2021/03/02 のログ
ご案内:「夢幻窟」にジギィさんが現れました。
ジギィ > 「うゎ………」

高い値段を払うのは自分ではなかったので、気軽に訪れた娯楽施設。
報酬のおまけと言われるには随分凝った仕組みであるらしく、自分が奥へ通されるまでにすれ違った人々は、揃いもそろって毛並みの良さそうな人物ばかりだった。

…その表情は兎も角。

何でも、己が望んだとおりの場所を再現してくれるのだとか。
話半分に聞いていたので、本来の趣旨だとかどういった利用のされ方をしているかだとかは覚えていないが、凡そ真っ当ではない方が多そうだ。

ともあれ。

希望やらを告げて踏み入れた部屋は

……女が失った故郷の森、そっくりだった。

「……うそでしょ…」

勿論うそだ。
解っているが
果ての見えない緑は一つの部屋の中とは思えず、みずみずしい春のかおりまで……そっくりだ。
背後を振り向けば、扉だけが場違いにぽつんとある。
それは何とも不思議な光景であることと、ちゃんと『向こう』との縁を残している律義さが可笑しくて、女はつい吹き出してしまう。

「―――は――…
 すごいモンだ………」

ひとしきり笑ったら、探索のために足を踏み出す。
故郷の森を、と望んだものの、果たしてどれくらいを再現してくれるものだろうか

ジギィ > 根太の張った地面に、木洩れ日が降り注ぐ。
時折小動物が遙か頭上の木の枝を伝って葉を揺らしていく。
鳥が囀って、風がどこかで草木を揺らしている…
如何にも春らしい陽気の気持ちの良い森だ。

「――随分と美化して覚えてるもんだなあ…」

半ば呆然と見回しながら下栄えを踏み分けつつ進んで、ふとそんなことを呟いて苦笑が漏れる。

――――このまま進めば、集落についてしまう。
――――動物も再現されていたのだから、もしかして……

「行きたくないな…」

陽光に照らされる先が、今は見えてきてしまうのが怖い。
果たしてそこまで再現されてしまっていたら……戻れなくなってしまうのではなかろうか。
言いつつも、進めていた足が段々と緩み、やがて止まる。
忘れようもなく覚えている。
あの岩棚を回り込めば、集落への門が見えて来る、はずだ…

ジギィ > 「―――……」

女の新緑色の瞳が、岩棚を照らす陽光を見て細められる。
…足は、根を張ったように動かない。

恐らく向こうに
帰るはずだった場所が在っても
最早廃墟となってしまった姿として表れても
……どちらにせよ
女の唇に笑みがうかぶ。顔は苦し気にゆがんで――――踵を返す。

「止めよ止めよ。
 解りきってるんだから、辛気臭い」

殊更あっけらかんと言って、森の中を別の思い出の方向へと進んで行く。
見ようと見まいと、己が先に進まねばならないのは変わりない。
であるならば、後ろ髪引かれるような物には触らぬがいい。

―――決めてしまえば呑気なもので

幻影の森の中、囀る鳥の歌に混じって声を乗せながら
思い出の森の中の散歩を、心行くまで。

ご案内:「夢幻窟」からジギィさんが去りました。