からメレクさんが去りました。