2020/07/08 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にティアフェルさんが現れました。
ティアフェル >  ――雨のいとまに外出したのだが、急に降り出し一気に強まる雨脚に追われるように貧民街のとある廃屋に駆け込んだ。

「っふう……凄い雨……当分出れないわね……」

 外は街を洗い流すかのように、どうどうと激しい雨が叩きつけていた。
 鍵が壊れて扉が僅かに空いていて、少々失礼させて頂いた平屋建ての住居。今は誰も住んでいないことが荒れた外観からも察せて。内装も当然のように侵食されて荒んでおり、人が住まなくなって数年は経過していそうだ。お邪魔します、と一応小さな声で断りを入れ、薄暗い室内を見廻し、どこか落ち着けるような部屋はないかとあちこち扉を開け。
 ふと奥に見つけた小部屋の扉を開けて中に入り、

「寝室……? いや、物置だったのかな…? 窓がないや、真っ暗……」

 雨宿りの暇に任せて廃屋内を探索、暗い部屋にいくつかの物の影か浮き上がっていて、何だろうと探っている内に。

 ばたんっ

 不意に閉まる背後の扉。え?と慌てて扉に向かい手を掛けて開けようとするが――

「うっそ、えっ…?! 鍵……? 建付け…? 開か、ない……!?」

 どうした訳か扉が開かない。壊れた錠が開閉の弾みで掛かってしまったのか……内側から開けようとしてもどこかに不具合があるらしく、開かない。

「ドアが……開かない…!!」

 どん、どんどん!

 慌てて木製の扉を叩き、ガチャガチャと何度もノブを回して開けようと試みるが、軋んだ妙な音が響くだけ。むしろ無作為に衝撃を与えることで余計にしっかりと壊れた錠を下ろしてしまっている気がする……。

ティアフェル >  真っ暗で黴臭い廃屋の小部屋に閉じ込められてしまうと、不安と焦燥感が募る。暢気に中を探索、なんてうっかりうろついた数分前の自分をふざけんなと殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。
 ばんばん、扉を強く叩きながら、

「誰か…! 誰かー!! 開ーけーてー! 出ーしーてー!!」

 声を張りながら訴え。ここに入って来た時には誰もいなかったように思うが、もしかすると同じように雨宿り目的で誰かが訪れるかも知れないし……運が良ければ表にも響いて誰か気づいてくれるかも……知れない。そこまで考え及んでいたかどうかは定かではないが。閉じ込められた人間の習性と云うか。本能的に助けを求めてしまっていた。

「誰か! だーれーかー!! 出してぇえぇー!!」

 客観的に観られれば廃屋に閉じ込められたような体たらくだ。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にセイン=ディバンさんが現れました。
セイン=ディバン > 「ったく……落ち着かねぇな」

男のぼやきは、自身の気持ちに対してではなく、天気に対して。
最近、雨が降ったり急に晴れたりと、まったく天候は安定しない。
なんとか、上手いこと商店の屋根などの下をちょいちょい歩いていた男だが。

「……ん?」

ふと、耳に人の声が飛び込んできた気がした。
立ち止まり、周囲を確認するも人影はなし。
気のせいか? と考えつつ、意識を耳に集中すれば。
近くの廃屋から、叫び声が聞こえてきて。

「……おーい、中に誰かいるのか~?」

叫び声の内容まではよく分からないが。
叫んでいる、ということだけは分かったので。
とりあえず、声をかけて反応をうかがう。
もしも危険が迫るのなら、それに対応すればいいだろう、という感じ。
一応、ドアをごんごん、と軽くノックするのも忘れずに。

ティアフェル > 「誰かー! いーまーせーんかー! いたら至急たーすーけーてー!!」

 廃屋の奥まった場所の小部屋、その扉の向こうから響く切迫した声音。
 自分の鼻先も見えないような真っ暗な部屋に閉じ込められた状態になってしまい、焦って少々かすれ気味の声。
 雨音にかき消されてしまいそうなそんな声が、外の誰かに届いたことを知るのはそれからすぐに。

「だーしーt……ん? んんっ??」

 どんどんばんばんと扉を我武者羅に打ちながら張り上げる声が一瞬止まる。
 何か聞こえたような気がして動きを止め。
 耳を澄ませて人の気配を探りながら、

「誰? 誰かいるー…?! ここ! 奥の小部屋…!! ドアが開かないの! 助けてー!」

 誰ぞいるならばここで逃がしては死活問題。急いで訴えながら、ここだと表すように内側から扉を叩いて外へと響かせ。

セイン=ディバン > 「……よく聞こえないが。中に人がいるのは間違いないな、こりゃ」

自身の声に対し、反応があったのを確認し。
男は、廃屋の中へと入っていく。
そうして、中腰の姿勢で警戒しながら、声と音のする方向へとゆっくりと向かい。

「……ここか。……ん、なるほど。
 こいつぁ、もうドアがイカれちまってんだな」

人の声のする部屋へとたどり着き、相手の訴え聞き、ドアを開けようとするのだが。
もともとドアが壊れてしまっていたのか。そして、それに足して、さまざまな振動で状態が悪化していったのか。
男が引いたり押したりしても、ドアは開かない。
なので、男は息を吸い。

「あ~、ちょっと、いや。
 思いっきりドアから離れてくれ。
 無理やり開けるわ」

そう中の人物に声をかけ、男はしばし待機。
気配がドアから離れたのが感じられれば。

「……フゥゥッ!」

その場で男はクルクルと二回転し、三回転目の回転の時。
思いっきり足を振り上げ、ドアに対して回し蹴りをブチかます。
凄まじい轟音と共に、ドアは真っ二つにへし折れ。

「……開いたけど。大丈夫か~?」

男は、そのドア(の残骸)を蹴飛ばし、部屋の中へと入り、声をかける。

ティアフェル >  雨音に混ざって微かに聞こえていた声が、廃屋の内部に入って来るに従って次第に明瞭さを増してきた。古く軋む床を踏みしめて近づく音と、ドアの向こうから響く声。それが部屋の前で止まったのを感じて、安堵に胸を撫で下ろしながら。

「良かった……――え?」

 扉を向こうから弄っているらしい気配を感じて弛緩した表情が、無理矢理開ける、という声に真顔になり。

「ちょ、っと、待って……」

 実力行使キタ。慌てて扉の前から逃げ、離れたかどうか確認の声は気配が遠ざかったことで察したらしく省かれたのが――心臓に悪かった。
 部屋の隅に逃れた次の瞬間には、

「っきゃあぁぁぁあ!」

 全力で扉が大破した。普通は蝶番を吹っ飛ばすとかそんなもんだろうに、何と扉が真っ二つに裂けた勢いに思わず悲鳴を上げて耳を塞いで蹲り。
 ひょっとして助けに来てくれたんじゃなくってこれから捕食しようとする熊か何かか、と反射的に慄きつつ。

「ぎゃー! 食べないでわたしおいしいような気がするけど食べないでー!!」

 何故か自分の肉質に自信を持った悲鳴を上げて訴えた、が……。

「って…あ、れ……? セイン、さん……?」

 ほの暗い室内で認識したシルエットと聞き覚えのある声……記憶の中で合致した人物の名を眼を丸くして呟き。

セイン=ディバン > 「いや、我ながら良く割れたもんだ」

てい、と。残骸を蹴りながら暢気に言う男。
身体強化の呪文を発動していなかったのだが。
どうやら、近接職でもない男の蹴りでも壊れるほど。
この廃屋の傷み具合は酷いようで。

「誰が食うか!」

いきなりな発言に、男が思わずツッコミを入れるのだが。
相手の落ち着いた声に、男は額を押さえながらため息を吐き。

「……だれかと思えば、ティアフェルちゃんか。
 なにやってんだ? こんなところで」

男もまた、相手のことをしっかりと認識し。
呆れたような様子のままそう尋ねる。
とりあえずは、見た感じ、怪我などはしていないようなので。
そこに関しては安心、であった。

ティアフェル >  あんまり綺麗に両断されたもので、凄まじい馬力の持ち主がやってきたと安心するより、心底ビビった。古くて傷んでいたのだ、という考えが掠めたのはしばらくは後のこと。
 ゴリラでも来たのかと戦慄してた妄想に対して。
 非情に速やかな突っ込みが返り。

「っは、はは…ごめんごめん……うっかり食われるかと。
 良かった、セインさんだった……間違いない。ふう、命拾い。
 ――あ、わたし? ちょっと雨宿りに……」

 ぽり、と頬を掻いて微苦笑しながら雨宿りに入って閉じ込められてしまった迂闊ものは微妙に視線を泳がせ。

「ってか、助かった~! ありがとう。危うくここで干乾びるところだったよ…!
 そしてマグメール七不思議、廃屋で響く出してと訴える女の声として怪異に成り下がるかと…!
 生還バンザイ! 悪運最強」

 妙な表現で喜び、その前に立つと、がしっと強く手を握って感謝を訴え。

セイン=ディバン > 「そもそも、救助を求めてる人間を喰うようなヤツは。
 ドアを蹴破ったりしないと思うぜ」

そういう手合いは、優しく紳士的にドアを開けたりするんではなかろうか、と思う。
実際のところ、暴力的にドアを開けた場合、警戒されるのは間違いない話であろう。

「雨宿りねぇ。んで、廃屋に入ったはいいものの。
 迂闊にも立て付けの悪いドアによって閉じ込められた、と」

なんともお間抜けな話だな? とニヤニヤ笑いを浮かべつつも。
相手が手を握ってきたのなら、はぁ、ともう一度ため息。

「ま、そうならなくって良かったな。
 ……って、ちょっと待てよ?
 キミって確か……」

そこで男は記憶から情報を引っ張り出す。
たしかこの少女。後衛なのに、前に出る癖があったような気が。
だったら、ドアくらいブチ破れたのではないか?
などと、ちょっと女の子に対して考えるには失礼な思考。
思わず男の表情、苦虫を噛み潰したようなものに。

ティアフェル > 「え? そう? グールとかそんな手合いだったらアリじゃない?」

 頭からバリバリやられる方としたら絶対ある手だと思われてかくり、と小首を傾げて。双方の話は若干噛み合わなかったのだった。

「そういうことになりますね……。
 くそう、助けてもらった手前、存分に文句を云えない。
 バカにすんなと云えない……。
 足元見やがる……」

 間抜けと評されても無理はないが、云われると悔しい。
 でも苦情を云える立場ではないことはわきまえており、ぎりぎりと唇を噛み締め。

「お陰様で助かりましたよセイン様ちくしょう。
 ………? なに? 何か? 疑問でも?
 お前もゴリラならこの位蹴破ってみさらせとでも?」

 普段からゴリラヒーラーと定評のある血の気の多い後衛。
 苦い表情に気づいてこちらもまた、渋い表情を浮かべて邪推を口にして。

セイン=ディバン > 「……なるほど」

そこで男、話がかみ合っていないのに気づく。
とはいえ、実際、王都内にそういった魔物が出ない、とは。
断言できないのも事実なのではあるが。

「まだまだ、その辺り経験が足りてないな。
 これがダンジョンだったら、割りとマジに死活問題だぜ?」

悔しがる相手の様子を見ながら、はっはっはっ、と笑い。
男は、相手の頭をぽふぽふと叩く。
とはいえ、相手の言うとおり。
そういう意味では、悪運が強かった、ということだろうか。

「……いやぁ、そうは言わないが。
 オレも決して筋力あるほうじゃないからな?
 一度くらい、ドアの破壊を試してみても良かったんじゃないか? と。
 そう思っただけで」

実際、試した上で壊せなかったのなら仕方ないだろうが。
そういうときに、できることをすべて試してみるのは。
割りと、冒険者として生き残る上では大切なことだ、と。
男はそう語っておく。そうして、失礼なことを考えていたのを誤魔化していく。

ティアフェル >  人に化けた魔族や魔物だって何気に跋扈しているのだから多分妄想とも云い切れはすまい。
 何らかの違和感は残るが。

「ダンジョンだったら最初っから警戒してかかるからさ、また違うんだけど……。
 まさかこんなところで、ねえ? えへへ?」

 経験不足まで抉られてぐさ、と胸に刺さるが、やはりこんな云い訳をするのがやっと。こんな状況でなければ「うるさいわね!」と一喝していたところを。
 頭頂部で跳ねる手を見上げてやや不服そうに頬を膨らませていた。

「いや、云ってんじゃん…! 似たようなこと云ってんじゃん!
 わたしってばか弱く儚い乙女なんで。非力でたおやかなヒーラーなので。そんな考えとても持てませんでしたわ、おほほほほほほ」

 白々しいことをほざいてこちらもこちらで色々と誤魔化しぼやかし。
 そして当然のように雨漏りがぽとぽと落ちてくる天井を見上げ、ため息を吐き出しては、

「それにしても雨やまないねー。暇だったから中を探検してたの。この部屋何か面白いものあるかなー」

 冒険者の習性・探索そして発見発掘。廃墟に打ち棄てられた品物を持って行くかはさておき、扉が壊されて閉じ込められる心配もなくなった室内を漁りにかかろうしていた。

「セインさん灯り的なものない?」

セイン=ディバン > 「ま、それならいいんだけれども。
 知り合いがサクッと死んでました、なんてのはやめて欲しいもんだからな」

相手の言葉を聞き、ニヤニヤ笑いから、自然な笑みになる男。
続いての言葉は、ちょっと笑えない冗談。
というか、男くらい長く冒険者をやってると、そういう話には事欠かないのは事実なので。

「似て非なる言葉だろうに。
 非力なヒーラーなら、余計に、孤立した時の立ち回りは覚えておけな?」

お互いごまかすような会話に、男は苦笑しつつも。
ついつい、説教臭くなってしまうのは、オッサンの証拠。

「なるほどな。……今日の雨は、長く続くと思うぜ。
 明かりなら、ほれ」

実に冒険者らしい行動だ、と思いつつ。
男は、指を二度鳴らす。
一度目の音と同時に、男の手にランタンが現れ。
二度目の音と同時に、雨漏りしているところに、布が貼り付けられ、雨漏りが多少マシになる。
そのまま男はランタンを相手に差し出しつつ。細巻きを咥え。ぷかぷかと煙を吐き。

ティアフェル > 「か弱いけどしぶといんでへーきへーき。
 セインさんこそ、なまじ腕が立つ方が危険度が上がって危ないだろうから、派手に死ななないでね」

 さくっと死ぬレベルと派手に死ぬレベル。どっちもどっちだが身の危険が付きまとう職業なのはお互い様。軽く口端を上げて、ピ、と人差し指を立てた。

「へいへいー。ご高説痛み入りますーぅ」

 何かと耳にタコなのか、肩を竦めながら肯いて。
 そして要求通り灯りが点いて、さらに雨漏りまで解消されて、ぽたぽた雨粒が漏れていた天井を見上げて、おほうーと感嘆府を零して。ランタンを「ありがとう」と受け取ると。

「セインさんにできないことをむしろ教えて欲しい……」

 スキルたけえ、とぼやくように呟きつつ、先ほどまで閉じ込められていた小部屋をランタンで照らし。何がなんだか分からなかった部屋に詰め込まれた品物と〝目が合って〟。
「ギャアッ?!」
 反射的に悲鳴を上げたが、よくよく見れば一瞬死体かなにかかと思えたそれは床に転がったぼろぼろになった人形だった。

「うひゃぁ……夜中に髪が伸びてそう……ビスクドールか……顔が割れて超怖い……」

セイン=ディバン > 「ぬ、言われてしまった。
 でもまぁ、確かにその通りなんだよな~」

冒険者生活で一番危険なのは、仕事に慣れてきた頃。
慣れとか、慢心があるのが一番危ないのである。
そして、それは成長し続けるのであれば、常に付きまとう話で。

「まったく。ちゃんと分かってんのかね」

ぶーたれるような相手の様子に、何回目かのため息の男。
そのまま、相手にランタンを渡せば、男は少し休憩モード。

「いろいろあるぞ? 防御力の高い相手を、正々堂々真正面から倒す。
 男を敵視してる女を口説き落とす。筋力自慢との力比べで勝つ。
 四大属性の魔術の使用。ぜ~んぶオレのできないことだ」

ぷはぁ、と煙を吐きつつ、そう言ってのける男。
実際のところ、この男はどこまでいっても『中途半端』な実力なのである。
そこで相手が驚けば、ん? と相手のほうに視線を向け。

「……ふむ。なんだか、良くない物な気がするなぁ、それ。
 イヤな気配がビンビンしてるぜ」

顎をさすりながら人形を見る男。
その男の直感が、男の鑑定スキルによるものなのか。
あるいは、廃屋にあったから、という忌避感からなのか。
そこは、男にも判別がつかない。
なにせ、壊れた人形、という物に対して、価値があるかどうか、という観点からの鑑定を行っていないのだから。

ティアフェル > 「セインさんの死因だけは予想できんわ~」

 自分は間違いなく犬関係で死ぬ、と犬恐怖症は予想しているが、ハイレベル冒険者の死因は普段の行動が何かと派手で予想がつかない。
 お互いに長生きしよう、と祈るばかり。
 わーかってるって。とひらひら簡単に手を振って嘆息交じりの声に応じて。

「もうあなた、できないことを探すのが難しくなってきてんじゃないのよ……」

 できないことのレベルがおかしい。そんだけできて中途半端って云われたら自分の立つ瀬って一体と遠目になってしまうところだが、そこは経験値の差もあろう。自分とは違う人種やでと気にしない方針が一番だ。

「え゛。
 や、ちょ…やめてよ……そんな…縁起でもない……。
 そろそろ怪談が盛り上がってくる季節ではあるけどね?!」

 いやな気配、と云われて急にぞぞぞ、と背筋を震わせる。
 そういえばここに閉じ込められた時もいきなり扉が閉まったり、妙に不安を感じたことを思い出し一服モードな彼を全力で人形の前に押し出そうとしながら。

「さーあ、マルチセインさん!
 出番だよ! さくっとお祓いどうぞ! 君ならできる! わたし信じてる! 後怪談得意じゃない!」
 
 さっきの出来ない事項目に除霊は含まれていなかったのでできると信じた。
 いっそアンデットまで行くと物理が効くのでいいんだけど。
 亡霊の類は対処法をほとんど持ってなくて苦手だ。
 意識すると、美しい造作の陶製の顔がひび割れてガラス玉の瞳がこちらを見ているようで恐ろし気。

セイン=ディバン > 「雨の降る中、路地裏で女に刺されて野垂れ死に」

ぼそ、と呟く男。
もちろん、冗談のつもりだが。
この男の場合、その確率は非常に高いのだが。

「ぬ、オレは大真面目に言ってるんだが」

特に男がショックを受けたのは、四大元素の魔術が全く使えないことである。
初級の火球すら、何度練習しても発動しないというのを知ったとき。
男は、本気で冒険者をあきらめかけた。

「オレ、宝物鑑定は出来ても、呪いとかまでは分からんしなぁ。
 もしかしたら、自動人形だったのかもしれんが」

侵入者迎撃用の人造生命体の成れの果てか。
あるいは、大事にされすぎて、念がこもったのか。
はたまた、とにかく見た目が不気味なだけか。
どれにせよ、あんまり良い印象のない人形であるが。

「……ふむ。……ていっ」

男は、とうぜんお祓いなど出来ない。
というか、アンデット系やゴースト系の魔物相手だと。
この男は、本当に出来ることが数少なくなる。
なので、男は指を鳴らし、取り出した聖水のビンのフタを開け。
だばだばだばだばだばぁ、と。その人形に聖水を思いっきりかけた。

「反応なし、ってことは。ゴースト系とかではなさそうな。
 ……まぁ、キミがこれを持って帰るなら止めないが」

多分、価値は無いぞ? と相手に向かって言う男。
そのまま、聖水一本を人形にかけ終えると。
男は、再度、煙をぷかぁ、と吐く。
あるいは。本当にただ不気味なだけの人形だとしたら。
いきなり不法侵入された挙句、聖水を浴びることになった。
この人形がちょっとかわいそうである。

ティアフェル > 「おい、あんま女泣かせんなよ……」

 思わず男臭い突っ込みを低く口ずさんでしまう。
 笑えない。冗談だとして本気度が覗えて笑えない。

「喧嘩売っとんかい……」

 むしろ魔術を使えない冒険者もごまんといて、もちろんわたしも使えませんけどと力強く云いたい。
 半目で唸って。真面目に聞くのを辞退したくなってきた。

「やればできる……できる子やで。わたしはリアルな人形自体苦手。怖い。なんで好き好んでこんな怖く作るのか理解に苦しむ」

 子供の頃もこんな高価な人形など買ってはもらえなかったがそもそも欲しくもなかった。自動人形で動き出されたらさらに怖い。夜中に見ると泣きたくなる。
 この、どの角度で見ても目が合うように作ってあるのが心底怖い。
 徐に取り出した水、聖水をぶっかけ出す様子に、

「荒いなぁ~! ほんとに行動が荒いな~!」

 例え呪いの人形でなくても、呪いたくなるようなことを行う様子にぎょ、と瞠目して、その後ろに隠れた分際で声を上げ。
 持って帰る気など皆無なのでぶんぶんと首を振って。

「わたしっ、ぬいぐるみ派なんで…! こんなまずお焚き上げ必須みたいな奴無理です! 
 あ~ぁ、びしょ濡れ……カビちゃいそうだな……せめてここら辺に……」

 床に転がって顔が割れて無闇に怖がられた上に聖水浸しになるという、哀れな人形に、危険性はないようなので恐る恐る持ち上げて。そっと埃を払った棚の上に座らせ。

「それにしても……やっぱり物置き部屋みたいねー。砂が漏れた砂時計に、古着、欠けた食器に……破れた傘か……ガラクタばっか」

 不用品ばかりが詰め込まれた狭い部屋をぐるりとランタンで照らし出して確認すると面白い物はなさそうだ。
 敢えて云えばこの冊子……日記のようで。

「人さまのプライバシーだ……」

 壁際の棚の上に無造作に置かれた日記帳を見つけてがっつり照らしてジーっと覗き込んだ。

セイン=ディバン > 「最近はご無沙汰だよ。
 それに、泣かせるよりは鳴かせるほうが得意だし」

ケラケラと笑いながら言う男。
実際、恨まれてる自覚とかはあるので。
もしも刺されても、相手のことを恨んだりとかはしないつもり。

「そういうつもりはないんだがな。
 それに、キミだってヒーラーとしての能力があるだろうに」

結局のところ、適正と向き不向きの問題よな、と言う男。
男自身、自分がそこまで優れてるとは思っていない。
というより、知り合いが猛者が多すぎて、むしろ自分はヘボいと思っているくらいなのだ。

「怖く作ってるんじゃなくって。リアルに作ってる結果、怖くなるのさ。
 用途にもよるが。儀式においての供物としての代替。
 侵入者撃退用のオートマタだとすれば、敵が嫌悪感を抱くように。
 理想を投影した人形であれば、美しく、人間と見紛うほどに。
 そんな具合だな。ま、そも人間が人の形のものを作るってなると。
 必然、そうなりやすいわけだ」

つまるところ、リアルであることに意味がある、と語る男。
なお、男は人形についてどうとも思わないタチ。

「だって、オレ霊体とかに効く武器も魔術も持ち合わせてねぇもん」

なので、できることのなかで唯一効果のある行動が、聖水による処置だった、というお話。

「おぉ、いいねぇぬいぐるみ。
 俺も好きだぞ。猫とかのやつ」

的外れなことを言いつつ、相手の行動を見守る男。
そして、相手が何かを発見したのなら。
また相手に近づき、それを覗き込む。

「プライバシーだな。
 ……どうするんだ? 読むのか?」

もしここがダンジョンであったのなら。
男は、日記や書物を読むことに躊躇はしない。
なぜなら、その中に情報が眠っているかもしれないからだ。
だが、ここは貧民地区で廃屋。つまり、人の住んでいた場所な訳で。
それを読む、というのは。ちょっと考える部分があった。