2019/10/30 のログ
レクス > ずる――り――。
屍肉と獣の匂いの中に、気配が混じる。
喩えるならば、荒野の気配だ。草木一本生えない、生命の、温度のない荒野のような。
まるで、足を引き摺るように、その姿は歩いてくる。
ゆっくりと、ゆっくりと――左手首から伸びる鎖で長い黒鋼の鞘を引き摺りながら。
薄汚れた、フードの下、薄く膜の張ったような紫の瞳には、景色が映っているのか。
まるで幽鬼のように、しかし、一切の迷いなく歩いてくる。

「――――ぁ」

薄く、零れ落ちる吐息。言葉にならない言葉。
歩く先には、娘が隠れた岩陰がある。
そして、その周囲をうろつく――ウェアウルフの群れ。
威嚇の唸り声をあげはじめる“彼等”などまるでいないかの如く歩く。
もし、狼たちがその気になれば、容易くその身を引き裂けるだろう。
――そんな風情で。

アミスタ > ──少女は乱入者の存在に気付かない。
せめてそれに気付く程の力が有ったのなら、そも〝冒険者〟という職業を選ばなかっただろう。
彼女は岩陰に震え怯えるまま、当たり前の事を忘れている。
ウェアウルフの嗅覚、暗視能力は人間の比ではないのだ。
五頭の群れは迷いもせず、少女が隠れる岩の方へと向かっていく──

その、最中だった。群れが乱入者へと気付いたのは。
初めは威嚇を。だが、それで相手が引かぬとあらば、此方には数の有利がある。
武器は持たないが、牙と爪の大なる事は十分。爪牙を翳し、五頭は一斉に、現れた男を引き裂かんと殺到する。

レクス > 威嚇の声など聞こえないように、それは歩く。
獣が吠える声も、牙を鳴らす気配も、殺意も気付かないように歩く。
目的のない、その歩調――それが、一瞬、止まった。
狼達の吠える声が、少女の耳朶に聞こえただろうか。
獲物へと襲い掛かる時、特有のそれだ。
五つ響いたそれに次いで、聞こえるのは、爪が、牙が、肉に叩き込まれる音。
ひょっとすれば、噴き上がる赤い鮮血すら、岩陰に飛び散ったかもしれない。

「―――狼か。」

呟く男の肩には狼の顎が喰いついている。
その脇腹には爪が突き刺さっている。
最初の飛び掛かった二匹のものだ――ものだった。

ウェアウルフたちは見ていた――。
飛び掛かった二匹が、動かない人形にそうするように容易く爪牙を捻じ込んで
――彼らにさえ知覚できない速度と力で、首をもぎ取られた光景を。
自分の運命を彼らは察しただろうか。
三体目は、無造作に伸びた手に顔面を握り潰され
四体目は、首筋に逆に喰いつかれて、ゴリ――とそこをもぎ取られ
そして、最後の一体は、先ほどまで仲間だった死骸を叩きつけられ、共に弾けた。
苦痛の声さえ上げる暇のない。時間にすればほんの数秒以下の光景。

アミスタ > 「ひっ……」

岩陰から零れたその声は、掌で押さえたのだろう、小さくは有った。
それでも夜の静寂の中ならば十分に、我が位置を獣に知らせる距離。
尤も、ウェアウルフの群れはその音を聞いたとて、喜び勇んで飛びかかることはなかった。
彼ら──雄の群れだ、彼らと称して良いだろう──は、まずは乱入者から葬らんと爪牙を振るったのだから。

雌へ向けるような手加減などする必要は無い。的が大きく致命傷に繋がりやすい、肩と脇腹へ。
……爪牙が届いたその瞬間が、終わりだった。
殺戮は瞬時に完了する。異音が幾つか鳴るばかりで。
やがて獣の息づかいが、夜の丘陵地帯から途絶えた時──

「っ!」

岩陰に身を隠していた少女が立ち上がり、手にした魔導銃を構えていた。
いわゆる〝散弾〟を放つタイプの、掌二つを並べた程の銃身を持つ無骨な獲物。
少女はそれを、縋るように両手で確りと掴み、恐怖の涙で頬を濡らしながら、そこに居る筈の敵へ銃口を向けた。

「…………ぁ、れ……?」

そうして初めて、乱入者の存在に気付くのだ。
ウェアウルフの群れの代わりに、そこに立っていた人間へ。
少女は銃口を向けたまま、呆けた顔で立ち尽くした。

レクス > 殺戮、というのは似つかわしくないかも知れない。
そこには、殺意も何もなかったのだから。
酷く、散文的で無造作な行為。
例えば、目の前の蟻を気付かず踏み潰すことを殺戮と表現するだろうか。

ずる――り――。
五体のウェアウルフ――だった死骸。
それを屠った指から血が滴る。孔の空いた肩と脇腹からも血が滴る。
けれども、歩くのは止めない。
足を引き摺るように、ゆっくりとそれは歩く。
仮令、視線の先に銃口向ける少女が立ち上がっても、変わらないだろう。

「ああ、獲物――だったか……」

ただ、死骸と、立ち上がった彼女に淡々と、声が零れ落ちる。
血に汚れた左手指が、再び黒鋼の鞘を握って。
そして、そのまま、彼は、少女に向けて近付いていく。
フードの下の瞳は、彼女を見ているようで、そしてもっと遠くを見ているようだった。
けれど、ゆっくりと、獣の血と肉片を纏いつかせた指先があがる。
まるで、彼女の首筋に伸ばそうとでもするように。
二人の距離は、まだ大分あるのに。

アミスタ > 相手は人間だ。……少なくとも人間に見える。
だから少女は、呆然と立ち尽くしはすれども、それに敵意を抱くことはなかった。
けれども。

「……来ないで」

見れば分かる。或いは見ずとも、傍に立たれただけで気付く程の異常、異端。
亡骸の血と肉を纏い、己の血さえも流しながら平然と近づくその存在を、少女は〝危険物〟と見なした。
向けられる銃口。急速に弾丸の拡散する散弾とは言え、既に殺傷力を保証できる距離だ。
相手が人間なら、撃てば殺せる。
……人間を殺して良いのか? そんな事を考えられる程、少女は冷静ではなかった。

「……来るな……っ!」

魔導銃へと魔力を注ぎ込む。散弾を形成、射出。
細かに分散した、金属の強度を持つ小弾丸の群れは、今の距離でも人間には十分な殺傷力を示す。
……示す、筈だった。

レクス > 銃声が響く――その、瞬間だろう。
ふわり、と少女の視界に映ったものがある。
雪、のように見えるかも知れない――灰、の薄片。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ――まるで火の粉が舞い散るように降り注いで来る灰。
伸ばした右手を、小さな弾丸が貫いて、噛み砕いていく様。
そこから散る肉片も、鮮血も、まるで覆い隠すように――灰の雪が降り始める。

「……来るな?何故だ?」

そこに響くのは、この場には場違いな程、無機質な声音。
その身体にも、散弾が突き刺さる。
――人間ならば、撃てば殺せる。
では、相手が人間ではなかったら?その中でも極北に位置するものだったら?

灰の雪が降っている。二人の、五体の骸の周りに降り注いでいる。
そして、伸ばされた手が閉じる。
全体としてなんとか手らしき外見を残しただけのそれが閉ざされる。
――そして、世界が、鎖されようとしている。

ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 自然地帯」からレクスさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 自然地帯」からアミスタさんが去りました。