2021/09/12 のログ
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」に肉檻さんが現れました。
肉檻 > コツン――と、不意に静寂を破る様に、床を叩く硬質な音色が広大な書庫に反響する。

何かの弾みで書棚か何処かから転げ落ちたのか、或いは誰かが落としたものか。
しかし後者と考えるには、其れを落とした"誰か"の気配はその場所には感じられず。

揺らめく燭台の小さな明かりが辛うじて届く片隅の床の上。
その光を受けてキラリと煌めきを放ったのは、成人男性の拳程度の大きさをした透き通る水晶玉。

床の上を転がりやがて停止したそれは物言わずながらも、
先客である彼女の視界の片隅で宛ら己の存在を主張し続けるかのように、
燭台の明かりを受けて妖しげな光沢を微かに放って居た。

シシィ > 「───?」

不意に響いた硬質な音。誰かの足音とも違う、音は連続せずに、ただ一音が反響し、余韻を残していた。

硬質な音は、書籍のそれではない。
金属音ともまた違う。
──では、なにが?

いぶかしむような表情を浮かべるのは、周囲にほかの人の気配を感じないからだ。
書庫の出入り口は今己が歩んできた方向。
先客がいるにしても、いないにしても、その姿を見かけない、ということがあるのだろうか?


自問しても答えの出ないものを追いかけながら、燭台の明かりを揺らす。
乏しい明かりの端に、転がっている何かが灯りを反射して滑る様な光沢を放っていた。磨かれた硝子質の───

「………石……ではなくて、水晶?」

誰に問うこともない呟き。
歩みを寄せて、床に膝をつく。手にしていた書籍を傍らにそっとおろして、埃一つもかぶっていない、磨かれぬいたその真球に不思議そうに首を傾げた。

ゆら、ゆらと、灯りを反射して、透き通っているはずのそれが光沢を放つ。
状態からしてもずっとここにあったものではないだろう、が、誰かいたのだろうか…?

改めて視線をさまよわせるも、灯りの届く範囲に人影は見えない。
困ったように黙り込んで、思案。
落とし物にしても何にしても、このままこうしておいてはどこかに転がって行ってしまうだろう。

拾い上げるためにそっと手を伸ばした

肉檻 > 床を叩き転がる音が止まると、何事も無かったかの様に元の静寂に包まれる書庫。
矢張り、其処に生きた人物の姿や気配は見当たらず、蜜蝋に灯った明かりが時折揺らめく音を発するのみ。

そして、その明かりを受けて煌めくのは丹念に磨き抜かれた真球の如き姿形をした水晶玉。
書架に並ぶ本達とは違い、埃を被った様子も色褪せた気配も無く妖しげな光沢を放つ其れ。

やがて、歩みを寄せた先客である女の手によって拾い上げられた其れは、彼女の掌に収まる程度の大きさで。
触れた質感も、外見に違わず冷たく滑らかで硬質な水晶玉のもの――

で、あったのだけれども。

彼女の手に収まった途端、ドクン――と脈打つかの如く微かに蠢いて。
次の瞬間、硬質な球体だった筈の其れはぐにゃりと形を歪め――巨大な薄い膜のように広がると、其の侭女の全身を包み込んで捕らえてしまおうと――

シシィ > 「……」

拾い上げたそれは、そこに存在する不自然さを覗けば、磨かれぬいた結晶体そのものだった。
そう、酒場などで占いを行う旅人の持つ水晶のような。

なんにせよ、書庫に存在する、という時点で違和感がめばえてしまう──

「…っ、!?」

そんな違和感とともに立ち上がり、落とし主を探すために元来た道を戻ろうとした女の手のひらの上の違和感。

無機物が突如有機物へと変化した──そうとしか言いようのない変化。
体温が映るにしても早すぎる。なにより──

「な……っ!?」

瞬く間に水晶だったものはその形を変え、薄い膜の様に広がりを見せる。
闇の中に近い書庫の中であれば、その広がりのすべてを見届けることはできなかった。逃げようにも、灯りを持ったまま。それがなければ足元もおぼつかない中では、どうしたって初動が遅れた。

────その、足元までをすっぽりと覆いつくすのは、それまで水晶だったはずの、何か。
飲み込まれたのだと自覚しながらも、出口は、見つけられない。何か声を上げようと唇が開いて───、それすらも、もう届かないのかもしれなかった。

肉檻 > コツン――と、再び床を叩き転がる音色。

手にしていた明かりごと女を飲み込み捕らえた其れは、再び元の水晶玉の姿形へと戻ると、
床の上へと落ち転がってゆき――やがて書架に当たってはピタリと動きを止める。

其処に、先程まで立っていた筈の彼女の姿は無く、物言わぬ静寂と暗闇が広がる広大な書庫の中。
物言わぬ水晶玉と化した其れは最早誰かの目に付く事も拾われる事も無く、唯その場に佇み続けているのだった――

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」から肉檻さんが去りました。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からシシィさんが去りました。