2023/02/02 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にミューさんが現れました。
■ミュー > 時折木々がざわめく音すら聞こえるほどに、石やレンガの建物の並ぶ間、打ち捨てられた廃屋やその僅かばかりの庭を侵食した草木が入り交じるような寂れた区画。
表通りから少し入った裏路地の先、本来ならば通り抜けることが出来たであろうその道は、荒れた土に打ち立てられた鉄柵によって袋小路のように阻まれている。
見れば、夜も更けて紫色の空の下、そこだけぼんやりと明るいような薄桃色の小さな姿が、数人の夜色の男たちに囲まれている。
半ば酔っている様子の者、そうでない者、少し離れて眺める者、詰め寄って来る者。それらすべからく下卑た笑いを浮かべているのは一様に同じだった。
「……知らずに迷い込んでしまった、のは誤りもしますが……、やめておいた方が……あなた方のために……」
たむろする男たちにとってそこは縄張りのようなものであったらしく、ふらふらと迷い込んだ若い女が独りきり、となればこれ幸いと。
纏わりつくようにあれこれ尋ねてくる、逃げ道を塞ぐようにしながら露骨に触れてくる、それを戸惑うように身を竦めながら、か細い声で諌めるように呟く。
■ミュー > 籠の中の小鳥のように、か弱く怯えているように見えるのを。そんなに怖がらなくてもいいんだぜ、優しくしてやるからよ、などとありきたりな言葉を口々に並べて笑い合っている男たちの間で。
怯えているのは男たちに対してではない。もとい、怯えて萎縮しているわけですらない。
――加減が難しいから、なのだ。
風の獣を喚べば、周囲の石壁に叩きつけて潰してしまうかもしれない。炎の騎士ではそれこそ跡形も残らないかもしれない。
転移の鏡でこの場を逃れればと考えてみても、少なくとも圧し掛かるように密着してきている男や腕を伸ばして撫で回してくる男などは巻き込まれて捻り切れてしまうだろう、と思うのだ。
日の光の下で草花に包まれている時のような、穏やかな気持ちで居る間なら、優しい方法もいくつも浮かぶのだろうけれど。
身の危険を感じるような、心に負担が掛かれば掛かる程、反射的に強い悪意を喚び出してしまいそうで。
いくら、迷い込んだ女を喰い物にしようなどと言う者達が相手であれど。ぼんやりと考え事を夜空に浮かべながら彼らの元へ踏み入ったのは自らの失態、穏やかに、静かに、済ませておきたい。
貧民地区の、それも寂れた場所でなく、もっと人の多いせめて平民地区の中であったなら。
それなら誰かが察して助けに入ってくれるのかもしれない、と閉じた瞳の奥で想像してみる。が、この土地はそれでも見てみぬ振りをされる方がむしろ自然の理のようでもあるのを、すぐに思い出しもする。
■ミュー > ふと、ぱしゃり、と水音が聞こえた。
右側前方奥、意識がそちらへ引かれれば。何もない黒の世界の中を波紋が広がり、それが撫でていったものに白くうっすらと糸を引くように。人の形、壁の形、地面の起伏の形。
――早くやっちまえよ、と男の声がする、そう動いたような口元の形。その下で、踏み出した足が偶然叩いた小さな水たまりの、雫の跳ねる形。
「水……押し流す、川と……その先は、そう……海。
――力と星の大鯨」
突然、ぶわ、と両腕を振り上げる。不意を突かれたようになり、僅かにたじろぐ男たちの後ろ。
水たまりから湧き出るように、夜空に膨らむ綺麗な水色と白の――どこか小さな子供が空想で描いたような雰囲気を纏う、色とりどりの星の欠片を身に着けた、まんまるの鯨。
その場に似つかぬ色彩と形の出現に、呆気にとられて見上げる男たちの頭上から。
くわ、と巨大な口を開いた大鯨が、まるで地面までも飲み込むかのように、ずるりと染み込むように沈んで行く。
後に残るのは、元から何もなかったかのように、ただ静けさを取り戻した路地の姿と。薄桃色のローブ姿が一つぽつんとあるだけ。
「……これなら。砂浜に放り出されるだけで済んでいる、でしょう……冬の海、なのは少しごめんなさい、と言う気も、しますが」
土と水とを繋げたことで、深い大海原に放り出すのではなく。どこかそう遠くはない、少し泳げば足が付くような砂浜の、そのさざ波の中へ押し流しただけで済んでいる、はず。
寒空の下で海水に濡れて、少々凍えはするものの、無事に帰っては来れるでしょう、と。
一つ、深く息を吐いてから。くるり向き直れば、来た道を引き返し――
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」からミューさんが去りました。