2019/11/07 のログ
レクス > ずる――り――…ずる――り――…。
白い街路を引き摺る黒い鞘。その切っ先が、何度も道にぶつかって跳ねる。
月明かりを映し出す程に清らかな道に、その度に滴る血が落ちる。
けれどきっと、朝になる頃合いには消えてしまっているだろう。
ちょうど今通りかかった荘厳な教会の地下で、太った男に犯され死んだ少女のように。
誰も気にすることは無いだろう。誰も気に病むことは無いだろう。

「薄汚い奴は――死んだって、構わない……」

ぽつり、と呟く言葉。
風雨に長年晒され大事な芯まで抉れた大木の中を通る死んだ風のような声。
それが、兵士達の言っていた言葉を繰り返す。
頭蓋に皹が入る程、強く振り下ろされた棍棒に刻み込まれたか。
傷つき、壊れかけた身体を引き摺るように――けれども、停滞のない足取りで。
傷つき、壊れかけたと認識するための何かは、とうになくなってしまっている。
だから、折れた指は剣の鞘を握りしめて離さない。
額から零れる血が入っても瞬きのしない目。
薄紫色の、瞳孔が散大し切った瞳。そこに映る神聖都市の教会の群れは、きっと美しいのだろう。
その前を歩く襤褸、それが滴らせる鮮血の痕さえ問題としない程に。

レクス > ずるり――…。
剣を引き摺る足取りが、神聖な都市の向こうへと、消えていく。
消えても白亜の道は続く。そこに滴る軌跡の向こう。軌跡の出発点。
不審者を一時的に収用する施設の責任者は、明日の朝不思議に思うだろう。
使用されていない筈の牢獄の扉が開いていることがひとつ。
もうひとつは、どう考えても数の合わない備品の棍棒だろう。
そういえば、昨夜の夜勤は誰だったか――。
そんな彼の疑問もきっと長続きはしないだろう。
些末なことに係わってはいられない。やることはたくさんあるのだから。

ふわりと――。
裏路地に舞っていた白い灰は、朝日の中に消えていった。
まるで季節外れの雪のように、誰にも見られることは無く。
点々と続いていた赤い軌跡も、その頃には、きっと――。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 教会の並ぶ通り」からレクスさんが去りました。