2019/08/26 のログ
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 森の墓地」にルドミラさんが現れました。
■ルドミラ > からりと晴れた晩夏の神聖都市、白亜の教会。
敷地内の広い森は全域が墓地でありながら公園のような雰囲気で、住民の散歩コースとしても親しまれている場所だった。
街の内実がどうであれ、木々の間をわたる風は王都のそれよりも芳しく、いつも静かで。揺らめく木漏れ日の下、備え付けのベンチで読書や物思いに耽る者の姿もちらほら。
今日はそんな中に、礼拝用の黒いレースのベールで顔を覆った女主人の姿がある。百合の花束を抱え、石畳の小径をゆっくりと、けれど当てもなくそぞろ歩いている風ではなく。目的が墓参であることは、一見して明らかだった。
先代ヤーロヴァ男爵の墓所は、この教会の敷地内にある。
それは晩年、ヤルダバオート神に深く帰依したという本人の遺言によるものであったが、長く酒精漬けであった彼に本来の意思がどの程度残っていたか、今となっては確かめようもない。
跡継ぎのいない老男爵に取り入り、また金銭的な貸しで首も回らぬようにして養嗣子の座に収まったのが、現ヤーロヴァ男爵家の当主。王都で娼館を経営する女主人であった。
養嗣子に指名されて間もなく先代が病没したことから、代替わり当初は不穏な噂が囁かれたものだったが、そんな声もいつしか小さくなり。
定期的に墓参に訪れる女主人の様子は、当時も今も穏やかそのもので、余計な気負いも気後れも見受けられないのだった。
■ルドミラ > やがて横道に逸れ、立ち止まった先にあるのは天使の彫刻に抱かれた、黒御影石の墓石。周囲には芝生と花壇が配置され、区画全体、手入れが行き届いていた。森を管理する修道僧やシスターたちの細やかな心遣いの、というより、司祭へのまめな付け届けの賜物である。
よろしい──ひとつ頷くと、花束を捧げる。ベールと揃いの手袋をした指甲が、猫の喉でも擽るような仕草で墓石を掠めた。
「さあ、どうぞ。お好きな白百合よ、お養父様……」
うれしい? と軽く首を傾けてから、立ったまま暮石に向き直る。そこに刻まれているのは姓名と生没年、そして生前の横顔──だいぶ引き締まった表情に「訂正」済みの──を写したレリーフのみ。
そよ風が吹き、ざあ、と木々の梢がさざめくような葉擦れの音を立てた。
領地の屋敷で聞く海鳴りの音に少し似ているようだった。
ベールの下で瞑目し、手を組んで、しばし祈りを捧げる──。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 森の墓地」にボルフライさんが現れました。
■ボルフライ > 壮言な空間、落ち着き払った墓地、静かな風。
そういった場所にいて祈りをささげていた彼女の肌が、わずかな空気の変化を感じ取るだろうか。
肌がヒリつくような、それでいて不快どころかむしろ逆の感情すら沸き立つような、上位の存在が近くにいるときの感覚。
彼がこのような場所にいる理由…奴隷の売買はこの神聖都市の裏側では日常的に行われている行為である以上、彼が現れておかしなことはない。
例えビジネスのためでなくとも、歩く事象…または災害とも言われるような彼がいつどこに現れようとも不思議ではなかった。
尤も、墓参りなどという殊勝な行為のためにこのような場所に訪れるはずなど、万に一つもないだろうが。
「静かで都合のいい場所だな」
魔人にとって壮言な墓地などその程度の感想にしかならない。
祈りを捧げる彼女の背後から近づいてくる彼の気配は、やはり強大で恐ろしいもの。
神聖であるはずのこの場所も、彼の周りだけはまるで魔界であるかのような雰囲気すら漂わせ、付近の墓地から悪霊でも出てくるのではと思えてしまうほど。
そんな彼が気紛れに墓地に訪れるはずもなく、ただ目の前の彼女の気配に気づき、手出しをしに来ただけということは容易に想像できるだろうか。
■ルドミラ > 平穏そのものであった森の墓地の空気がにわかに軋み、張り詰めて。頭上のどこかで羽を休めていた鳥たちが、いっせいに飛び去った。
重くのしかかるような、けれど脳に膜がかかってくるような、覚えのあるこの感覚──閉じていた瞼を開き、振り向くと。
果たして、魔人がこちらに近づいて来るところだった。ヒトの領域ゆえに制限されているとはいえ、強大な魔力の持ち主の存在は世界のことわりをともすれば歪めてしまうもの。
出会った当初のように魔力酔いはしなくなったものの、返事を返すまでにはひとつ、深呼吸が必要だった。体ごと、そちらへ向き直って。
「……ボルフライ様。戻っていらしてたの。……少し、力を抑えてくださらない? ようやく安らかな眠りについた養父が、うっかり目を覚ましてしまいそう」
という要望は、聞き届けてもらえるかどうかはわからぬが。
す、と持ち上げた片手が、瘴気の黒い陽炎を纏い。詠唱もなしに、虚空を撫でるような仕草とともに周囲へ魔力遮断の障壁を張る。
せめて死者への影響を緩和しようとしたのだが、至近に位置する養父の墓は手遅れだ。
強い怨嗟から生まれた魔人の気配に当てられて、石の棺の蓋部分が、カタカタと震え始めていた。
■ボルフライ > 魔人にとっては、自分の所有物にいつどこで手を出そうがお構いなしと言ったところか。
例えこのような死者の眠る場所であっても、この男は怠惰な宴の場へと変えてしまってもおかしくはない。
以前よりも魔人の気配に慣れた様子の彼女は、少しずつだが魔人に染められていっているということだろうか。
それでもまた、微かでも恐れと緊張を孕むのだろう…鈍い反応がそれを現している。
「そうか?俺には今すぐにでも血肉を付けて復讐したいと言っているように見えるがな」
彼女の落ち着き払った言葉とは対照に、実に衝動的な義父とやらの墓。
そこから湧き出る強い怨念は魔人にとっては心地よいものだ。
事態の変化に彼女も魔力遮断の術を用いるが、魔人の魔力の前にどこまで通じるか。
少なくとも直近の義父の墓は、今にも蘇りそうなまでに力が集まっていると言えよう。
「フ…その報復を叶えてやるのも面白いかもしれないなァ」
女主人に魔人がにじり寄れば、墓の蓋の振動もより一層強くなろうか。
巨躯の魔人の大きな手が彼女の身体を強く抱き寄せ、その豊満な胸も尻も遠慮なく鷲掴みし、逞しき肉体に抱き寄せる。
まるでその様を墓に見せつけているようだ。
「それとも『愛しの』娘が恥辱の限りを尽くすのを、手も足も出ぬままじっくり眺めてもらうのも良いかもしれないな」
今にも墓の蓋が弾け飛んで、中から亡者が湧き出してもおかしくない状態。
それでも蓋が開かぬのは、魔人が魔法により抑え込んでいるに過ぎず。
彼の気分次第で、女主人は義父によるあらゆる報復を受けることとなろうか。
歩く災害と言ったこの男に、周囲への配慮といった感覚などありはしない。
動物たちが恐れ戦こうが、木々が萎び枯れようが、死者が蘇りようが知ったことではないのだ。
■ルドミラ > 「滅多なことをおっしゃらないで。もう一度受肉したとしても、いたずらに苦しみを長引かせるだけ──ん、ゥ……! 」
世の中への、そして家名を奪った女への恨みを呑んで死んだ先代男爵の屍が、棺の蓋の中で今にも起き上がろうとしている。
その前で、魔人の巨躯に抱きすくめられ。女の顔からベールが半ばずり落ちた。
多少揉み合うことはできても、下位者の女に、からだの丸みを容赦なくまさぐる手を払いのけることはできず。
甘苦しい息を、詰まりそうな咽喉から注意深く抜き、背筋をきつくしならせる。
「駄目よ、ボルフライ様、どちらも駄目──はぁ、っ、はぁ、……く、……!」
そう、この魔人には誰の都合も知ったことではない。自分も含めてだ。それをよく知っているからこそ、女主人は苦し紛れに、もうひとつ術を発動した。
認識阻害の術──文字通りこの区画を異界化し、ヒトの世界から位相を微妙にずらしてもろともに身を隠す。
効き目があるかは、残念ながら、やはり魔人の気まぐれ次第といったところではあるのだが。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 森の墓地」からルドミラさんが去りました。
■ボルフライ > 「クク、誰に見られるというわけでもなかろうに…だがまぁ、少しはお前の願いも叶えてやろうか」
この魔人と遭遇した時点で、彼女の意思や望みなど叶えてもらえるかどうか。
全ては完全に魔人の気紛れ次第となり、苦し紛れの認識阻害の術が女主人を中心とした空間を包み込む。
その瞬間、墓地を中心にしていた異質な気配はまるで何事もなかったかのように消え失せた。
尤も、その中で何が行われることになるかは別の話だ。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 森の墓地」からボルフライさんが去りました。