2021/03/31 のログ
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」にリーアンさんが現れました。
リーアン > 「――――幾ら何でも、遅過ぎないかしら」

とっぷりと日も暮れ落ちた夜の礼拝堂を背に、ただひとつと知らされた扉の前に佇み、
既に随分長いこと待たされている己の不審げな呟きに、応えは返らない。
扉を挟んだ向かい側に、門番宜しく佇む老齢の修道士は、曖昧な薄笑みを崩さず、
公主様の祈りの場に、従者と言えども余人の立ち入りは許されません、と告げた、
数刻前の慇懃な態度を撤回する気は無いらしい、と知れる。

扉が分厚く、重そうで、向こう側で何があっても聞こえそうにない、
此の状況は何とも不穏で―――――やはり、強引について入るべきだったか、
今からでも此の修道士を押し退け、中へ入るべきではなかろうかと、
密かに考えを巡らせつつ、片手を無意識に束ねた髪の付け根へ伸ばす。
其処に仕込んだ唯一の武器を、使うべきか、否か――――――。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」にギュンター・ホーレルヴァッハさんが現れました。
ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
そんな少女の待つ礼拝堂の扉が、ゆっくりと開かれる。
中から現れたのは、豪奢な衣服に身を包む小柄な少年。
修道士が平伏する様な勢いで、頭を下げる。

「……おや、待ち人が居るとは聞いていないが。
この礼拝堂は、今宵は市井の者には解放されぬ。
神に祈る用事があるなら、他を当たるのだな」

そんな少年は、修道士と向かい合う少女に気付けば怪訝そうな視線と表情。
遅くまで熱心な信者が居た者だ、と言わんばかりの態度だったが――

「……ああ、そうか。公主殿の護衛か。
であれば、何方にせよ今宵は宿へ戻ると良い。
今宵の祈りは、少々"長く"なるだろうからな」

少女の装いに視線を向ければ、嗚呼、と理解した様な言葉。
そして小さく肩を竦めれば、懐から取り出した煙草を咥え、火を付ける。
修道士が僅かに顔を顰めるが、咎める言葉は無い。
甘ったるい舶来品の紫煙が、周囲を漂う。

リーアン > 横目に睨みつけていた扉が、其の時、不意に内側から開いた。
現れたのは貴族然とした容貌の少年だったが、修道士の態度とは対照的に、
己は振り返った姿勢の侭、不躾なまでの眼差しを向けており。
其の眼差しが、少年の物言いを聞くうち、みるみる険を孕んでゆき。

「―――――失礼ながら、我が公主様は未だ、10にも満たぬ稚い方で御座います。
 こんなにも遅くなるなど伺っておりませんでしたし、
 ……此処でお役目を放棄して帰っては、わたしが後々、公主様のお兄上に叱られます」

恐らく、年下であろうと思われる少年貴族が、当然のように取り出した煙草にも、
聊か眉根に皺が寄るのを自覚しながら、言葉遣いばかりは最低限の礼を保ち。
身体の向きを変え、扉の方へ半歩、じり、と踏み出しながら、

「お祈りには、明日、昼間にでも改めて伺いたく。
 ………今夜はもう、連れ帰らせて頂きます」

申し訳程度に頭を垂れて、けれども決然と。
今度こそ誰が咎めようと、中へ踏み込む心算だった。

ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
言葉遣いは兎も角、少女の表情と態度は御世辞にも褒められたものではない。
少なくとも、此の国の支配者層である己に向けるべきものではない。
しかし――少女に向けるその表情は、愉悦を含んだかの様に僅かな笑みを形作るのだろうか。

「ならぬ、と言っている。中にはまだ"順番"を待つ同胞達がいるからな。
とはいえ、あと数名だ。日を跨ぐ事はあるまい」

何の順番を待っているのか。
中で何が行われているのか。
明確な説明も言葉も無い。ただ、愉快そうにそう告げるだけ。

「私も公主に"御相手"して頂く予定だったがね。
如何せん、君の言う通り公主様は幼過ぎる。
確かに、歳が近いと言えばそうなのだが…そんな理由で呼ばれてもな」

これは、少女に対する言葉でもあり、愚痴の様なものでもあったかもしれない。
多忙を極めているのに、と言わんばかりの溜息が紫煙と共に零れ落ち――

「……しかし、どうしても連れ帰りたいと言うのなら。
口利きしてやらぬこともない。今宵の『礼拝』の参加者では
私が一番家の格が高いからな」

と、踏み出そうとする少女を止める仕草も見せずにそう告げる。
踏み込むならご自由に。しかし、此方の言葉を聞き入れてみても良い。
そう言わんばかりの態度。仮に少女が己を振り払って扉を開こうとしても――決して、止める事はしないだろう。

リーアン > 此の国の王侯貴族というものに、そも、好感など抱いていなかったが。
城で暮らし始めてからの僅かな期間で、其の印象は悪化の一途を辿っていた。
だから、少年の口にした、順番、という単語にも。
悪心めいた靄が、胸の奥に蟠り始めるのを感じながら、

「……何のお話か、よく、分かりかねますが。
 公主様は、普段でしたら、もうお休みになられている時間です。
 畏れ多くも帝国の皇女たるお方を、こんな時間まで―――――、」

悍ましいことではあるが、今や、確信があった。
中で行われているのが、祈り、などという清らかな集いではないと――――、
引き結んだ唇からも、強張った頬からも、すう、と血の気が引いてくる。
其れでも、押し入ろうとした足が止まったのは、少年の物言いや態度が、
彼の機嫌を絶えず窺う修道士の様子が、少なくとも、彼の身分の高さを感じさせた所為。
ほぼ背丈も変わらぬ少年を、真っ向から睨むように見据えて、

「―――――お言葉に、甘えても宜しければ。
 我が公主様の為に、お骨折り、頂けませんでしょうか」

鳩尾辺りへ両手を重ね、目を伏せて、腰を折り、深々と頭を下げる。
出来ることなら、事を荒立てたくない、という、ぎりぎりの理性が働いた結果である。

ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
「おや、心外な物言いだな。
我々とて、公主を遇するにあたって礼儀というものは弁えている。
今宵は、謂わば懇談の場。君の主とて、婚姻の為に此の国を訪れたのだろう。
であれば、見知らぬ者よりは多少知己を得た者の方が良いだろう、という心遣いだよ」

唇が三日月の形に歪む。
此方を睨む様に見据える少女に、傲慢さと尊大さを含んだ態度を隠さない。
謂わば強者の余裕。或いは驕り。
絶対的な立場と権力を有するが故の態度を、少女と背丈も年齢も大差無い様な己が纏うのは
彼女の瞳にどう映るのだろうか。

そんな態度の儘、吐き出した紫煙の先で
深々と頭を下げた少女を、静かに見下ろす。

「ああ、構わぬよ。時間は取らせぬ。直ぐに宿までお連れする様に手配しよう」

何ともあっけないものだった。
傍に控えた修道士に視線を向ければ、老人は我が意を得たりと言わんばかりに駆け足で扉の向こうへと消えていく。

「さて。私は君の願いを叶えた。
しかし、無償で他者の願いを聞き届ける程、マグメールの王族は物好きでも無い。
君の主を救った代価は。主の清廉な幼さを、我が同胞から取り上げた報酬は。君が、差し出せるものは。
マグメール王国を預かる王族たる私に。
ギュンター・メルヒオール・フォン・ホーレルヴァッハに。君は一体、何を捧げるのかね?」

それは悪辣な請求書。
対価を示さぬ儘先に行動しておいて、後から代価を求める。
それも、主の無事と引き換えに差し出せるものは何か、という少女の忠誠心を試す様な言葉と共に。
そんな言葉を投げかける己の表情は――何処までも愉し気なものなのだろう。

リーアン > 「―――――多少、という言葉の捉え方にも、拠るかと存じますが」

心遣い、懇談、耳に心地良い其れ等の言葉を、鵜呑みに出来る筈も無い。
独白めいて低く洩らした言葉が、従者の立場を弁えないものであるという、
自覚はあったが、零れてしまったものは仕様が無い。
其れに何より、とにかく何より―――――此の少年が余りにも、貴族然としていたので。
此方の態度はごく自然と、剣呑な色を混じらせてしまうのである。

けれども、存外あっさりと。
頭を下げた己に、色良い返答が返った。
走り去る修道士の姿を、思わず目で追ってしまう程、あっさりと、だ。

間抜けにぽかんと口を開けて、其の背が消える先を見つめ。
其の侭の顔で振り返った時、少年が言葉を繋ぐ。
一瞬、見開いた瞳が瞬きを忘れ、――――――其れからじわりと眇められた。

「――――――確かに、我が公主様は清廉で稚い、愛らしいお方。
 其の公主様の代わりになるものなど、わたし如きが、持つ筈も御座いませんが、
 ………公主様に、就寝のご挨拶を、お言付け頂けるのでしたら。
 わたしが朝まで、公主様がお目覚めになる刻限まで、
 皆様のお話し相手を務めさせて頂く、というのは、いかがでしょうか」

視線だけで射殺せるならば、とうに致命傷を与えられそうな眼差しに、
唇だけを緩く綻ばせ、小首を傾げる仕草と共に。
提案は其れまでで最も低く、最も艶を孕んだ声音で、

――――――夜半までではなく、朝まで。
其の提案に、どれ程の価値を見出すかは、目の前の少年次第だ。
少なくとも己は、清純な乙女、ではないけれども―――――――。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からリーアンさんが去りました。
ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
呆然、と言う様な表情の少女を愉快――というよりは、可笑しそうに笑いながら見つめる。
くすくす、と零れる笑みは先程よりは邪気の無いものだろうか。
そしてその笑みは――ついで投げかけられた少女の言葉に、愉悦と嗜虐の色を強くすることになる。

「ああ、成程、成程。
確かに、公主の代わりを従者が務める訳にもいくまいな。
だが、その心意気は買おう。公主にも、君からの言付け確かに伝えよう。
……しかし、二つほど、伝えなければなるまいな」

愉悦に染まった笑みの儘、静かに少女に近付いて――

「まず一つ。今宵の礼拝は、本当に唯の顔合わせだ。
我が国は話好きが多くてね。元々公主はそろそろお帰り願うつもりだった。
何を想像していたかは知らぬが、少なくとも公主に触れる様な不埒な者もいなければ、その様な事も無い。
全て、君の杞憂に過ぎないという訳だ」

「そして、もう一つ。私が、中の連中を混ぜてやるとでも思っていたのかね?
なあ、誇り高き帝国の従者。主を慮る忠臣。
私は、君の様な者が嫌いではない。だから、朝まで愉しくしようじゃないか。
何、公主が目覚める前には、帰してやるとも」


そうして、二人の姿は礼拝堂から消える。
彼等の行く先を。そして、此の後何があったのかを。
全てを知るのは、礼拝堂に祀られる神のみぞ知る――のかもしれない。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からギュンター・ホーレルヴァッハさんが去りました。