2017/07/14 のログ
ご案内:「奴隷市場都市バフート 中央広場」にロレンスさんが現れました。
ロレンス > 何気なく立ち寄った市場は、相変わらず欲望渦巻く濁った世界であり、魔族の住処と何ら変わらない。
ただ違うとすれば、こうも容易く同族同士で売り買いが出来る力の差だろうか。
故郷でもなかったわけでもないが、こうも売った買ったという場所を見た記憶はない。
生温い夜風にあたりつつ、騒がしく客引きをする男の声が耳に障ると、紺色の瞳が冷たくそちらを一瞥し、傍で売り物にされている少女へと視線を落とした。
視線は、売り手が宣うような綺麗なものではない。
まるで人に虐げられた野良犬のようにも見えて、思わずクツクツと可笑しそうに笑いながら二人のそばへと歩み寄る。

「磨けば光るし、手垢がついてないと。だがそれは、貴方の手に余って、磨くことも出来なければ、手垢の一つ突けることも出来ず、手を噛まれたのではないか?」

この国で手付かずの女は珍しい、だが、そこらに触れるなと言わんばかりに威嚇する少女は、どうみても敢えて残したというより、結果として残った…正に残り物のようだ。
冷やかすような言葉をかければ、少女の前で屈んで視線を落とし、敵意溢れる青い瞳を笑みを浮かべつつ眺めると、自信と同じ銀髪の頭を撫でようと掌を伸ばす。

「君もそう思うだろう?」

問いかけながら店主の言葉の裏を、可笑しそうに笑っていた。

アザレア > 売らねば、売られる。買う力がなければ、買われるしかない。
喰らいつく覇気が失われたときには、喰らわれる未来が待つばかりなのだ。
だからこそ、どれだけ力では敵わなくとも、なにも持たぬ身であっても、
抗う意志だけは失うまいとして――――その結果が、この現状なわけだけれど。

付け焼刃で着飾らせようと、大人しくさせるための拘束を施そうと、
売り手である主が己を持て余していることなど、きっと誰の目にも明らかだ。
近づいて来た男はまだ若く、けれど上等な衣服に身を包み、間違いなく
『買う側』の者だと知れる。
両手を擦り合わせんばかりにした主の愛想笑いは、男の鋭い指摘に、
一瞬凍りついたようだが。

『いやいや、お客さん。そりゃあ、ちょいと勘繰り過ぎってもんでさぁ。
お客さんだってご存じでしょう、この界隈じゃ、生娘ってのは本当に貴重な――』

そこから先、主が何を言おうとしたのかは、知らない。知りたくもない。
己の前に屈みこんだ『お客さん』が、花冠に飾られた頭をひと撫でした瞬間、

「…気安く、触んないでよ」

低く、唸るように、けれどはっきりと主の耳にも、きっと『お客さん』の
耳にも届いたであろう台詞の語尾に、無慈悲な打擲の音が被さる。
さっと顔色を変えた主が、大きな掌で思い切り、己の尻を打ち据えたのだ。

「っ、―――――っ、っ……!」

大きく目を見開き、息を詰まらせ、身を強張らせて――それでも、悲鳴は上げない。
ただ、生理的な涙の滲み出してきた瞳をいっそう燃え立たせ、男たちを睨みあげるのみ。

ロレンス > 上質の衣類に身を包んではいるものの、ここらの貴族に多い、下品な豪華さというものはない。
落ち着いたワインレッドの色合いや影のようにしっとりとした黒色、ところどころに飾られる金色も僅かに派手さも少ない。
だが、銀色の髪と白い肌は男にしては目立つ方かもしれないが。
指摘の言葉を紡ぎ、店主を見上げる。
一瞬の硬直を見逃すことはなく、愉快そうに口角をあげつつ、どうにか価値を見出させようと綺麗事を並べる様子を眺める。
愚かな人間だと、心のなかで嘲笑しながら。

「それは失礼、つい撫でたくなったものでね」

まさに野良犬そのものだ。
けれど、それがまた彼の好奇心を唆るのか、眉をひそめながら微笑んでいると、打ち付ける乾いた音が響いた。
見開いた瞳に映り込むのは、先程まで柔和に笑っていた男が一転して冷たく目を細め、侮蔑する姿。
そして店主へ視線を向けながら、ゆっくりと立ち上がる姿だろう。

「――故郷でもこういう戯れは見たことがあるが、ここでは手垢付かずの品に傷をつけて渡すのが慣わしなのか?」

買うかどうかはまだ決まっていないが、口答えの一つで平手を見舞うのが癪に障ったのだろう。
薄っすらと声に交じる瘴気は、耳にした者に本性を問うように低くへばりつくように染み込む響き。
どうせこの男は、少女をさっさと在庫処理したいだけだろうと思いつつも、小さく溜息を零した。
少し手出ししないでくれと呟いてから、改めて屈み、その顔を覗き込む。

「さて、手付かずの君を買い取るのも良さそうかと思うんだが……」

買うもの、買われるもの。
その関係において、彼女に選択肢や答えなどありはしない。
それが普通の世界の中、再び柔らかに微笑むと妙なことを口走る。

「君は自由になったら何がしたい? 私が生きる為に尽くすなら、可能な限りの代価はあげよう」

買われ、地獄に突き落とされずに済むのと、望む未来。
それは尽くすという言葉に伏せられた、代価と共に手に入る。
今度は頬を撫でようと手を伸ばすが、触れそうになる一歩手前で、ふいに指先が止まる。
触れていいかな? と問いかけて、肯定したならば触れるだろう。

アザレア > 己は結局のところ、まだ、ろくにモノを知らぬ小娘でしかない。
それでも、ほんの少しだけ――それはたとえて言うなら、
野生動物が生まれながらにして持つ、本能のようなもので――
眼前の男に対して、漠然とした違和感を感じていた。

所詮は『お客さん』だ。こんな街に来る男だ。
けれど、それでも―――――なにかが、チガウ、ような。
そんな思考も、鋭い痛みと共に刹那で霧散してしまったけれど。
涙に滲む視界へ捉えた男の顔が、まったく違う『いろ』を宿していたから。
ぞくり――――背筋を駆けのぼってきたのは、恐怖だったか、それとも。

いっぽう、主はほとんど恐慌状態だった。
せっかくつきそうな買い手を失うかもしれないこと、そして、
上客となり得るだろう男の、不興を買ったらしきこと。
もごもごと言い訳じみた言葉を口の中で転がす主を尻目に、
己はただ、眼前の男に視線を重ねる侭。

「………じ、…ゆう…?」

その言葉の響きは、なんとも魅惑的で、けれどそれだけに。
触れて良いか、と問う声にわずか瞼を伏せて了承の意に代えつつも、
くちびるを開けば、ぽろりと零れ出るのは。

「…あんたに、買われる、なら、…それは、自由って、言わない。
この、忌々しい首輪の、先に居るのが、
……このオッサンからあんたに、変わるだけ、じゃないの」

殴りつけたいのを必死に堪えた主だったが、今度の愛想笑いは完全に失敗していた。
『すいませんね、躾のなってない娘で』――そういうのがせいいっぱい、だったとか。
躾けられる気も、傅く気もない己は、まだ、不信を露わにした眼差しを男へ向けている。
その奥にほんのひとすじ、原始的な恐怖の色を混ぜて。

ロレンス > ひと睨みすると、あっという間に声に篭った力に圧され、何かを呟くように静かになるのを一瞥するだけ。
直ぐに視線が少女の方へと戻れば、瞳の動きに許可をもらえたものと思いながら頬を撫でる。
白い手は苦労を知らぬ柔らかそうな手に見えるかもしれないが、故郷では軍を率いることもある。
少し硬い部分のある皮膚が、さりっと優しく頬を撫でていく。

「……素直だね、たしかにそうかもしれない。じゃあ敢えて言ってあげようか。君を首輪から解いたら、またここに戻ることになる」

愛想笑いにもならぬ表情を浮かべる店主にも、その言葉にも耳を貸さず、苦笑いから真面目な顔に変わりつつ、この世界の事実を突きつけた。
何も持たぬ、幼く弱い少女が一人歩くなら、この市場すら抜け出せない。
また別の商人に捕まり、次こそは使い潰されて、市場裏にある廃人奴隷を遺棄する、ゴミ捨て場に芋虫のように転がるだろう。
それは、逃げ出せなかった少女にはよく分かることだろうし、更に酷い結末も何処かで目にしているかもしれない。
彼女の脱走の事実は知らないが、首輪は縛るだけでなく、彼女を守るものにもなると逆手に取って答えつつ頬をなで続けた。

「君を壊されないために、横取りされないために首輪をはめるとしようか。ただ、私がほしいのは人形のように従う女より、意志を持って動く女のほうが好きだよ。だから可能な限りの自由を与えるんだ」

慈善的に手を伸ばすわけではない、その強い瞳に惹かれるものがあったのだろう。
自由を与えたら何をしてくれるだろうか、その瞳はどうかわるだろうか?
魔族らしい享楽的な戯れかもしれないが、少女を弄ぶつもりはない。
その代価に抱かれ、可愛がられるのをどう思うかだろう。

「それでも、新しい首輪は呪われた枷かな?」

問いかけるのは、代償と代価。
払う代償の割に合う代価であるかどうか。
周囲の貴族達は酔狂だと嘲笑するかもしれないが、気にせず語りかける。
性欲だけでなく、その心の美しさで血の渇きを潤す彼にとって、大切な要素だからだ。

アザレア > 売り手である主は、つまり、この街を良く知っていた。
たった一度の失敗が取り返しのつかない地獄を招くことを、己などよりもずっと。
だから、少なくとも表面上は賢く控えていることにしたのだろうが、
己の方はまったく、傍若無人であった。

本来、売りに出された奴隷を撫でるに、奴隷本人の許可など要らないのだ。
けれど、まるで当然の権利の様に男へ『許し』を与えて、なおかつ、
減らず口を控えもしない、という。

さあ、目の前の男はどうするだろう。
怒るだろうか、それとも、仮初めの優しさで丸め込もうとするだろうか。
己の予想は、然し、あっさりと覆された。

「――――い、われ…なく、ても。わかって…るわ、そんな、こと」

声音に混じってしまった震えが悔しくて、奥歯をぐっと噛み締める。
それでなくともここへ引き出される前、さんざん脅かされたのだ。
ここで売りに出される娘など、きっと明日の朝までには、
身も心もボロボロにされているだろう、いい気味だ、などと――
やめて、こわい、とは、決して口に出さなかったけれど。
それでも、ただ、ちっぽけな存在でしかない己は、
男の掌にかすかな震えを伝える侭に。

「………ばか、じゃないの。
自由を、与えて…、そばに置いて、噛みつかれたら、どうするの。
オンナの方で、そんな気を起こさないぐらい…イイご主人様だとでも、
言う、つもり…、」

男が己に、というより、奴隷として買った女に求めるものなんて、
どんなに見た目の綺麗な男でも、変わりはしないはずなのだ。
なのにどうして――どうして、こんなに。
睨みつけてはいたけれど、眦に険を刷いた侭ではあるけれど、
―――――目が、離せなくなる。どうしようもなく、こころが、震えて。

「…首輪、は…ただの、首輪だわ。
呪いなんて、馬鹿馬鹿しい……そんなの、着けられた側が、勝手に、
自分で自分を、縛っちゃってるだけのこと、でしょ。
あたしは、―――あたしは、呪いなんか受けない。あたしは、違うわ」

戒められた両手を、ぎゅっと握り締めて。
せいいっぱい不敵に、口角をあげてみせよう。

「あたしに首輪をつけて、ここから連れ出したら、きっといつか、
あんたの喉笛を噛み切って、本当の自由を手に入れてやる。
……それでも、構わないなら、……散財するのは、あんたの自由だわ」

これほど尊大な物言いをする『売り物』が、かつて存在しただろうか。
己の背後に立つ売り手の男など、もう、顔面蒼白になっているのだが。
それでも、蚊の鳴くような声で『お安くしときます』と呟くのは忘れなかった。

ロレンス > 「……そう、分かってるなら言い過ぎになったね。悪かったよ」

声が震え、ぐっと堪えるような仕草に何となく察しはついたのだろう。
この跳ねっ返りの強さがあれば、一度や二度、反抗したことはあるのだろうと。
そして、その瞬間に見せられたこの世界の血沼に沈めらたくないとも、知ったのだろう。
蕾を詰むといった言葉が、優しすぎるほどの絶望に震えるなら、あやすように頬を撫で続ける。

「故郷でも酔狂だとよく言われるね、でも、それぐらい自分を持っている娘の方がいいよ。噛みつかれないようにするのも、主の役目かもしれないね」

今なら間違いなくスキあらば殺しにでも掛かりそうだと思えるのだが、何故か笑っているのが不思議と見えるか、狂っているとみえるか。
ただ、確信して言えるのは殺せないのだ。
ここにいる優男は、夜闇の王の一人なのだから。
力を持つからこそか、弱く儚い少女の牙にも困ったように笑いながら、彼女を満たそうと語りかける。
そして、奴隷とは思えぬ不遜な態度に周囲の客も少女の最後と見ただろう。
だが、彼は沸き立つように笑いながら立ち上がり、愉快というように息を荒げていた。

「……ふふっ、ははは…っ…! 私も長く生きてきたけど、君みたいのは初めてかな。いいよ、君に首輪を嵌めるよ。甘噛みしか出来ないぐらい、懐かせてあげる」

相当おかしかったのか、しばらく肩で息するほど呼吸が落ち着かない。
店主の申し出は素直に受け取りながら、目標価格より大分値下がった額で彼女を買い取ると、枷は首輪に変わるだろう。
首輪をつなげた鎖を手首に巻くと、不格好から開放された彼女の手を引いて歩きだす。

連れ出す先は、市場外れの道。
そこにある彼にしか見えない転移の紋を踏めば、不意に大きな屋敷の前にたどり着くだろう。
振り返る彼の瞳が赤く変わり、ふわりと赤黒い魔力の結晶が蝙蝠羽を背中に描き、風に崩れるように消えていった。

アザレア > 悪かった、などと言われると、さすがになんだか落ち着かない気持ちになる。
カタチばかりの謝罪すら、投げかけられたことのない身である。
ましてや、同じ『商品』である女の手ではなく、蹂躙者であるはずの
男の手で、こんなに甘く触れられたことなど――

「酔狂、っていうより、やっぱり、ばかだわ。
奴隷に、悪かった、なんて言うやつ、見たこと、ない」

未だ、相手が何ものであるのか知りもしないゆえの放言。
あるいは周囲の誰か一人二人ぐらい、男の正体にうすうす気づいていて、
己の無知を笑ってもいるのだろうか。
然しさすがに、あまりにも不遜な台詞が己のくちびるから飛び出せば、
真夏であるというのに、一瞬、周囲の空気は凍りついた。
それ、は次の瞬間、男の笑いによって、あっけなく打ち破られたけれど。

「―――――ど、こまで、ばかなの、自信、過剰っ…!
懐かないわよ、あたし、絶対懐いたり、しな、」

蒼白かった頬に鮮やかな朱が差すほどの激昂を、けれど売り手も買い手も、
ものともしていない様子。
あれよあれよという間に売買契約は成立し、己の首には真新しい首輪が、
そして己の手は、男の手に繋がれる。
よたよたと、しばらく繋がれていたための覚束無い足取りで連れ出されながら、
なお、憎まれ口を叩こうとした、のだが――――

不意の、暗転。

己が、いったい何ものと取引をしたのか、なにを選んでしまったのか。
男の纏う空気の変質に、あかく、黒い異形の証に――――見開いた瞳が、揺れる。
繋いだ手を反射的に強く握り返し、そのまま強張らせて、息を詰まらせ――

―――――その先のことを知るのは、男と、己、ただふたりのみ、かと。

ご案内:「奴隷市場都市バフート 中央広場」からアザレアさんが去りました。
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