2019/10/14 のログ
■マリアナ > 偶然擦れ違い、他愛もない言葉を交わす。
それだけの愛嬌がなかっただけではなく、彼女は軍属の兵士である。
こんばんはと応えて微笑む代わりに、擦れ違っていく男を視線で追った。
空気によく通りはするが、声量はそれほどでもない己の声が届くうちに。
「止まってもらおう。」
有無を言わさぬ静けさで、告げる。
視線でしっかりと確認していたわけではないが、感じ取った気配から考えればこの男は教会から出て来た筈である。
そんな男からごくごく僅かではあるが生血の匂いが漂っている。
それだけで立ち止まらせるには充分な理由になる。
己の胸元には王国軍所属であることを示す紋章があり、それは王都に限らず国内の治安を守る者を指す。
「祈りを捧げるには些か遅い時間だと思うが。」
要は、何処で何をしていたのかと。
■ジェイ > ―――残念だ。
女のよく通る声が夜の空気に響く。
耳にして、最初に胸中に浮かんだ言葉。言葉にしないまま、軽く唇だけで紡ぐ。
彼女を通り過ぎて数歩。距離にして数mの場所で立ち止まる。
言葉を交わすのに差し支えのない距離で、生命のやり取りをするのにもちょうどいい距離。
「――祈るべき何かに心当たりはないな。
君にはあるのか?軍人さん。」
――質問に返すのは答えにならない、答え。
帽子を片手で抑えた侭、身体ごと向き直る。空いた片手は体の横に。
視線は、相手の胸元へと一度流れてから透き通る青空の瞳に向く。
此方の視線はその空が陰り始めた黄昏を思わせる金色。
感情の色合いを滲ませないその視線を、僅かに細める。
外套の下を観察すれば、特に武装をしていないのはわかるだろう。
腰に剣は帯びていない。懐に短剣を隠しているかも知れない程度。
「――祈る対象でも考えながら散歩に戻った方がいい。」
そして、無駄に終わるかも知れない言葉をひとつ、唇が紡ぎ出す。
■マリアナ > 女の双眸が、僅かに細められた。
苛立ち――とは少し違うが、似たような感情がそうさせたのは明らかだった。
この男は己の職に気づいていてなお、まともに答えない。
やましいことがある場合、ごまかし有耶無耶にしようとする輩もいるが、そういったタイプでもないようだ。
つまりは一番厄介な手合いである。
「生憎と私の主神はこの国には存在しない。」
女は職務に忠実だが、血の気が多くはない。
腰元の長剣は軍から支給されている物で、どうにも手にしっくりとこないそれを抜きはしなかった。
今、必要なのはそれよりも―――
「驚くふりもしないのか。ならば心当たりがあるのだろう。」
闇に映える金色の瞳から焦りどころか何も見えない。
が、尋問すれば何かしらわかることがあるだろう。
無論男が出て来たであろう教会も、後で兵を差し向け異変を探らねばならない。
剣に向かわなかった女の人差し指が、虚空に絵を描くように揺らめいた。
魔力を練られて其処に生まれる紫紺の綱。
それが自ら意思を持っているかの如く、蛇の如く。
男を捕縛すべく絡みつこうと素早く動いた。
■ジェイ > 僅かな血の匂いの薄片を感じ取る相手。
そして何より、それを見逃さない職務熱心な軍人。
つまりは、厄介で、できればやり合いたくない手合いだ。
「――なるほど。いや、成る程か。それは素晴らしいことだな。」
皮肉や、嫌味を告げる風でもない。
ただ、金色の瞳を僅かに細めた。
ゆるり――と右手が帽子から滑り落ちる。
同時に、身体に絡みつく紫紺の網。
避けようともしない男の身体を絡め取ってしまうだろう――そして。
「もう一度言う。
―――君は散歩に戻った方がいい。」
――焼、という音。
網に絡め取られた腕から零れ落ちるのは赤黒い焔。
それが魔力の網を舐めるように燃やしていく――。
最後の一欠けらまで執拗に、丹念に焼き払っていく中
言葉が響く。忠告めいたそれ。あるいは警告めいた響きのそれ。
金色の瞳が、夜の光の中、薄く粘着質に輝き始めて。
■マリアナ > 王都に比べれば乏しい街路灯。
闇に沈んでいた二人の姿が浮かび上がったのは、赤黒い焔が燃え盛る瞬間。
女は眉根を寄せ、己の魔力が炭となって地に落ちるのを見届けた。
この男はまともではない。
狂人だの何だのの話ではなく―――魔の気配が、匂う。
「余計な世話だ。私を案じてくれるのならば、素直に応じるべきだ。」
もはや無傷で捕縛するのは諦めた方がいいだろう。
女の指先は今度こそ剣を握り、ひんやりと冷たい刃が鞘と擦れる音を伴い、銀の刀身を抜く。
男の姿を映すほどに冴えた剣だが。
(拙いな。)
本来戦場では使っていない。
彼女はもともと大型の弓を得物としており、剣術に於いても少々特殊で、こうしたオーソドックスな剣は好まなかった。
それでも普段行っている警備や護衛に遭遇するトラブル程度であれば、何の支障もない。
ただ相手が厄介な能力を持ち合わせていることは感じ取っている。
「例えば、何処で誰を手にかけたのかという質問にも。」
女の唇が核心をつく。
と同時に、振るった刃は低く、男の太腿を狙った。
■ジェイ > 「素直に応じて――
“そうか、それではおやすみなさい”としてくれるなら話は別だが
そういう訳にもいかない――だろう?」
焔の残滓を指先で払うようにそっと片手を振る。
その姿を映し出すのは星明り煌めく銀色の刃。
その刃の煌めきが物語る――要は
「――あまり使い慣れない武器を持つべきではないと思うが?」
――使い込まれていない刃と、その構えにそっと言葉を挟む。
次いだ質問に、言葉を返すことは無い。
微かに、地面を蹴る音。振るわれる刃が低く、太腿を切り裂く軌跡を描いて
―――太腿に、触れる。
「――後悔するなよ?」
ガギ――!
響くのは、金属質な音と感触だろう。
硬質化した皮膚を、刃は僅かに引っ掻くように傷つけて抜ける。
それが僅かに引かれて、踏み込む気配を感じるか否か。
剣と交差するように、伸ばされる右の手指。
爪が一瞬で長く伸びて、ぬるりと――表面にどす黒いの液体を伝わせる。
毒――即効性の麻痺毒――それを乗せた刺突。
それは低く剣をふるう女の首筋を狙って伸びていく。
■マリアナ > 使い慣れてはいない―――が、基礎は身についている。
その程度で動きを封じ、捕縛できるのならそれに越したことはないのだが。
刀身を通して手指が感じ取ったのは予想外の感触。
「ッ……!?」
電気が走ったように痺れるほど、硬い。
今の一撃だけで刃毀れするとは。
だが食い込まなくてよかった。使い慣れずとも大事な得物だ。
「く、……っ。」
エルフの青い瞳は、此方に突き立てられようとする爪を捉え、刃で素早くその爪を振り払う。
と同時に、距離を保つべく後ろへ飛ぶように身を退いた。
持ち合わせている武器の都合上、接近戦を想定したが、どういったからくりか鋼の肉体であるならば分が悪い。
「血が通っているとは思えない躰だな。魔導機械か?」
人工皮膚で覆った高度な魔導機械は、人間と変わらぬ思考を持つ個体もあると聞く。
これもまた素直に答えるとは思えないが、もし機械であるとするならば、もう少し致命傷を狙っても構わないのだろうか。
後々修復できるのなら一気にかたをつけた方がいい。
体力で勝ることは難しいだろうし、弓もなく戦時の防具を纏っているわけでもない己では持久戦には向かない。
僅かに唇が動く。
喉の奥で短く詠唱する彼女の指先が、すっと刀身を包んだ。
距離を保っての横一線、届くのは刃そのものではなく、切り刻む鎌鼬。風の刃といったところ。
だが正体不明の男の躰は、それくらいでは傷つけられるとは思えない。
本命は合間をあけぬ第二閃。青い魔力の塊を風にのせて投げつけた。
男の胴体へと向けて。―――何かに触れれば、ごくごく小規模だが爆発する筈だ。
生身がまともに喰らえば内臓を損傷し、命が危ぶまれるが、あの硬い肉体ならちょうど命を奪わぬ程度に抑えられるのではないかとの算段で。
■ジェイ > 接近しての僅かな攻防。
剣に弾かれた爪はあっさりと引かれ、そして飛び退くように身を引く彼女。
再び開く間合い。伸びた爪は既に人のそれと変わらぬように戻っている。
指先から、ぽたりと滴るどす黒い粘着質な体液。
剣を弾いた太腿の内側は、衣服の切れ目を残して知れぬ侭に。
「さて、な?自分で確かめたらどうだ?
ただ、加減は不要だと言っておこう――。」
予想通り、素直に言葉を返しはしない。
その侭、軽く態勢を落とす。
まるで、獲物を捕らえる肉食の獣のように低く――あからさまな姿勢。
「此方もそうしよう――あまり長引かせるつもりはないのでな。」
その先で、始まる詠唱。
紡ぎ出される魔力の気配を、そして構える刃の軌跡を“視て”
同時に、踏み出す。地面が、路地が爆発するような音を立てる。
姿勢は極限まで低く、外套が風にはためく程に速く――。
初撃――振るわれる風の刃が、はためく外套を切り裂いて、帽子を飛ばす。
二撃目――胴体に向かう魔力塊を、あっさりと右手で払ってみせよう。
必然的に起こる爆発。右手が半ばから拉げ、砕け、鮮血と共に指が飛び散って女の傍に落ちるだろう。
煙が一瞬、互いの視界を隠して、一瞬後
それを切り裂くように残った左腕、伸ばした爪が彼女に向けて突き出される。
「なかなか良い腕だ――思い切りも良い」
称賛する声が、響く。
突進からの刺突は避けられるだろうか。防御されるかどうか。
―――どちらでも構わない。
此方の本命は――弾け飛んだ指。
それが意思を持ったように蠢いて、飛んで、彼女の足に爪を突き刺そうとするだろう。
たっぷりと麻痺毒が滴ったままのその爪を。
■マリアナ > それは、獣。
相手の正体を見破る能力のないエルフでも、一瞬にしてそう悟る素早さ。
此方に向かってくる男をしっかりと目視していながら、躰の反応は実に遅かった。
正確には、遅いと感じるほど男が速かったのだ。
「――――――っく…!!」
それでも間一髪。
爆風を受けてまとめた三つ編みが揺れる中、爪を避けた。
―――が、反射的な動きであったが故に、体勢が崩れることは免れなかった。
一瞬、よろめいて。それを取り戻そうと膝に力を入れたとき。
「痛っ……。」
避けた瞬間に挫いたかと思ったが、そういった痛みではなかった。
爆風で飛び散った破片が刺さったような、そんな鋭い痛み。
だが刺さっていたのは舗装された道の破片などではなく、吹き飛んだ男の爪。
何せギリギリのところで避けたのだ。足元まで注意する余裕はなかった。
それでも己は軍人であり、この程度の痛みで動けぬほど弱くない―――男に向き直ろうとして。
脚が上手く動かず、ガクッと膝をついた。
「っ……毒か……。」
爪に絡まっていた黒い液体を思い出す。
女の鼓動が動く限り、毒は血液にのって全身に回り始めるのだろう。
それまで抗うつもりだが、剣を支えに立ち上がろうとした指先すら、早くも痺れてきていた。
そんなとき、こんな夜に響いた爆発音と小さな振動が人を呼んだらしい。
都市に大勢いる修道女か、それとも兵を含めた余所者か。
何人かが此方に近づいてくる気配がする。
女は立ち上がることもできない。
男が姿を消すなら、今だろう。
■ジェイ > 一瞬の攻防。
右腕を半ばから吹き飛ばされた黒い影が、軍服の姿に最接近した。
空を切る爪の一撃は、避けられる。
けれども――避けられることも折り込んだ故の刺突。
爆発で飛び散った指が、意志があるようにその足を抉った。
ほんの髪の毛一筋程の攻撃。けれど――それで充分。
「そう、毒だ。だが心配することは無い。
すぐに生命に係わる類のものじゃない――。」
膝をつく女を見下ろす金色が告げる。
それと同時に、響き始める声、喧騒、気配。
「どうやら――頃合いのようだな。」
呟く言葉。同時に、焔が燃える。
飛び散った肉片、血、指が次々と一瞬で燃え上がり――灰となって消えていく。
その中で、女に向けて伸びていく指。
残った左腕が、彼女の腰を軽々と抱き上げて――跳ぶ。
教会の壁を蹴って、更に上へ、上へ。
誰かが駆け付けた頃には、残っているのは風に散る灰だけだろう―――。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からマリアナさんが去りました。
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