2019/01/21 のログ
アンジェラ > さぞかし後ろめたいのだろう客の様子には呆れもするが、ここでは珍しくない。
曰く、王都の娼館とは違った愉しさがあると聞く。
修道女という存在を好きに犯せる。地上では彼女たちは清らかな顔をして振る舞っている。
それが堪らなく気持ち良いのだと宣った男を知っている。
アンジェラは上辺だけの笑顔を浮かべ、言葉を発さぬ客ではなく返事をした男へと顔を向け。

「―――医療者の方ですね」

薬を扱っていたという事実ももちろんあるのだが、男の名を聞いて迷うことなく断定した。
潔癖な彼女が地下街で暗躍する者たちに連なる医師に対し、良い印象を持つはずがない。
だが己の目的は言葉の通り、彼を糾弾することではない。
気軽に堕胎を促す薬を売ることへの不快感はあっても、だ。

「承知いたしました。お望みの通りにいたしましょう」

「どうぞ、行って下さい」とばかりに、にこりと客に微笑みかける。
名を聞かずとも顔は憶えた。彼がここを表立って利用するに相応しくない立場だとして
今度どこかで逢えばその時にでもまた対応できるだろう。
許可を得ずとも今にも駆け出しそうな客が去るのを見送り、ストラを翻して方向を変える。

「それではこちらへ。ご協力感謝いたします。お時間はそう長く戴きませんので。
 ですが……可能であれば、お1つお薬を戴きたいのですが。代金は後日、修道院からディールさんの医院へお送りします」

これがまっとうな商売であれば、彼女もレシピは口外しないなどと付け加えただろう。
だが彼には申し訳ないが、己はここを廃業することを目的としており、修道女の健康は最も守りたい。
そのためにも男の売る薬がこれ以上出回ってもらっては困るのである。
取り引きを続けながら、足はすぐ近くの建物の陰へと向かう。
腰を落ち着けて話すつもりではなく、この辺りで立ち話で済むだろうという考えで。

ディール > 「否定はしません。肯定もしませんが。
まぁ薬を安心して買い取る客が居る時点で、答えは出ていますか。」

客を保護するのも又、販売者としての役割でもある。
ここは良い金床でもある。客とパイプは出来る限りの保護はしておきたい。

掌が緩く振られた。去れ、という様に。
弾けた様に駆け出し、路地の陰に消えていく男の姿を修道女と見届けると
案内をされるが侭に建物の陰へと。
なるほど、まぁ――周囲からあられもない声が聞こえてくるわけでもない。

案内される最中周囲に視線や気配探査を向けたが、彼女は本当に単身の様だ。
胆力か、精神力か。いずれもが優れているのか。
それとも、一人で前の前の男。つまり己をどうにでも出来る力量持ちか。

「ほう、薬を1つ。いや然し残念ですが、この薬物は高い上に踏み倒されては大損でしてね。
幾らアンジェラ殿が清流派として名高い方であろうとも、私とアンジェラ殿。
2人が食い違う証言をした場合、民衆はどちらを信じると思います?」

意味深に浮かべる笑み。
代金は後日、と言う事であれば今彼女の手持ちは心許ないか、少ないか。
そう辺りを付けつつ――ピラリと見せたのは薬物の価格表。
『栄養剤1000ゴルド 堕胎薬5000ゴルド 興奮剤時価』と。

「今お手持ちには御座いますか?
――無いのであれば難しい話でしょう。それでも望むなら、条件次第ですが。」

往診鞄から取り出す紙片。
そちらにサラサラとペンが走り出す。最初の約束通り薬の成分を書き始めている。
彼女の目的についてはまだ完全に判っている訳ではない。
ペンを走らせつつ、瞳をいやらしく歪め。彼女の見栄えのする表情。
そしてドレスに包まれている肢体を見据えていた。

「あぁ、申し訳無いのですが興奮剤については既に完売です。
なので、今の手持ちの残りは堕胎薬と、栄養剤ですね。どちらをご所望ですか?」

アンジェラ > 男の用心深い様子に、副業と割り切るには美味しい仕事だとわかる。
本当に厄介な場所だ。規模は年々大きくなり、他の都市の貴族も関わっている。
己が動けば動くほど邪魔をする者はいくらでも現れ、謂れのない圧力を受ける。
この医者もそういった向こう側の者だ。
――――移動する修道女の顔に沈鬱とした影が差した。

他の者の視線がなくなった場所で、アンジェラは振り返る。
すんなりと成分については教えると言った男にしては、現物を出し渋る様子には予想外だったようで。

「随分法外な値段を付けているのですね。ここは治外法権も同然……という訳ですか」

こんな金額の薬を買うつもりだったあの客の立場が知れる。
それならばなるほど、知られたくなかったはずだ。
そして医者も顧客を守るだろう。この値段なら。
とんでもない金額が書かれた価格表に眉を顰め、アンジェラは唖然とした溜息を吐いた。
現物が手に入らないとなるとどうしたものか――、惟る。

だが意外にも男は成分についてはあっさりと記してくれた。
書かれたそれが真実かどうかは、今はわかりようもないが。

「堕胎薬を戴きたかったのですが、とてもそんな金額は出せません。
 我が修道院は寄付金で成り立っております。都市の浄化のためとはいえ……とても」

貌に肉体に、注がれる不道徳な視線を打ち払う様に、はっきりとした口調で言った。
時価とされる興奮剤が完売とは。つくづく罪深い場所だ。

「今日のところは現物に関しましては結構です。ご協力感謝いたします」

今一度感謝を述べ、成分を書き終えたなら紙を受け取ろう。
もともと薬を売っていた彼に気付いたのも青天の霹靂の様なもの。
修道院を傾かせる金額を差し出す訳にもいかず、諦めることに。

ディール > 成分を記した理由は簡単だ。
それを知るのは自分と、『このメモを目にした人間のみ』
つまる所、この薬が違法な成分を含んでいると騒ぎになる時点で情報の出所が掴まれる事。

勿論売りに出した薬から流れる可能性は有るが、それでも可能性として濃厚なのは。
人気のない場所に自分を連れ出した清流派の彼女が見られるだろう。
秘密の約束が破られた、という評判は裏社会を通じて広がる可能性が高い。
幾ら都市の浄化の為と言えど彼女の信用、信頼には疵が付く可能性は残る。

「法外でもないのですがね。実際には1週間分の食事を1粒で補えるほどの栄養剤。
保存性も悪くなく、保管スペースも…と、これは蛇足でしたか。
使われているのも様々な物です。闇市で集めるにしても原価に近いですよ。」

そういってメモについては無造作に彼女に渡された。但し、記されているのは栄養剤のみ、だ。
彼女が薬草や薬物の成分学に精通していれば、グレーゾーンの成分が多く含まれているのが見て取れる。
尚、矜持から紙片に記されている成分の内容は真実。

「いえいえ、お待ちくださいアンジェラ殿。」

そういって。腕を掴んでその場に引き止めようとした男の姿。
不道徳な視線のみならず、不敬とも取れる腕の動きだ。
単純な腕力だけなら強い、上手く腕をつかむ事ができれば動きを止める事も出来るかもしれない。

「金額が無いなら――代わりにアンジェラ殿の身体でも構いませんよ。
あぁ、抱かせろと言うのではありません。
――修道女の口腔奉仕ではなく。アンジェラ殿のフェラチオならば5000ゴルドの価値はある。
この場は他者に聞こえる心配もなく、人も滅多に足を踏み入れないのでしょう?」

取引を持ちかけた。口腔奉仕で5000ゴルドは此処の相場を大きく超える。
王都の高級娼婦でも有り得ない様な価値観を己は相手に見出していると言う話。
身体を差し出すにしても、唇での行為。
少なくとも愛を営むために受け入れる場所以外ならば折れる可能性に賭けた。

ただ、相手がそれでも拒む。或いは腕から逃れたなら追う事は諦めるだろうが。

アンジェラ > 紙に書かれた成分を読む。
生憎と専門外で、これは後々医療関係者にでも分析してもらわねばならないだろう。
現物がない状態では成分がわかったとて、できることは少ないかもしれないが。

「……それは失礼なことを申しました。ですが、わたくしが最も気にかかるのは堕胎薬です。
 こういった物が流通しますと避妊をしない者が増えます。そして修道女の躰が傷付きます。
 ……どうか、それはご承知おき下さい」

売る者がいて買う者がいるから成り立つ。
一概に男が加害者という訳ではないが、一方がなくなれば片方もどうにもならない。
良心に訴える様に話し、感謝の意を込めて会釈をして去ろうと――したのだが。
腕を掴まれて足を止める。意外と強く握られたそれに、たじろいだ様子を見せたが、ほんのわずかだ。

「……………」

驚きの取引におとなしく聞いていた女の顔が、憂苦に満ちていく。
口で奉仕することにそれだけの価値を見出してくれたことに感謝――なぞできるはずもない。
導師という立場の女は、地下街を廃業させることを目標としている聖職者は、彼の予想より頑なで潔癖であった。
こんな状況だからこそ視線を合わせ、凛然と首を横に振る。ヴェールが揺れた。

「貴方もまた汚涜された方なのですね。 ……いいえ、できません。
 誰でもなく、神が見ています。穢れた唇で浄化を訴えたとて、誰が耳を貸すでしょう。
 わたくしの躰は、血の1滴まで神に捧げたものなのです」

明確に拒否すれば、もう1度口にする。感謝の言葉。「ありがとうございました」と。
力ずくで己を押さえ込むことをしなかったことに対する感謝もあるのかもしれない、無意識に。
それ以上男が深追いしないことを選択するならば、去ることは容易いのだろう。
純白のドレスを着た修道女は、澱んだ地下街から地上に上がるべく、足を向けるのだった。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 地下街」からアンジェラさんが去りました。
ディール > 「成程、覚悟はホンモノ、と。」

拒絶の返答を示す彼女には無理に強く出る事はしなかった。
理由は簡単だ。自分は何を望んでいる?――対立軸が深まれば深まるだけ自分の心は満たされる。
まして人同士が相争う形になるなら言わずもがな、だ。

面白い?――ならばもう少し面白くしよう。
後日だが、彼女が確りと名前、所属を名乗り出た為に判明している修道院へ小包が1つ届けられる。

今宵潔癖さを見せていた彼女宛に届けられたのは己の名前が記された包紙。
その中には――今宵彼女が所望し、だが手に入らなかった堕胎薬が1つ。

どう使うかは彼女次第。
どこに調査に出すかも彼女次第だろう。
堕胎薬の成分も共に包みに入っており、今宵彼女が望んだものは思わぬ形で手に入るだろうか?
受け取る事が有れば、の話だが。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 地下街」からディールさんが去りました。